第12話
疑いというものは、放っておくと勝手に的を探す。
内通者の存在が使用人たちにも薄々伝わり始めた頃、城の中で一つの噂が囁かれるようになった。曰く、怪しいのは料理長ではないか。
火種は、私がつけてしまったようなものだった。薬草庫の鎮痛草が帳簿より減っている――その報告が調査の過程でカイン副官の耳に入り、そして持ち出しの時刻に薬草庫の近くで目撃されていたのが、料理長だったのだ。
「毒に一番近いのは厨房だ」「古株だからって信用できるか」「そういえば晩餐会の日も」
囁きは廊下を這い、厨房の空気は日ごとに重くなった。料理長は何も弁明せず、ただ黙々と鍋を振るっている。その背中が、少しずつ小さくなっていくのが分かった。若い料理人たちは弁護したくても言葉を持たず、ただ気まずげに手元を見つめるばかり。私は自分の報告が招いた事態に、唇を噛んだ。疑いの毒は、私の力では消せない。消せないなら――事実で、洗い流すしかない。
五日目の朝、ついにカイン副官が厨房に現れた。
「親父さん、悪いが話を聞かせてもらう。薬草庫の件だ」
包丁の音が、一斉に止まった。若い料理人たちが青ざめ、料理長は前掛けで手を拭いて、静かに「分かった」とだけ言った。連行される、その流れに――私は割って入った。
「お待ちください、副官殿。その疑いは、筋が通りません」
「ミレイユ殿? あんたの報告が発端なんだが」
「ええ。ですから、報告した者として最後まで責任を持ちます。いいですか、持ち出されていたのは鎮痛草です。鎮痛草は、どう煎じても、どう混ぜても、毒にはなりません。人を害せない薬草を、暗殺の内通者がこそこそ盗む理由がどこにありますか」
「それは……何かの材料の、隠れ蓑かもしれん」
「隠れ蓑なら帳簿ごと誤魔化します。この城の帳簿を触れる立場の人間ならなおさら。数字を残したまま現物だけ抜くのは、帳簿に触れない者の仕業です」
カイン副官が唸る。私は振り返り、まっすぐに料理長を見た。
「そして料理長。あなたが持ち出したのなら、理由は一つしか考えられません。――腰、お悪いのでしょう」
料理長の肩が、ぴくりと揺れた。
「鍋を振るとき、いつも左半身をかばっている。長く立った日の夕方は、竈の前で腰を叩いていらっしゃる。鎮痛草は煎じれば腰痛の妙薬です。でも城の医師にかかれば記録が残り、老いを理由に厨房を退かされるかもしれない。だから黙って、自分で」
長い沈黙のあと、料理長は深々と息を吐いた。
「……儂は、この厨房で死にたいんだ。腰痛ごときで竈を降ろされてたまるか」
「親父さん、あんた、そんな……」
若い料理人たちが泣き笑いのような声を上げる。カイン副官は頭を掻いて、「疑いは晴れた、すまなかった」と頭を下げた。
その日から、厨房は完全に私の味方になった。料理長の腰には私が調合した塗り薬が処方され(城の医師には内緒だ)、私の検分には全員が進んで協力するようになった。
「あんたは、儂らの仕事を疑うんじゃなく、守るんだと言った。あれは本当だったな」
料理長のその一言が、何よりの給金だった。
けれど、疑いが一つ晴れたということは、本物の内通者はまだこの城のどこかにいるということだ。
その夜、私は動線図を前に考え込んでいた。帳簿に触れず、配膳の間に毒を差せて、晩餐会の段取りを事前に知り得た者。条件を並べるほど、輪は狭まっていく。
そして、狭まった輪の先には――外から城に定期的に入り込む、あの荷馬車の列があった。
「……納品の、商隊?」




