第15話
三日間きっちり寝かされて、私が職務に復帰した朝、その報せは届いた。
「北部のケルン村で、原因の分からん病が出ている。高熱と、皮膚の変色。村の薬師の手には負えず、寝付いた者が二十を超えたそうだ」
早馬の報告を読み上げるカイン副官の声に、執務室の空気が張り詰めた。ケルン村は廃鉱山の麓、領都から馬で二日の距離にある。
「熱と、皮膚の変色……移る病なのですか」
「それが妙でな。同じ家でも寝付く者と平気な者がいる。村の連中は祟りだの何だのと騒ぎ始めてるらしい」
同じ家で、罹る者と罹らない者。頭の中で、何かが引っかかった。病の広がり方ではない。もっと別の、私のよく知る何かの広がり方――。
「閣下。私を村へ行かせてください」
言葉は考えるより先に出ていた。ジークハルト様の眉が、険しく寄る。
「駄目だ」
「症状の聞き取りだけでは診立てを誤ります。この目で患者を視る必要があります」
「正体の分からん病の中に飛び込む気か。移るものだったらどうする」
「移る病なら、なおさら早く手を打たねば領都まで来ます。それに――」
私は一度言葉を切って、まっすぐに閣下を見た。
「私は毒見役です。閣下の口に入るものだけが職分ではありません。この領の民の口に入る水と食べ物のすべてが、私の管轄です。そういうつもりで、あの契約書に署名しました」
執務室が静まり返った。カイン副官が口笛を吹きかけて、閣下の一瞥で止めた。長い沈黙のあと、閣下は深く息を吐いた。
「……口の減らん毒見役だ」
「恐れ入ります」
「行くのは許す。ただし条件がある。護衛を付ける。物資は望むだけ持て。そして――」
閣下は立ち上がり、壁の剣を取った。
「俺も行く」
「は!? い、いえ、閣下がいらっしゃる必要は」
「領主が領の異変を見に行く。何かおかしいか」
「おかしくはありませんが、お仕事が」
「三日寝ていた誰かのおかげで、書類仕事の片付け方は思い出した」
それを言われると弱い。結局、出立は翌朝と決まった。廊下に出ると、カイン副官がにやにやしながら追いかけてきた。
「いやあ、驚いた。閣下が自分から城を空けるなんて何年ぶりかね。よっぽど毒見役どのが心配と見える」
「む、村が心配なのです。領主として当然の」
「はいはい、そういうことにしとこう」
翌朝、私たちは薬草と物資を積んだ馬車を連ね、北へ発った。閣下は馬上でほとんど口を利かなかったが、休憩のたびに私の馬車を覗きに来ては、「寒くないか」「水は足りているか」とだけ聞いて戻っていく。カイン副官が肩を震わせて笑いをこらえていた。
街道は次第に登りになり、二日目には、遠くに廃鉱山の黒い稜線が見えてきた。あの山肌の色を見た瞬間、ガルドの井戸の澱の色が頭をよぎって、胸の奥がざわりとした。
同じ家で、罹る者と罹らない者。祟りのような広がり方。鉱山の、麓。
――お願い。私の悪い予感が、外れていますように。
ケルン村に着いたのは、三日目の昼だった。
村の入口で、私たちは言葉を失った。畑に人影はなく、家々の戸は閉ざされ、教会の鐘楼には弔いの黒布が掛かっている。出迎えた村長は、この三日でさらに五人が寝付き、昨夜、最初の死者が出たと告げた。
案内された集会所には、藁の褥がずらりと並び、その一つ一つに、荒い息の村人が横たわっていた。老人も、大人も、まだ小さな子供も。高い熱。そして手足の先から這い上がる、灰青色の変色。
その色を視た瞬間、私の悪い予感は、最悪の形で確信に変わった。
「これ……病じゃ、ない」




