第49話
聖誕祭の朝は、山の民の観天望気の予報通り、雲一つない冬晴れだった。
式場は、大聖堂ではない。ヴァルデン城の前庭だった。
王家からは大聖堂の使用を打診されたが、私たちは丁重に断った。私たちの式は、私たちの土地で、私たちの人たちに囲まれて挙げる。前庭には領内中から集まった人々が詰めかけ、入りきらない人波は城門の外、街道の先まで続いていた。ケルン村は村ごと空になって来たらしい。
「新婦様、お支度が整いました」
鏡の中に、白い婚礼衣装の私がいた。ベルタさん指揮のもと、城の侍女たちが総力で仕上げた花嫁だった。髪には母の形見の髪飾りと、トマたち弟子一同が編んだという月光草の小さな冠。
「……綺麗です。私じゃないみたい」
「何をおっしゃいます」
ベルタさんが、鏡越しに微笑んだ。
「初めてこの城に来た日から、あなたは変わっておられませんよ。まっすぐで、よく働いて、少し無茶をなさる。……その人が今日、一番綺麗に見えるだけのことです」
涙腺には、朝から毒より効くものばかり仕掛けられている。
前庭の祭壇までの道を、私は一人で歩いた。父はもういない。けれど寂しくはなかった。道の両側に、この二年で家族になった顔が、全部並んでいたから。
ドニさんが号泣していた。厨房の面々が、料理長を先頭に涙を堪えて胸を張っていた。カイン副官は騎士団の先頭で、今日ばかりは真面目な顔で剣礼を捧げた。参列席には陛下の姿があり、その隣にはレンドルから駆けつけたリディア王女が――一年寝ついていたとは思えない晴れやかな顔で――手を振っていた。
そして祭壇の前に、ジークハルト様が立っていた。
式服の花婿は、彫像のように動かず、私を見つめていた。歩み寄って、その目元が微かに潤んでいるのを見つけてしまい、私の涙腺は早くも決壊しかけた。
「……綺麗だ」
「ジークハルト様も、です」
「男に綺麗はどうなんだ」
「事実を言ったまでです」
小声の応酬に、最前列のトマが噴き出した。今日の彼は指輪運びの大役で、緊張のあまり朝から五回も手順を確認しに来た。その手から受け取った指輪を、私たちは互いの指に嵌めた。今度は、二人とも震えなかった。
誓いの言葉が交わされ、そして、この土地の婚礼の習わし――誓いの杯が運ばれてきた。夫婦が同じ杯の酒を分け合い、同じ人生を飲み干すと誓う、一番古い儀式。酒は今年の新酒、杯は先代の奥方様が遺した銀のものだと、ベルタさんが教えてくれた。
杯を受け取った私は、ふと悪戯心が湧いて、それを陽にかざした。透かして、視る。参列の人々が、私の仕草の意味に気づいて、くすくすと笑い始めた。
「皆様。毒見役として、最後のご報告を申し上げます」
私は杯を掲げ、冬晴れの空の下、声を張った。
「この杯に、毒はございません。この食卓に、毒はございません。そして――」
隣の人を見上げる。灰色の瞳が、笑っていた。
「この幸せに、毒は、一滴もありません!」
万雷の歓声が、前庭を揺らした。
杯を分け合い、誓いの口づけを交わした瞬間、城の鐘楼が高らかに鳴り始めた。街の教会が続き、村々の鐘が続き、聖誕祭の鐘の音が、領中の空に重なっていく。
三年前、あの鐘は、捨てられた私の背中で鳴っていた。
今、同じ日の同じ鐘が、祝福のためだけに鳴っている。
鐘の音の下で、夫が身を屈め、私の耳元で囁いた。
「……ただいま、と言う場所を、くれて。ありがとう」
「おかえりなさい。これから毎日、言いますね」
花吹雪ならぬ粉雪が、風に舞って、二人の上にきらきらと降った。




