006~アリス4~
「あなた達、3階層で暴れていた……もしかして、アリスですか?」
アリスに聞きたいことも聞き終え、ゆったりと安全地帯で休憩していたところ、突然背後から声をかけられた。
安全地帯と言っても周囲には魔物が出現するし、極稀に安全地帯に入ってくる魔物もいるので油断していたわけではないけど、近づかれたことにまったく気づけなかった。
しかし、この声の主が私が知っているあの人であるのなら仕方のないことかもしれない。
「久しぶり、アリサ。希少種のウルフなら私達で倒した」
アリスが答える中、振り返ると、そこには2人の女性が立っていた。
1人は腰近くまである金髪と碧色の瞳をもった凛々しい女性で、腰に長剣と盾を携えている。
1人は肩下まである緑髪と金色の瞳をもった優しげな女性で、手には杖を持っている。
私はこの2人を知っている。いえ、1人はこの街で知らない人の方が少ないのではないかしら。
現状世界で50人もいないと言われている数少ないランク6到達者、アリサさん。
アイギスクラスタのリーダーであり、種族はヘーミテオス族だと聞いたことがある。ランク6なのでとうぜん下位神の席を得る権利をもっているのだけど、席を得ていないらしい。どうして神の席を得ないのか少し気になるけど、所詮は噂レベルの話なので今は時間を割いてまで調べようとは思わないし、ましてや本人に聞こうとは思えない。
そして、もう1人の女声はアイギスクラスタのサブリーダーの1人、パラスさん。ランク5の中でも上位の実力と噂されている、私と同じエルフ族の女性。噂では魔法スロットを3つ持ち、上級魔法まで扱えるみたい。
それにしても、アリスはアリサさんと親しい間柄だったのね。アリスの強さを考えると驚きはないかな。
「あとでギルドに報告するとは思いますが、どんな感じでした?」
「待って……うん、こんな感じ」
そう言ったアリスはただ、アリサさんを見ているだけ。
あれで説明になっているとは思えないのだけど、アリサさんもまた、アリスを見たまま動かない。私に分からない何かをしているのかしら。
「久しぶりね、エルピスさん。調子はどうかしら?」
「お久しぶりです、パラスさん。変わらずランク1ですよ」
2人が動かない中、パラスさんが話しかけてきた。
こうして会って話をするのは半年前、クラスタに誘われた時いらいかしら。魔法を使用できないことも知っていたみたいだから、なぜ誘ってくれたのかは分からないけど、覚えてもらえていたようで嬉しいな。
「……魔法は、まだ?」
「魔法スロットが壊れているのです。諦めていますよ」
壊れた魔法スロットは戻らない、これは常識だ。彼女が何に期待しているのかは分からないけど、もうずっと諦めている。
「……そうですか。ちなみに今でもクラスタに入ってくれる気はありませんか?」
「嬉しいお話なのですが、魔法が使えない私が入っても足を引っ張るだけです。申し訳ありません」
そういえば半年前も同じ言葉で断った気がする。
……私もパーティを組んで戦いたいとは思うけど、足を引っ張るのは嫌だから。
「あなたなら剣術だけでもお迎えできますよ?」
「最初だけです。ランクが上がるほど魔法の重要性が増すことは知っています。たとえ近接特化であっても」
悲しそうな表情で私を見つめるパラスさん。
故郷でも魔法学校に通っていた際に出逢ったことがある程度の私を、なぜここまで気にしてくれるのだろうか。あの時は成績優秀者だったからと理由も分かるのだけど、今の私は優秀と評された魔法が使えず、剣術もランク1にしてはマシな程度。本当に分からない。
「……見たのは?」
アリスを見たまま動かなかったアリサさんが突然、そんな言葉を呟いた。
方法は分からないけど、どうやらあのウルフに関しての情報は伝わったみたいね。
パラスさんの視線もアリサさん達……というよりかはアリスに移ったみたいなので私も2人の会話に集中しましょう。
「まずエルピス。そして私が加勢したあとはリア姉だけ」
「リアも来ていたのですね。そうなるとロゼもですか?」
「ロゼ姉はまだ。1ヶ月以内には来ると思う」
ロゼさんが同時に来なかったのは、何か用事があったからかしら。
「そうでしたか。ただ、挨拶に来てくれても良かったと思いますよ?」
「アリサ、怒ってる?」
「いえ」
私もアリサさんは怒っていると思う。
「……アリサ、申し訳ありません。私が追い返しました。さすがにどこの誰とも知れぬ人物を多忙のリーダーに会わせようとは思えませんでしたので」
そんなアリサさんにバツの悪そうな表情でそう告げるパラスさんだが、多忙のリーダーに突然会いたいと言われても断るのが普通だと思う。
「……いえ、あなたは悪くありません。今思い出しましたが、私はあなたからそのことに関して聞いていましたね。アリス、名前を伝えてください……」
「忙しそうだったからいいかなって思って」
「私の様子を見ての判断だったのですね。それでも、私はあなたと会いたかったですよ?」
「ごめんなさい。ティアからよく来るって聞いてたから、そのうち会えると思ってたの」
ティア……ティアの定食屋の店主かしら。あそこの料理は美味しいから私もよく行くわね。
「2週間ほど忙しくて行けていませんでしたね……。何というか、間が悪い」
「他の皆には会ったよ」
「誰からも聞いていませんよ!?」
「サプライズ。私が口止めした」
「……相変わらずですね。まあ、こうしてまた会えて嬉しいですよ」
「私も」
言葉を交わす2人は嬉しそうに微笑んでいる。その様子はまるで、懐かしい友人に会った時のように見える。
……私にはそんな相手がいないから、少し羨ましいな。
「遅くなりましたがエルピスさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、アリサさん」
「1つお聞きしたいのですが、あなたがあのウルフと戦い始めてからアリスが来るまで他の人を見てはいませんか?」
「戦闘に集中していたので見逃しているかもしれませんが、最初に戦っていた2人組の少年と少女以外は見ていません」
戦闘に集中しないと攻撃を受けることすらも難しかったから、周囲に気を回している余裕はなかった。だからアリスが近づいてきた時も気づけなかった。
「ありがとうございます。それではギルドから正式な情報公開があるまでは私からは伏せておきますか」
「エルピス、私達もギルドと要所以外には伏せておきたい。構わない?」
「ええ、私は構わないわよ」
情報が揃ってない以上、無駄な混乱を招くかもしれないものね。
「それにしても、アリスはあの魔物を平然と倒すのですね」
「ギリギリだったよ?」
「私がランク1の状態で戦っていれば負けていたでしょう」
アリサさんでも負けるほど強い……あれ、アリスはどこまで情報を伝えられたのかな。ランク6まで到達できた人が少ない情報だけで、自分では負けると判断するものかしら。
「……アリサ、大丈夫だよ」
「何がですか?」
アリスの言葉に不思議そうな表情をするアリサさん。
アリサさんなら勝てる、と伝えたいのかしら。
「ところであの2人、クラスタに勧誘するの?」
「さっきの言葉が気になるのですが……まあ、勧誘しますね」
アリサさんの言葉にパラスさんが笑みを浮かべながらも"やっぱりか"という感じの表情をしている。
それにしても、アリサさんのクラスタに入るのなら安心かな。これで、復活がない状態で無茶することはなくなるでしょうね。
「そう」
「それでは私達は帰ります。今日の夜にでもティアさんの店に行きますね」
私も帰ったら行ってみようかしら。あそこの定食は美味しいから。
「アリサ、待って。30分ほど時間をちょうだい」
「構いませんが、どうしました?」
帰ろうと背を見せたアリサさんだが、アリスの言葉に再び振り返る。
「ちょうどいいから見せてあげる。そこの"ハイエルフ"さんとエルピス、誰にも言わないと約束できるなら一緒に見せてあげる」
「言わない。約束するわ」
パラスさんはハイエルフではなかったと思うけど……いえ、どちらにしても見た目だけでエルフとハイエルフは判断できないはず。きっとランク5という強さからハイエルフと判断したのね。
「……それは構いませんが、約束できないならどうされるおつもりですか?」
微笑むパラスさんはまるで背伸びする子供を見るような表情をしている。
確かにランク5相手にダンジョンに潜り始めて2週間のアリスがどうこうできるとは思えない。それとアリスがどうするかは、私も気になる。
「あなたには見ていてほしかったのだけど、ランク1の私から教わることがないと思っているのなら帰って」
「……失礼しました。約束します」
気になる。
「ありがとう。それじゃあ30秒ほど待って」
目を閉じ、集中し始めたアリス。
アリスはいったい何を見せてくれるのだろうか。




