第40話
玉座の間には、王国の背骨が勢揃いしていた。
玉座に国王エルネスト陛下。左右に王族と大臣、法服の判事団、高位の神官たち。そして中央、裁きの卓を挟んで、私と閣下が立ち、その向かいに――宰相ギデオン・クロスが、静かに立っていた。
初めて間近で見る宰相は、拍子抜けするほど穏やかな老人だった。柔和な笑み、ゆったりとした所作。二十年、王国の柱と呼ばれた男の顔で、彼は深々と礼をした。
「陛下。このような場を設けられるとは。老臣、何やら身に覚えのない噂で騒がれておるようですが」
「噂かどうかは、これから決まる。……始めよ」
私は一礼し、証拠を順に卓へ載せていった。
一つ。私の聖女測定記録の原本と、改竄の訂正線、そこに押された宰相府の印璽。二つ。ソフィア・メルローズの供述書と、彼女を神殿へ推挙した男爵家と宰相家の金銭の流れ。三つ。聖水汚染を告発しようとして左遷、あるいは「病死」した神官三名の記録。四つ。ケルン村の水毒と、廃坑の細工の検分書。五つ。閣下を狙った数々の毒の解析と、聖銀草の出所。
そして、六つ目。
「調毒師の帳簿です。二十年分の依頼が、略記と頭文字で記録されています。記載の裏付けは本人の自白により完了。依頼主は全期間を通じて一人。……G・C。支払いはすべて、宰相府経理方を経由しています」
私は帳簿を開き、一つの頁を示した。
「十年前、収穫祭の晩。ヴァルデン伯家、一家四名。特級遅効毒。――ヴァルデン辺境伯ご一家の毒殺は、この男への依頼で実行されました」
玉座の間が、凍りつくのを通り越して、燃えるように静まった。
ギデオンは、笑みを崩さなかった。
「……見事な紙の山ですな。ですが陛下、お考えください。帳簿の頭文字、金の流れ、印璽。すべて『宰相府』の名はあれど、この老体が命じた証はどこにも。二十年もあれば、私の名を騙る不心得者の一人や二人」
「では、なぜヴァルデンなのですか」
私は静かに遮った。
「不心得者の仕業なら、標的はばらつくはず。ですがこの二十年、毒は執拗に一つの家を狙い続けた。辺境伯家。王都の財政を鉱山で支え、中央に依存しない力を持つ、宰相府の権勢にとって唯一目障りな家を。……動機まで含めて筋が通る人間は、あなた一人です」
「動機とは、また情緒的な」
「情緒ではありません。もう一つ、物証があります」
私は最後の一枚を出した。今朝、レンドルのセヴェリ卿から届いたばかりの、隣国の記録だった。
「二十年前、あなたが外務卿だった時代、レンドルとの国境画定交渉の裏で、あなた個人がヴァルデン領の鉱山利権の割譲を隣国に持ちかけていた記録です。交渉は先代ヴァルデン伯の猛反対で潰れた。――その二年後に、先代ご一家は毒殺されています」
初めて、ギデオンの笑みが、動いた。
「隣国の、記録だと……」
「あなたの手は王国の書庫には届いても、隣国の書庫には届きません。二十年前のあなたの筆跡ごと、残っていました」
沈黙。長い、長い沈黙のあと、玉座から声が降った。
「ギデオン・クロス。……申し開きは、それで終いか」
老人は答えなかった。答えないまま、その柔和な仮面の下から、初めて素顔が――底冷えのする、乾いた侮蔑が、覗いた。
「……小娘一人、始末し損ねたばかりに」
それが、自白だった。
衛兵が動いた。判決は即日下された。宰相職罷免、爵位剥奪、全財産没収、そして国家反逆の罪による終身の幽閉。連座して神殿長らが失脚し、ラウル殿下も一連の監督責任により、王位継承権を返上し、臣籍に下ることが同日に布告された。
すべてが終わったあと、陛下は玉座を降り、私と閣下の前に立った。そして玉座の間の全員が見守る中、王国の主は、一人の薬師に深く、頭を垂れた。




