第33話
王家は、すべての条件を呑んだ。
もとより選択肢はなかった。早馬が三日で王都と往復し、国王の裁可と印璽が届いた。契約は成立し、私は薬師団の編成と、王都へ運ぶ薬の調製に取りかかった。工房は連日、夜まで灯りが消えなかった。
出立を二日後に控えた夕方、ラウル殿下から面会の申し入れが届いた。
『契約とは別に、個人として、話したいことがある』
ベルタさんは眉をひそめ、トマは「行くな」と言い、カイン副官は「同席しようか」と申し出てくれた。私は少し考えて、受けることにした。ただし場所は密室ではなく、夕暮れの薬草畑。ここは私の領分だ。
約束の刻限、ラウル殿下は供も連れず、一人で柵の前に立っていた。
「……見事な畑だ。君が?」
「弟子たちと。畑の話をしにいらしたのですか」
「いや……いや、違う」
殿下は一度うつむき、それから、意を決したように顔を上げた。
「ミレイユ。まず、謝罪させてほしい。二年前のこと……あの聖誕祭のことだ。私は間違っていた。君の力を見抜けず、公衆の面前で君を辱め、捨てた。測定記録が改竄されていたことも、王都に着いてからの調べで知った。君は何一つ偽っていなかったのに、私は」
言葉は、途切れ途切れだった。演説の得意なこの人が、原稿のない言葉を探している。それ自体は、たぶん本物の後悔だった。
「謝罪は、受け取ります」
「……本当か」
「ええ。あなたが間違えたことと、あなたが騙されていたことは、両方事実ですから。謝罪と事実の確認は、済みました。お話がそれだけなら」
「待ってくれ」
殿下は一歩、柵に近づいた。夕陽が、こけた頬に濃い影を落としていた。
「この二年、ずっと考えていた。いや、違う、考えないようにしていたんだ。だが王都で君の残した仕事の跡を知るたび、目を逸らせなくなった。君の静けさも、地味な報告も、全部……全部、本物だった。私は輝いて見えるだけの偽物に目を奪われて、本物を」
「殿下」
「ミレイユ。王都に戻ってきてほしい。今度は聖女としてではなく――もう一度、僕の隣に」
言った。本当に、言ったのだ、この人は。
二年前の私なら、この言葉に何を感じただろう。喜びか、屈辱か。今の私の胸にあったのは、そのどちらでもない、乾いた静けさだった。ようやく分かる。私はこの人を、憎むほどにも、もう想っていない。
私は驚かなかった。予感はあった。ただ、静かに確認した。
「殿下。それは、求婚のやり直しという意味ですか」
「……ああ。虫のいい話だとは分かっている。だが、僕は今度こそ君の価値を」
「価値」
その一語を、私は静かに反復した。殿下の言葉が、止まった。
「殿下。あなたは二年前、私に価値がないと判断して捨てました。そして今、私に価値があると分かったので、拾い直したいとおっしゃる。……お気づきですか。あなたは何一つ、変わっていません」
「な……」
「二年前も今も、あなたは私を『価値』で量っている。基準が変わっただけで、量り方が同じなのです。今の私が無一文の平凡な薬師でも、あなたは同じ言葉を言いましたか?」
殿下は答えられなかった。答えられないことが、答えだった。
「私が欲しかったのは、高い値札ではありません。値札と関係なく隣にいる人です。そしてそれは、もう」
言いかけた、そのときだった。
畑の門の方から、砂利を踏む音が近づいてきた。低い、氷点下の声が、夕暮れの空気を裂いた。
「――その辺に、しておけ」
振り返らなくても分かった。仕事終わりの、書類を小脇に抱えたままの閣下が、そこに立っていた。灰色の瞳が、これまで見たどの戦の話のときよりも、冷えていた。




