第41話
断罪の嵐が過ぎた後も、私の王都での仕事は続いていた。
解毒薬の増産、療養所の巡回、そして本丸――地下水源の浄化だ。二年分の澱は深く、私は三晩かけて水源に下り、腐りきった水を底から編み直した。仕上げに水番たちへ、澱の兆しを見分ける検査法を教え込む。私がいなくなっても、もう誰かが気づける。仕組みで守る。それが今度の、私のやり方だった。
病の新規の患者は、目に見えて減り始めた。
そんなある日、私は王城に召された。玉座の間ではなく、陛下の私的な書斎に、だった。
「ミレイユどの。単刀直入に言おう」
陛下は老いた背筋を伸ばし、まっすぐに私を見た。
「聖女として、戻ってきてはくれぬか」
予想はしていた。それでも、続く条件の破格さは予想を超えていた。歴代最高の俸給。実家オルレア家の伯爵位の回復と陞爵。神殿人事への発言権。王都に新設する施薬院の全権。
「そなたを二度と、誰にも値切らせぬ。王家の名にかけて誓う。……この国には、そなたが要るのだ」
誠実な申し出だった。二年前に欲しかったものが、全部、盆に載って差し出されている。
だから私も、誠実に答えた。
「ありがたいお言葉です。ですが陛下――お断りします」
陛下は驚かなかった。ただ、静かに「理由を聞かせてくれ」と言った。
「聖女という肩書きは、私には、もう合わないのです。あれは『聖女だから』国を守る仕組みです。ですが私がヴァルデンで学んだのは、逆でした。あの土地の人たちは、私が聖女だから必要としたのではありません。井戸を視る私を、粥を運ぶ私を、腰痛の塗り薬を作る私を――私だから、必要としてくれた。私の居場所は、そちらです」
「……肩書きではなく、そなた自身を、か」
「はい。それに陛下、この国に本当に必要なのは、聖女ではありません」
私は用意してきた建白書を差し出した。
「一人の聖女に国の水と病を委ねる制度こそが、今回の急所でした。一人なら、欺けます。潰せます。ですから提案します。聖女制度を改め、測定と検証を複数の目で行う仕組みに。水源の管理を、記録と引き継ぎの残る官職に。そして――薬師を育てる学校を。人は毒を見抜けなくても、育てられた百人の目は、見抜きます」
陛下は建白書を長く読み、やがて深く頷いた。
「……一人の奇跡より、百人の目、か。相分かった。王家として、その学校とやらに出資しよう。場所は」
「ヴァルデンに。もう、決めております」
退出の間際、書斎の扉の外に、ラウル殿下が立っていた。臣籍降下の布告から初めて見る顔は、憔悴の底に、妙な清々しさがあった。
「盗み聞きするつもりはなかった。ただ……最後に、一つだけ聞かせてほしい」
「どうぞ」
「君は――幸せ、なのか」
私は少し考えた。考えて、気づいた。考えるまでもないことを、確かめただけだと。答えはとうに、体のほうが知っていた。
北の畑の土の匂い。厨房の湯気。トマの生意気な声。ベルタさんの小言。そして、灰色の瞳と、焦げた粥の味。
私は、笑った。二年前、この人の前では一度も浮かべたことのなかった種類の、心の底からの笑顔で。
「ええ。とても」
殿下は、眩しいものを見るように目を細め、それから静かに頭を下げた。
「……そうか。それが聞けて、よかった。本当に」
廊下を歩き去りながら、私はふと思った。あの人への意趣返しなら、千の言葉を用意できた。でもきっと、今の一言ほど効いた返しは、この世のどこにもなかっただろう。
あなたが捨てたものは、あなたのいない場所で、こんなにも幸せです――と。




