第17話
村の集会所の隣、粉挽き小屋が私の調薬場になった。
石臼、鍋、乳鉢、持ち込んだ薬草の箱。設えは整った。問題は、毒の方だった。
「複合毒――三種の鉱毒が絡み合っています。厄介なのは、一つを中和すると残る二つが強まる組み方になっていること。順番に解いては駄目。三つ同時に、一つの薬で解かないと」
「可能なのか、それは」
「理屈の上では。毒の組成を完全に逆算して、鏡写しの薬を設計すれば。……ただ、配合の答えは、試して探すしかありません」
一日目は、失敗の連続だった。
患者の髪と沢の水から毒を写し取り、組成をほどいて紙に書き出す。対になる薬草を選び、配合を組み、鼠ならぬ毒を溶いた水で試す。中和、失敗。配合を変えて、失敗。二種までは解けるのに、三種目が残る。夕方には床が反故の紙で白くなった。集会所からは時折、患者の呻きが風に乗って届く。急げ、急げと、心臓だけが空回りした。
二日目の夜、限界が来たのは手ではなく目だった。組成を視続けた目の奥が灼けるように痛み、乳鉢を持つ手が震え始めた。それでも患者は待ってくれない。今日もまた一人、容体が急変しかけたのだ。
薬草を刻む私の手元が狂い、刃が指をかすった、そのとき。
「代われ」
大きな手が、私の手から小刀を取り上げた。閣下だった。護衛の見回りに出ていたはずの人が、いつの間にか小屋にいた。
「刻み方を言え。幅は。この草も同じでいいか」
「か、閣下にそんな作業を」
「戦場では自分の矢は自分で作った。刃物仕事は得意だ。……お前は目と頭だけ動かせ。手は俺が貸す」
反論する気力も惜しくて、私は頷いた。それからの光景は、後で思い出しても現実味がなかった。北の国境を束ねる辺境伯が、粉挽き小屋の床に座り、薬師の指示通りに黙々と薬草を刻む。湯を沸かし、竈の火を守り、私が仮眠に落ちれば毛布を掛け、四半刻きっかりで起こしてくれる。
「なぜ、ここまでしてくださるのですか」
三日目の深夜、火の番をする広い背中に、私はとうとう訊いた。閣下は火から目を離さず、少し黙って、それから言った。
「お前が、俺の領民のために、ここまでするからだ」
薪が爆ぜた。
「お前はこの村に縁もない。倒れるまで働く義理もない。それでもやるのだろう。なら、俺がやらない理由もない。それだけだ」
それだけ、と言うにはあまりに真っ直ぐな言葉だった。私は返事の代わりに、乳鉢に向き直った。目の奥はまだ痛い。でも、不思議と視界は澄んでいた。
そして三日目の夜明け前――最後の壁が、崩れた。
三種目の毒が解けない理由。それは三種目だけが、薬草由来の「生きた毒」だったからだ。鉱毒二種の陰に、聖別薬草系の毒がごく微量、接着剤のように編み込まれている。鉱物には鉱物の、命あるものには命あるものの解き方がいる。
――誰。誰なの、こんな禍々しい設計ができる調毒師は。
震えを振り払い、私は最後の配合を組んだ。月光草の根、雪解け水、そして解毒の要となる三種の薬草。乳鉢の中身に、ありったけの力を通す。組成がほどけ、編み直され、応えるように、薬が淡く光った。
毒を溶いた試しの水に、一滴。
濁りが、内側から澄んでいく。三種、すべて。
「……できた」
掠れた声が落ちた瞬間、背中を支えたのは、火の番からいつの間に移動したのか、閣下の腕だった。
「よくやった」
短い一言が、三日分の疲れに、じんと沁みた。もう指一本動かせそうにない。それでもいい。これで、あの子たちが助かる。
小屋の小窓の外で、東の空が金色に明け始めていた。




