第36話
公開検証の場は、大聖堂の大広間に設けられた。
これは契約条件の一つ、「聖水配布の即時停止」を巡って神殿が抵抗したために実現した場だった。聖水は神の恵み、停止は信仰への冒涜であると神殿長が突っぱね、ならば衆目の前で決着をと、国王自らが裁定の席を設けたのだ。
玉座代わりの席に国王エルネスト陛下。その傍らにラウル殿下。居並ぶ重臣と高位神官、大貴族たち。神殿側の席には神殿長と、青白い顔のソフィア様。そして広間の中央、検証の卓の前に、私と閣下が立った。
二年ぶりに間近で見る国王陛下は、ひどく老け込んでいた。陛下は開口一番、玉座から立ち、私に向かって頭を下げた。広間がどよめいた。
「ミレイユどの。まず、王家として詫びる。そなたへの仕打ちの数々、すべての検証はこれからだが、詫びるべきことがあることだけは、もう明白ゆえ」
「……お言葉、承りました。では陛下、御前を借りて、仕事を始めます」
卓の上には、三つの水差しが並んでいた。一つは城の井戸水。一つは王都の地下水源から今朝汲んだ水。そして一つは、神殿が「祝福済み」として封じた、配布用の聖水だ。封蝋は神殿長自身に確認させた。すり替えの疑いを、先に潰しておく。段取りはすべて、前夜のうちに閣下と詰めてある。この検証は実験であると同時に、裁判なのだ。手順の一つでも隙を見せれば、そこから全部をひっくり返される。
「まず、これをご覧ください」
私は水源の水を硝子の器に注ぎ、火にかけて静かに煮詰めた。水が減り、器の底に、鈍い灰色の澱が残る。
「王都の地下水源には、古い時代の呪毒が澱として沈んでいます。これを祓うのが、歴代聖女の『浄化の儀』の本当の中身でした。光の儀式は表向き。実務は、月に一度、水源に下りて澱を消す仕事です。私は在任中の五年間、これを続けていました。神殿の水番の当番記録に、私の入坑の記録が六十回残っています。すでに写しを陛下に提出済みです」
重臣たちがざわめく。神殿長の顔色が変わった。
「そして、こちらが問題の聖水です」
私は封を切り、聖水を同じように煮詰めた。器の底に――同じ、灰色の澱が残った。しかも、水源の水より濃く。
「ご覧の通り、聖水には水源の毒がそのまま、いえ、濃縮されて入っています。理由は簡単です。聖水は水源の水を汲み、香りの薬草を加えて煮て作られる。煮れば水は減り、毒は濃くなる。……この二年、浄化はただの一度も行われていません。神殿は腐った水を煮詰めて、毒を濃くして、祝福の名で配り続けたのです」
広間が、凍りついた。
「よって、王都の流行り病の正体は病ではなく、水源毒の慢性中毒です。信心深く聖水を飲んだ方から倒れたのは、そのためです。北の療養所の患者百名がこの診立てと解毒薬で快復していることは、随行の王家の監察官が確認済みです」
沈黙を破ったのは、神殿長の裏返った声だった。
「ば、馬鹿な! 偽りだ! 浄化は行われている! ソフィア様が、聖女様が確かに、毎月の儀で!」
「毎月の儀、ですか」
「そうだ! 我らは皆この目で見ておる! 聖女様の御手から光が溢れ、水が輝くのを! 何百人もが見ておるのだぞ!」
「なるほど。何百人もの目が、見た」
私は静かに頷いた。それから、卓の上の澱の残る器を、そっとソフィア様の方へ向けた。
彼女の顔には、もう血の気がなかった。
「では、話は早いですわ。神殿長様。目には誤りがあっても、水は嘘をつきません。――ソフィア様。どうぞ、今、ここで」
私は水源の水差しを、検証の卓の中央に置いた。
「この水を、浄化していただきましょう」




