004~アリス2~
「終わった」
20分ほど経過した時、静かな空間にアリスの声が響いた。
20分で書き換えたとなると初級魔法のどれかかしら。それでも、かなり早いとは思う。
魔法を使用するには事前に自分の中に存在する魔法スロットへ魔法の情報を書き込んでおく必要があり、書き込む情報は世界に問いかけて教えてもらうのだけど、その書き込みがとても難しい。
最も難易度の低い攻撃系統単体魔法の1つ、ファイアアローですら慣れている者でも30分近くかかる。それもよく集中でき、邪魔が入らない場所で行って。
国一番の魔法学校で上位の成績を修めていた私もちょうど20分くらいかかっていたので、アリスの書き換え速度は早いはずだ。
1人だけ例外と成り得る人がいたけど、あの人はきっと<<スキル>>の影響もあると思うけど……そういえば彼はどうしたのだろうか。あの時は気にしている余裕がなかったからその後は分からないけど、彼ほどに魔法が使えるのなら無事に卒業していることだろう。
それどころか、"ツクヨミ"を継いでいるかもしれない。彼ならば継げるだけの能力があったのだから。
……やっぱり、悔しいよ。
彼と競っても勝てないとは思うけど……それでも、諦めず競うことはしたかった。
「エルピス、どうしたの?」
「ちょっと自分の弱さに悔やんでいただけよ。気にしないで」
そう、自分の弱さに悔やんでいただけ。
最も得意な魔法を失った私は、ここまで弱かったのだと。このダンジョンに初めて足を踏み入れた時も感じていたけど、さっきのウルフとの戦闘で実感できた。いえ、させられた。
「エルピス、あなたは弱くないよ」
「え?」
1年もダンジョンに挑戦していて、第1層に出てくる魔物にすら苦戦する私が弱くないわけがない。
「復活がない状態でも自分の意思で強敵に立ち向かう姿は弱くない。ただ、生きることを諦めたあの姿は強くない」
「私は……」
弱くも強くもない……いえ、きっと私は弱いのよ。私は最初、あのウルフに相手に生き残れると思っていたのだから。
「アリスがそう言うのだから、きっとそうなのよ。それじゃあ私は行くわね。アリス、またあとで会いましょう」
……。
「リア姉、魔石の分前」
「私はアリスが戦っていた魔物に横槍を入れただけよ? 要らないわ」
「リア姉、ともに戦った証の報酬を受け取ってくれないの?」
「……分かったわよ。三等分ね」
……三等分?
「うん。エルピスもそれでいい?」
「え、私?」
「とうぜん」
「足手まといにしかならなかったのだから、受け取れないわ」
援護すらできなかったどころか、足を引っ張っていた。そんな私が分前を貰うことはできない。
「もとはあなたの獲物。全部か、三等分か、ここにドロップアイテムを置いていくか。選んで」
「……三等分でお願い」
「分かった」
ずるい。三等分以外を選べば、あなた達の分前がないじゃないの。
「それじゃあ私は行くわね。報酬はあとで受け取るわ」
「うん。ありがとう、リア姉。頑張ってね」
「どういたしまして」
そう言い残して安全地帯から出て行ったリア。
最初から疲れているようには見えなかったから、戦闘で疲れたアリスの傍にいるために一緒に休憩していたのかしら。
「エルピス、もう少し休憩する?」
「いえ、そろそろ帰ろうと思う。あなたが傷を治してくれたおかげで、何とかダンジョンからは出られそうだから」
できるだけ魔物の少ない場所を通り、出会えばすぐに逃げる。それで武器がなくとも何とかダンジョンの外に出られるだろう。
「予備の武器はある?」
「ええ」
魔法が使えない私にとって魔物と戦う唯一の手段である武器。とうぜん予備は持っていたのだけど、さっきのウルフに噛み砕かれた物が予備。メインとして予備と同じ武器を持っていたのだけど、直前に挑戦したボス相手に壊してしまっていた。
だから今は予備の武器を持っていないのだけど、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。出られる手段はあるのだから。
「……見せて」
この問いかけは軽装の私が武器を持っているように見えなかったからだろう。
「魔法補助を宿した魔法装備なの」
そう言いつつ左手の腕輪を見せるが、この腕輪は気休め程度の防具でしかなく、今の言葉は嘘。
魔力を流すことで、まるで魔法や<<スキル>>のような効力を発揮する魔法道具。その中で戦闘用装備として作られたものが魔法装備。これなら予備の武器として持っていても不思議ではないはず。
とうぜん、とても高価な物なのでこの階層すら突破できない私が買えるものではないし、今の私は魔法装備を使えないけど……この街に来たばかりのアリスが知っているとは思えない。
「……嘘。それは魔法装備じゃない」
「いえ、魔法装備よ。知り合いが安く譲ってくれたの」
あのウルフに苦戦する程度の私が魔法装備を買えるわけがない、そう考えてのカマかけだろう。
でも、魔法装備は外から見ても分からない。大丈夫、問題ないはずよ。
「それじゃあ、使って見せて。"魔法を"」
「……」
そう、アリスは気づいていたのね……私が魔法を使えないことに。それなら、さっきのはとうぜんの疑問。
魔法を使えない私が魔法を補助する魔法装備を持っていても、意味はないものね。
「疑問に思ってた。何もできず悔しそうな表情をしていたあなたがなぜ、魔力が残っているのに魔法を使って援護しなかったのか。踏み入って聞いてもいい?」
「……ええ」
詳細は知り合いであってもほとんどの人に隠していることだけど、助けてくれたアリスに明かすのなら構わない。
いえ、私も誰かに打ち明けたかったのかもしれない。
「私の魔法スロットは壊れていて、書き換えもすらできないの。スロットは確かに存在しているのに、今は書き換えどころか……使用することもできないの」
そう、確かに魔法スロットの存在はは感じられるのに……。
「……もっと集中できる安全な場所で書き込みと、使用するところを見せてほしい。ダメ?」
私の状況を知って、解決してくれようとしているのね。
でもね、魔法大国である私の故郷ですら解決できなかったの……。いくら書き換えが早い優秀なアリスでも、解決はできないと思う。
……それでも、断れない。その優しい気持ちを受け取らないことが、私にはできない。
「問題ないよ、ありがとう」
やっぱり、私は弱いのね。
彼女に迷惑をかけないことを望むのなら、断るべきだったのだから。
「それじゃあ、一緒に帰ろう。ギルドに寄って、私の宿に行こう」
「ええ」
「エルピス、これをあげる」
アリスは鞄から1本の短剣を取り出し、そう言いながら私に差し出してきた。
……きっと受け取るべき、なのよね。
見たところ予備の武器であり、あまり高いものではないと思うから、ありがたく受け取っておこう。
「ありがとう」
差し出された短剣を受け取り、軽く振ってみる。その短剣は軽く、扱い易い。
武器を選ぶときに触った程度だったのだけど、短剣も悪くない気がする。
「うん。その短剣、一度貸してくれる?」
「ええ」
短剣を渡すとアリスは鞘から短剣を抜き放ち、その刀身を見つめ始めた。
もしかして間違えた物を取り出していたのかしら。
「魔力は感じ取れる?」
「大丈夫よ」
「そう。この短剣に集中して」
特に何も考えずに短剣に集中すると、短剣が魔力を纏ったのを感じた。
「……え?」
「魔力を流すと一時的に切れ味が増すの。一応私が試したけど、ここを出る前にあなたも試しておいてね」
魔力を流せば切れ味が増す。それはつまり、この短剣が魔力装備であることを示す。
魔力を流すと効力を発揮するところは魔法道具に似ているけど、その効力は道具の性能を向上させるものであり、魔力道具の中で戦闘用に作られたものが魔力装備。
とても似ているこの2つが区別されている理由は、その特性から本人専用のオーダーメイドでしか作れない魔法道具に比べて、魔力道具は魔力さえ流すことができれば誰でも扱えるから。
なので他人に渡しても問題ないのだけど……とうぜん、魔力装備も魔法装備に及ばないまでも高価なもの。
それを知り合ったばかりの私に、あげる?
試しに魔力を流してみるが、短剣は問題なく魔力を纏ったのを感じた。以前に魔力装備を使った時と同じ感覚なので、この短剣が魔力装備なのは間違いないと思う。
「ごめんなさい、これは貰えないわ。ダンジョンを出たら返すわね」
助けてもらった上に高価な装備まで貰うわけにはいけない。今の私には何も返せないのだから……。
「エルピスはさっき、もらってくれた。要らないのなら武器を買う足しにすればいいよ」
「いえ、要らないわけじゃないわ。ただ、こんな高価なものもらえないわ」
「それは安物、気にしないで。それにエルピスはさっきのお願いを聞いてくれた。それでは納得できない?」
もしかして、アリスは魔力装備を安物と言えるほどの冒険者なのかしら……。
いえ、私が少しでも抵抗できていたウルフに苦戦をしていたのだから低ランクの可能性は高い。それに私には過ぎた武器であることは変わりない。
……それでも、納得しようと思う。この少女はきっと折れてくれない。
「納得したわ。ありがとう、アリス」
「うん。復活はもう大丈夫?」
「大丈夫よ」
さっきの休憩中に24時間経過したのは手持ちの時計で確認している。
「それじゃあ出発しよう」
「ええ」




