第25話
閣下が床上げするまでの七日間、私は押収した毒蝋燭と籠りきりで向き合った。
工房の調薬室に広げたのは、四つの毒の記録だった。十年前の一家毒殺の検死録。晩餐会の蜂蜜に溶けていた遅効毒。ケルン村の水に編まれた複合毒。そして今回の気化毒。
一つずつ、組成の写しを並べていく。素材の選び方。毒性の重ね方。痕跡の消し方。人の書く文字に癖があるように、毒の設計にも作り手の癖が出る。そして四つの毒は、年月を経て腕を上げながらも、同じ癖で貫かれていた。
「素材は必ず三系統。鉱物、獣、そして植物。効きの主役は鉱物と獣に任せて、植物系の毒は接着剤のように、ごく微量だけ編み込む。この植物系が、全部の毒に共通しています」
床上げしたばかりの閣下と、カイン副官、ベルタさんを前に、私は報告した。
「その植物とは」
「それが、問題なのです」
私は乾燥棚から、一枝の薬草を取り出した。銀色がかった細い葉。工房のどの棚にもない、私が王都から持ち出した図鑑の押し葉でしか持っていないもの。
「聖銀草。……俗に言う、聖別薬草です」
部屋の空気が変わった。ケルン村の三種目の毒を解いたあの夜明けから、私はこの可能性を疑い続け、そして疑いが外れることを祈り続けてきた。祈りは、届かなかった。
「聖別薬草は、神殿の聖域でしか育ちません。種も苗も門外不出。栽培も収穫も、神殿の許しを得た者だけ。市場には一枚の葉も出回りません。祈祷や聖水の香り付けに使われる、清めの草です」
「その清めの草が、毒の材料だと?」
「扱い方次第です。正しく使えば清めの香、編み方を歪めれば、他の毒同士を繋ぐ最悪の糸になる。そして後者の技は、聖別薬草を日常的に、大量に、記録に残さず触れる立場でなければ、まず身につきません」
カイン副官が、低く唸った。
「つまり、この調毒師は――神殿の内側にいる。もしくは、いた」
「はい。少なくとも、神殿から聖別薬草を引き出せる線の上にいます。十年前から、途切れずに」
閣下は長いこと黙っていた。それから、静かに問うた。
「整理しよう。十年前、俺の家族を殺した毒。この城を狙い続ける毒。ケルン村で領の水を試した毒。すべて同じ調毒師で、その材料は神殿からしか出ない。……では、十年間も神殿から毒の材料を引き出し続け、辺境伯家を執拗に狙い、領の水源で実験までする。そんな真似ができて、する理由のある人間は、誰だ」
私は、この七日間ずっと避けてきた答えを、口にしなければならなかった。
「条件を並べます。一つ、神殿に深く食い込み、聖域の草を動かせる権力。二つ、十年前も今も、その力を持ち続けている地位。三つ、中央にいながら辺境を疎み、あるいは恐れる理由。四つ――ロヴェルが言った『あの方々』、つまり個人ではなく、派閥を率いる立場」
「該当は」
「王国の政治で、神殿の人事と財を握るのは、代々一つの職だけです。聖女の任免に副署し、神殿への下賜金を差配する――宰相府」
誰も、すぐには声を出さなかった。暖炉の火が爆ぜる音だけが、やけに大きく響いた。
「……ギデオン・クロス」
やがて閣下が、その名を静かに置いた。二十年その座にあり、神殿と王家の間に立ち続けてきた、王国の柱と呼ばれる男。
「まだ、証拠はありません。状況が全部そちらを向いている、というだけです」
「分かっている。だが、方角が分かれば追える」
閣下は立ち上がり、窓の外――南、王都の方角を見た。灰色の瞳に、十年分の静かな火が灯っていた。
「カイン。王都に人を入れろ。静かに、深く、だ」




