第31話
王家の使節団は、正午きっかりに城門を潜った。
会談の間。上座に閣下、その右に私、左にカイン副官。扉が開き、旅装を解いたラウル殿下が、随員を従えて入ってきた。
二年ぶりに見る元婚約者は、記憶より痩せていた。頬がこけ、目の下に影が刻まれ、あの根拠のない輝きが薄れている。彼は私を見て、一瞬立ち止まり、何かを言いかけ――こらえるように目を伏せて、席に着いた。
自分の心音は、確かめるまでもなく平常だった。隣の閣下の気配が、壁のように静かで、それだけで十分だった。
「ヴァルデン辺境伯、ならびに……ミレイユ、どの。本日は会談の席を賜り、感謝する」
どの、という敬称に、随員が微かにざわめいた。王子が、平民の薬師に。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。王都の窮状は伺っております。本題にお入りください」
私が事務的に促すと、ラウル殿下は一度深く息を吸い、切り出した。王都の病の惨状。三百を超えた死者。医師団の敗北。そして、と彼は声を落とした。
「貴女が北の地で、同じ病を治していると聞いた。……王家として、正式に救援を要請したい。どうか王都へ戻り、民を救ってほしい」
「お断りします」
即答に、随員たちが色めき立った。「なっ……民が死んでいるのだぞ!」「王家の要請であるぞ!」
声を荒げる随員を、私は静かに見た。
「皆様、思い違いをなさっています。私が断ったのは『戻る』という言葉です。私は王国の聖女ではありません。二年前、あなた方の国が資格を剥奪し、王都から退去を命じた身です。戻る、という言い方は成立しません」
「……では」
「最初から申し上げます。治療は、可能です」
場の空気が、変わった。
「病の正体は掴んでいます。解毒薬もあります。王都全域に施す体制も、組めます。ただし――私はヴァルデン辺境伯領の薬師です。ですからこの件は、王家から一個人への『命令』でも『お願い』でもなく、王家からヴァルデン辺境伯領への、正式な依頼として承ります。国家間の契約に準ずる形式で、書面と、正当な対価と共に」
「対価、だと」
随員の一人が、侮蔑を隠さず言った。
「民の命がかかっておるのだぞ。薬師の分際で、足元を見るか」
「足元を見ているのは、どちらでしょう」
私は声を荒げなかった。荒げる必要がなかった。
「あなた方は二年前、私の力に『無価値』という値をつけて捨てました。そして今、その力が要るとなったら、今度は『善意』という名の無料で使おうとなさる。捨てるときはただ、使うときもただ。……それを世間では、足元を見ると言うのです」
随員が絶句した。ラウル殿下は目を閉じ、拳を握り、それから絞り出すように言った。
「……分かった。契約の条件を、聞かせてほしい」
「明日、書面でお渡しします。本日はお疲れでしょうから、これにて」
閣下が初めて口を開いた。低く、静かな声だった。
「客殿を用意してある。……ああ、それから王子殿下。一つだけ、この城の流儀を申し上げておく」
灰色の瞳が、まっすぐにラウル殿下を射抜いた。
「この領では、人の値打ちは肩書きではなく、成したことで量る。貴殿が明日の卓に着けるかどうかも、今日までに成したことと、明日成すことで決まる。そのおつもりで」
使節団が退出した後、カイン副官が長い息を吐いた。
「初日から容赦ねえなあ、お二人さん。王子サマ、顔が真っ白だったぜ」
「これでも手加減しました。本番は明日です」
私は手元の書類を整えた。一晩かけて仕上げる、渾身の見積書の下書きを。




