表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私を棄てた国が、頭を下げに来るまで  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/50

第31話

 王家の使節団は、正午きっかりに城門を潜った。


 会談の間。上座に閣下、その右に私、左にカイン副官。扉が開き、旅装を解いたラウル殿下が、随員を従えて入ってきた。


 二年ぶりに見る元婚約者は、記憶より痩せていた。頬がこけ、目の下に影が刻まれ、あの根拠のない輝きが薄れている。彼は私を見て、一瞬立ち止まり、何かを言いかけ――こらえるように目を伏せて、席に着いた。


 自分の心音は、確かめるまでもなく平常だった。隣の閣下の気配が、壁のように静かで、それだけで十分だった。


「ヴァルデン辺境伯、ならびに……ミレイユ、どの。本日は会談の席を賜り、感謝する」


 どの、という敬称に、随員が微かにざわめいた。王子が、平民の薬師に。


「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。王都の窮状は伺っております。本題にお入りください」


 私が事務的に促すと、ラウル殿下は一度深く息を吸い、切り出した。王都の病の惨状。三百を超えた死者。医師団の敗北。そして、と彼は声を落とした。


「貴女が北の地で、同じ病を治していると聞いた。……王家として、正式に救援を要請したい。どうか王都へ戻り、民を救ってほしい」


「お断りします」


 即答に、随員たちが色めき立った。「なっ……民が死んでいるのだぞ!」「王家の要請であるぞ!」


 声を荒げる随員を、私は静かに見た。


「皆様、思い違いをなさっています。私が断ったのは『戻る』という言葉です。私は王国の聖女ではありません。二年前、あなた方の国が資格を剥奪し、王都から退去を命じた身です。戻る、という言い方は成立しません」


「……では」


「最初から申し上げます。治療は、可能です」


 場の空気が、変わった。


「病の正体は掴んでいます。解毒薬もあります。王都全域に施す体制も、組めます。ただし――私はヴァルデン辺境伯領の薬師です。ですからこの件は、王家から一個人への『命令』でも『お願い』でもなく、王家からヴァルデン辺境伯領への、正式な依頼として承ります。国家間の契約に準ずる形式で、書面と、正当な対価と共に」


「対価、だと」


 随員の一人が、侮蔑を隠さず言った。


「民の命がかかっておるのだぞ。薬師の分際で、足元を見るか」


「足元を見ているのは、どちらでしょう」


 私は声を荒げなかった。荒げる必要がなかった。


「あなた方は二年前、私の力に『無価値』という値をつけて捨てました。そして今、その力が要るとなったら、今度は『善意』という名の無料で使おうとなさる。捨てるときはただ、使うときもただ。……それを世間では、足元を見ると言うのです」


 随員が絶句した。ラウル殿下は目を閉じ、拳を握り、それから絞り出すように言った。


「……分かった。契約の条件を、聞かせてほしい」


「明日、書面でお渡しします。本日はお疲れでしょうから、これにて」


 閣下が初めて口を開いた。低く、静かな声だった。


「客殿を用意してある。……ああ、それから王子殿下。一つだけ、この城の流儀を申し上げておく」


 灰色の瞳が、まっすぐにラウル殿下を射抜いた。


「この領では、人の値打ちは肩書きではなく、成したことで量る。貴殿が明日の卓に着けるかどうかも、今日までに成したことと、明日成すことで決まる。そのおつもりで」


 使節団が退出した後、カイン副官が長い息を吐いた。


「初日から容赦ねえなあ、お二人さん。王子サマ、顔が真っ白だったぜ」


「これでも手加減しました。本番は明日です」


 私は手元の書類を整えた。一晩かけて仕上げる、渾身の見積書の下書きを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ