005~アリス3~
飛びかかってきたウルフを避け、すれ違いざまに喉元を短剣で斬り裂く。そのまま後ろに控えていたウルフへと駆け、動き出す前に額へとナイフを突き刺す。
そして怯んだところで短剣を引き抜き、喉元を斬り裂く。
2体のウルフが消滅したのを確認してから周囲を見渡すと、辺りには多くの魔石が落ちていた。
魔力生物である魔物を倒した際に身体を構成する魔力が拡散せず、結晶化した場合に素材を残す現象、通称ドロップ。その名称はおそらく、古文書に存在していたらしい今では有名な架空の物語からでしょうね。
そしてドロップ素材には2種類あり、1つはまるで魔物の一部のような魔物ごとに違う素材。もう1つは形状、透明度などの違いはあるがすべての魔物からドロップするとされる不思議な宝石、魔石。
つまり周囲に存在する多くの魔石は、多くの魔物を倒したことを意味する。
それもすべて私が、短時間で。
「余裕だね」
後ろからアリスの穏やかな声が聞こえてくる。
その声の主から貰ったこの短剣だが、やはり私基準だと安物とは思えない。
私が使っていた長剣では勢いをつけて振らなければウルフの喉皮が斬れないことを考えると、この短剣は魔力を通すことが前提だとしても切れ味が良い。まるで添えているだけで斬れるとさえ思えるほどに。
「武器がいいのよ」
本当は少数の弱い魔物を相手に武器に慣れておきたかったけど、そう都合良くはいかないもので、さっきのウルフ達を見つけた時もその数から多少の不安があった。
しかし、結果は快勝であり、これは間違いなくこの短剣のおかげ。
「うまく扱えなければ意味は無い。あなたが武器をうまく扱ってあげているからこそ、応えてくれる」
「ありがとう」
「それじゃあ先に進もう」
「ええ」
その後も普段から倒している魔物を倒しつつ、1つ階層を戻って2階層の安全地帯まで到着した。
いくら慣れている魔物相手とはいえ無理をすべきではないので、いったんここで休憩することに。
「エルピス、この辺りの魔物との戦闘はは慣れているの?」
「ええ。ボス級以外が相手なら負けない程度には」
3階層の安全地帯からここまでに出現した魔物は3種類。
まず白い毛に覆われた身体と赤い目が特徴的な小さな兎型の魔物であるラビット。主に単独で行動していて草木の影から奇襲を狙ってくるが、それさえ注意すれば問題ない。ダンジョンに潜り始めた初心者が戦闘の練習に戦う魔物でもあり、その能力は低い。
次に灰色の毛に覆われた身体と鋭い牙、爪が特徴的な狼型の魔物であるウルフ。主に少数の群れで行動していて、戦闘時も群れが相手になることがほどんど。こちらがパーティで行動していれば個々に倒せばよく、私のようにソロで行動していれば群れ全体を同時に相手にしなければならないので少し危ない相手。最初は負けてしまうことが多かったけど、今は問題なく相手ができる。極稀に数百体の大規模で群れているので、それはさすがに逃げるけど。
最後に茶色と白の毛に覆われた身体と鋭い嘴、鉤爪が特徴的な鷹型の魔物であるホーク。主に単独で行動していて、空から急降下して奇襲攻撃をしてくる。事前に察知できれば問題はないけど、できなければその攻撃だけで負けてしまうことがほとんどであり、初心者の多くが苦労している魔物。でも事前に察知できれば攻撃を避け、すれ違いざまに攻撃を軽く当てるだけで体勢を崩して地面に衝突するので、それだけで倒すことができる。視界が開けた草原や平原なら問題ないけど、森の中では視界が制限されて察知が難しく危険なので、今は可能な限り森は通らないようにして対策をしている。
時期によって同じ階層でも出現する魔物は変わるけど、今の時期の1から3階層はこの3体に加えて夜はホークが出現しなくなり、代わりにコウモリ型の魔物であるバットが出現する程度なので、私にとっては戦いやすい時期。
少し前に4階層と5階層が海エリアになった時、魔法が使えない私ではどうしようもなかったから……。
「ボス級には勝てないの?」
「ええ。挑戦はしているのだけど、一度も倒せたことがないの」
「もしかして1人で挑んでいない?」
「……魔法が使えない私なんて、足手まといでしかないもの」
ギルドが強敵と評価している魔物にはボス級の称号がつけられる。そして強敵と評価されるだけあって、普段その階層で戦う冒険者が1人で勝つことは難しく、ギルドはパーティを組んで挑むことを推奨している。
だけど、魔法が使えない私なんてどのパーティも欲しがらないでしょう。それでも誘ってくれた優しい人達もいたのだけど、私が断った。
私は、"足手まといとして"仲間を窮地に陥らせたくない。
「それじゃあ、6階層以降には行っていないの?」
「ええ、行く意味が無いもの」
ギルドでは一定階層のボス級を倒すことなく、それよりも上層階へ行かないように注意を促している。たとえば6階層以降に行きたければ5階層に出現するボス級を倒してから行くように、と。
理由は簡単。ボス級の魔物を倒せないようであれば、6階層に出現する魔物達を倒しながら進むことが難しいから。軽く覗く程度なら問題ないが、実力の足りないまま進もうとして魔物に負けて安全地帯で復活し、そのまま自力ではその階層から出られなくなった冒険者が多かったからだ。
ダンジョン内で復活する際は"同階層の"最も近い安全地帯で復活する。そして多くの安宴地帯は階層ゲートの近くには存在しない。なので復活後、その階層から前の階層に戻るには魔物を倒して進むか、魔物に見つからないように進むしかないのだけど、直前のボス級に勝てない実力ではそのどちらも難しいみたい。私は6階層以降に挑戦したことがないから、どれほど魔物が強くなるか知らないのだけどね。
……そう言えばアリスは普段、どこで戦っているのかしら。ここまでの移動では『余裕そうだから、あとは任せた』と言って私にすべての魔物を譲ってくれていたから、強敵以外との戦闘はわからない。でも、助太刀があったとはいえボス級よりも強いあのウルフを倒せたのだから6階層以降なのでしょうね。
「アリスは普段、どの階層にいるの?」
「普段は2階層。今日、初めて3階層に行ってみた」
「そうな……え!?」
3階層に初めて来た少女があのウルフを倒せたというの?
……他の大陸にあるダンジョンに潜っていた可能性もあるのかしら。いえ、それなら3階層に来るのを躊躇する理由はない。やはりこのダンジョンが初めてなのでしょうね。
「アリスは強いから、もっと上の階層に行っているのだと思っていたわ」
「私は強くない。それにまだ2週間だから、普通の少女である私はこれくらいのペースでいい」
「2週間?」
「ダンジョンに潜り始めてから2週間」
2週間であの強さ……。ここ5年ほど、この街以外に関してはほとんど知らないのだけど……今の普通の少女は強いのね。
……いえ、さすがにありえない。
最も冒険者が集まっているこの街でも、ダンジョンに潜り始めてから2週間たらずでボス級を単独で倒せた人物はギルドの記録上ではいなかったはず。
「普通の少女は2週間でボス級よりも強い魔物を倒せないと思うのだけど?」
「……ホント?」
「ええ」
首を傾げて問いかけてきたアリスに肯定の言葉を告げる。
アリスの故郷では普通なのかもしれないけど、ここでは普通ではない。これが普通というのなら、ギルドの記録が間違っていることになってしまう。
「きっと火事場の馬鹿力。普段は2階層で頑張る普通の少女」
火事場の馬鹿力なら納得……かしら。それなら普段は意識していないだけで、アリスはそれ程の潜在能力をもっているのね。
少し、羨ましいかな……いえ、違うわよね。
強かった頃の私はより強力な魔物に勝てていた。つまり潜在能力だけを考えるのなら、私はあの魔物に負けないのよ。ここぞというタイミングで現在の実力以上の力を発揮できるかどうか、その差でしかない。
「私も、次は負けないように頑張るわね」
「うん」
それにしても、2階層か……。そういえばアリスの装備はかなりの軽装ね。
武器はアリスの身長に合わせた少し小さめの銀色の槍であり、扱いやすそうに思える。この短剣と同じで魔力装備、あるいは魔法装備なのかもしれない。
防具は水色で布系統の服だけで、おそらくは後方を主とする人がよく装備している、魔力繊維製の物だと思う。
前衛であれば金属系統か動物・魔物素材の防具を装備するのが一般的とされている。でも、速度を重視する人は布系統だけしか装備しないこともあるから、あのウルフとの戦闘を見た感じだとアリスもそうなのかしら。
私は速度や防御を重視した戦闘ができず魔法も使えないから、武器は長剣、防具は布系統の上に軽金属鎧を装備することにしたけど、魔法が使えた時は私も布系統の防具だけだったな。
あとは小さめの鞄に……髪を纏めている、髪と同じ色で半透明の綺麗な鈴が2個ついた髪飾り。確かリアも色違いの似た髪飾りで髪を纏めていた気がするから、姉妹で色違いのものを使っているのかもしれないわね。
もしかすると、あの時に聞こえた鈴の音はあの髪飾りかしら。綺麗な音色だったけど、相手に位置を知らせるような物は危険だと思う。ただ、あれ以降は一度も聞こえてこないから鈴の形をしているだけで、音は鳴らない物なのかもしれない。
アリスほど戦える人が気づいていないとは思えないけど、ダンジョンに潜り始めて2週間しか経過していないから少し気になってしまう。
ギルドでも最初に教えてくれるはずだけど、アリスがギルドに行ったとは限らないし聞き逃した可能性もある。
違っていれば謝ればいいのだから、聞いておきましょう。
「アリス、綺麗な髪飾りね」
「ありがとう。リア姉とロゼ姉、2人とお揃いなの」
アリスは3人姉妹だったのね。リアとアリスがこの街にいるのだから、ロゼさんもこの街にいるのかしら。いえ、今は髪飾りについて確認しないとね。
「そういえば助けてもらった時に綺麗な鈴の音が聞こえたのだけど、その鈴の音かしら?」
「……心配してくれているの? でも、大丈夫だよ」
そう言ってアリスは髪飾りを強めに揺らしたが、音は鳴らない。
どうやらアリスは音が危ないことを把握していたみたい。私が聞きたいことの意図を把握した上で私が心配しないように、鈴から音が鳴らないことを実践までして答えてくれたのだから。
「気を悪くさせてしまったのなら、ごめんなさい。ダンジョンに潜り始めて2週間と聞いて少し気になってしまったの」
「ううん、その気持は嬉しい。ありがとう」
そう言い嬉しそうに微笑むアリス。
そうなると、あの鈴の音は何だったのかしら……。あの時は意識が朦朧としていてアリスの動きも満足に追えなかったから、鈴の音も他の音を聞き間違えたか、気のせいだったのかもしれない。




