第46話
婚約の布告は、翌週、領内に一斉に発せられた。
ガルドの街の騒ぎは、想像の三倍だった。
布告の触れが広場で読み上げられた瞬間、鐘という鐘が勝手に鳴らされ、市場は即席の祝いの市に変わり、酒場は昼から無礼講になった。「閣下がご結婚!」「相手は薬師様だと!」「知ってた!」「俺も知ってた!」「賭けに勝ったぞ!」――最後の声については、後日、街で婚約時期の賭けが横行していた事実が発覚した。胴元はドニさんだった。
「いやあ、めでたい! ちなみにわしは『春、畑で求婚』に大枚張っとったもんで、二重にめでたい!」
「ドニさん!?」
城の方も、負けてはいなかった。
布告の日、トマは工房の真ん中で「知ってたし! ぜってーそうなると思ってたし!」と強がった三秒後に、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。私が抱き寄せると、「ミレイユが、幸せなら、いい」としゃくり上げるものだから、こちらまでもらい泣きする羽目になった。
ベルタさんは、布告文を検分するような真顔で読み上げ、読み終えると眼鏡を外し、一言。
「――ようやく、ですか」
そして懐から真っ白なハンカチを取り出し、目元を、実に優雅に拭った。
「この日のために、お部屋を南向きに移した甲斐がございました」
「え、あの部屋、そういう」
「さて、なんのことでしょう。奥方様の婚礼衣装の手配がございますので、これにて」
奥方様、という響きに硬直する私を置いて、家政婦長は上機嫌で去っていった。
祝いの宴では、カイン副官が祝辞に立った。
「えー、閣下とは士官学校からの腐れ縁ですが、この朴念仁が畑に十二日連続で通い詰めた春の日から、俺はこの日を確信して……いや十二日て。改めて数えるとすごいな。おい皆、十二日だぞ」
「カイン。祝辞を続けろ」
「失礼。えー、つまり何が言いたいかというと、閣下、あんたの飯が美味そうになって、俺は本当に嬉しい。……ミレイユ殿。こいつを、頼みます」
茶化して始まり、最後だけ真っ直ぐな祝辞に、広間は湿った拍手で満ちた。当のカイン副官は照れ隠しに杯を呷りすぎて、宴の後半には長机の下で眠っていた。締まらないのが、実にこの人らしい。
祝いの品と手紙は、婚約の報が広がるにつれ、雪崩のように届いた。
ケルン村からは村を挙げて編んだという祝いの敷布。王都の下町からは、あの織り子のお婆さんたち連名の、不揃いで温かい寄せ書き。王家からは陛下直筆の祝辞と、薬師学校設立への正式な出資証書が同封されていた。祝いに実務を添えてくるあたり、あの陛下らしかった。
そしてレンドル王家からは、目の眩むような銀細工の燭台一対と、リディア王女直筆の手紙。末尾には、こうあった。
『心よりお祝い申し上げます。ただし父王より一言託かっております。「婚約と結婚は別物である。よって我が国への移住の窓口は、引き続き開けておく」……とのことです。諦めの悪い父で、申し訳ありません』
閣下はこの追伸を三度読み返し、無言で燭台を執務室の一番目立つ場所に飾った。戦利品の扱いだった。
夜、私は自室で、届いた手紙の山を一通ずつ検めていた。祝いの言葉の一つ一つが、この二年の道のりの証のようで、開封の手が止まらなかった。捨てられた日には想像もしなかった数の人が、今、私の幸せを喜んでくれている。
その山の底に、一通だけ、毛色の違う封筒があった。
上等でも、華やかでもない、粗末な鼠色の紙。差出人の名は、ない。消印は、南の――辺境の修道院のある町のものだった。
私は、その封筒を長いこと見つめてから、静かに封を切った。




