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地獄からバイバイ  作者: 梅したら
三章 地獄からバイバイ

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1 イコの正体

 手当てを終えた後、俺たちは駅を出て、死者に襲われないように慎重に進んだ。

 空が赤くなり始める頃、山のふもとにたどり着く。

 この頂上が、目的地だ。


「イコ、本当に大丈夫?」


「うん、もういたくないよ」


 繰り返し確認する俺に、顔の腫れが引いてきたイコは大丈夫だと頷いてみせる。


 でも、その姿は全然大丈夫そうには見えない。

 ――イコの右足と左手は、動かなくなっていた。

 鉄パイプを杖代わりに、俺も肩を貸して、なんとかここまで歩いてきたんだ。


「今日はふもとで休もうか。まだ1日あるし、夜の山は危ないから」


「あっちに、かくれられるところが、あるよ」


「じゃあ、そこに行こう」


 俺はもう、イコのことを疑わない。

 言われた通りの方向へ行く。


 そうしたら、水路に出た。

 水路といってもトンネルのようなものではなくて、舗装された、開けた川のような感じ。

 ただ川と違うのは、水の流れの両側に歩ける道や、休めるベンチなどがあること。

 

 イコは「こっち」と、水路に降りて、舗装された道を歩く。


 コツ、コツ。

 俺たちの足音に、控えめな音が混じっていた。

 イコが杖代わりにしている鉄パイプだ。

 カラカラと引きずらないよう、いちいちちゃんと持ち上げて、コツ、と小さな音を鳴らしている。

 会ったばかりの頃、俺がカラカラという音に驚いていたからだ。

 もう気にしなくていいと何度も言ったのに、イコはずっと気にしてくれている。


 どうして、こんなにいいやつを疑ってしまったんだろう。

 ――いや、出会いがあれだったから仕方ないか。

 初対面が血まみれだった相手をすぐに信じられる人は、多分そんなにいないと思う。


「ここ。みえにくくて、かくれやすいよ」


 水路の分かれ道、格子で塞がれた場所をイコは示した。

 少し凹んでいるから、そこに2人くらいなら簡単に入れそうだ。周囲に植物も多くて、目隠しになっている。


「いいね。ありがとう」


「ふふふー」


 お礼を言うと、イコは嬉しそうに笑った。

 手助けをしてイコを座らせてから、自分も座る。


 水路の壁にもたれかかって、はあと息を吐いた。

 疲れがどっと押し寄せる。


「お腹すいたな……」


 せっかく残していた弁当は、公民館に置いてくるしかなかった。

 お腹が空いた。喉も乾いている。


「ごはん、とってくるね!」


「取ってこなくていい……!」


 片手と片足が不自由なくせに、イコはアクティブに動こうとする。慌てて引き止めた。


「……靴、置いてきちゃったな」


 ふと、イコの足元が目に入る。

 弁当と同じように、イコの靴も公民館に置き去りだ。

 でも幸い、怪我はしていないようだった。


「ぼく、このほうが、いい。くつ、ほんとはにがて」


 イコは動かせる左足だけ、足首をグルグルと回す。


「そうなんだ?」


「うん……」


 イコは口ごもった。

 何を言いたいのか、俺はなんとなく察する。

 イコの右目は、救急箱で見つけたガーゼ眼帯で再び隠されている。でもその下に何があったのか、忘れたわけじゃないから。


 くろぐろとした、闇。

 ナナシさんたちはそれを見て、イコを化け物だと呼んだ。


「イコ、言いたくなかったら無理に言わなくていいよ。でも……イコの正体がなんだとしても、怖がらないって約束する。イコはイコだから、怖くないよ」


「ん……」


 イコは何度か、もごもごと口を動かす。

 そして――意を決したように、告げた。


「ぼくね、ほんとうは、いぬなの」


「いぬ?」


 いぬという妖怪だろうかと一瞬思う。

 でも妖怪に詳しくない俺でも、多分妖怪ではないなと思い至った。


「いぬってもしかして……犬!? DOG!?」


「どっぐ……?」


「あ、いや、ええっと、あの四本脚で歩いて、頭に耳がある、動物の犬……?」


 俺は自分の頭に手をやって、耳を表現してみせた。


「うん。そのいぬ」


「い、犬だったんだ……そっか……」


 驚くと同時に、納得感があった。


 イコの言葉は人にしてはたどたどしいし、舌っ足らずだ。

 それに学校のトイレで、蛇口の下に潜り込んで全身で水浴びしていたのも、その後にぶるぶると体を振って水をきったのも、わかってみれば犬のしぐさだった。


 イコだけ死者から狙われなかったのも、犬だからだろう。

 死者は『生きている()』を狙う。


 多分他にも、犬っぽいところはあった気がする。

 まさか正体が犬だとは思わないから、わからなかっただけで。


『このせかいでは、こころのかたちが優先される』


 イコは犬だけれど、こころが人の形をしていたから、この地獄では人の姿をしているのか。


「あれ? じゃあ俺のお兄ちゃんっていうのは……」


 イコが兄を名乗った時、半信半疑ながらも俺に死別した兄でもいるのかと思っていた。

 でも正体が犬だということは……。


「イコ、もしかしてうちにいたの? その、犬の時に」


「うん」


「でも俺んち、ペット禁止だけどな……」


 両親は、絶対にペットを飼おうとしなかった。

 庭付きの一軒家だし持ち家だから飼えそうなものなのに、俺が昔から何度ねだっても、絶対に駄目だと言われた。

 俺は一人っ子だから、それこそ兄弟のような動物が欲しくて何度も頼んだっけ……


「……あ」


 一度だけ、しつこい俺に根負けした父が、漏らしたことがあった。


『サンくんは、ペットがいなくなったら大泣きするだろう。だからダメ』


 そう言われて、大泣きするかなんてわかんないじゃん、と拗ねた気がする。


 父が、適当な言い訳をしたのかと思っていた。

 でもあれが、実際の経験から来る言葉だったとしたら。


「ぼくのこと、おぼえてない……?」


 イコがおずおずと、俺を見てくる。片方しかない、黒い瞳で。


 その目を見て――急に、記憶の蓋が開いた。


「あ……い、いた! 俺がすごく小さかった頃……家に、犬が、いた……!!」


 俺が本当に幼い、小学校に上がるよりも前のこと。

 家には確かに犬がいた。

 茶色い毛並みの、中型の犬。


 俺にとっては大きくて、親と並んで大きな家族だと認識していた。

 そう……兄だと、思っていた。


「でも、あれ? なんでいなくなったんだっけ?」


 少なくとも、5歳の時に熱を出すまでは、いたと思う。

 病床で、犬を枕にして、すがりついて寝ていた気がする。


 でも、それ以降の記憶に犬はいない。

 理由は知らない――いや、今の俺ならわかるはずだ。


 5歳の時の熱。

 死にかけて、地獄へ迷い込んだらしい俺。

 その時一緒にいた、イコ。


 それから11年間、地獄にいたという、イコ。


 俺は呆然と、つぶやく。


「あの犬は、俺と一緒に地獄に来て――俺だけ帰ったんだ。だから、いなくなったんだ――……」


 そして俺は突然いなくなった兄を悲しんで、強烈なペットロスに陥った。

 だからうちでは、ペット禁止になったんだ。


 驚愕してイコを見ると、イコはのほほんとニコニコ笑っていた。


「おもいだしてくれて、ありがとう」


「お前なあ……!」


 なんて壮絶な人生だ。いや犬生か。どうでもいい。


 俺は手を伸ばし、イコを抱きしめた。

 幼い頃、犬にくっついていた、あの時のように。


「なんで一緒に地獄なんて来ちゃったんだよ!! なんで一緒に帰らなかったんだよ!!」


「……きみが、ままのおなかにいたときにね」


 イコは母さんを、ママと呼ぶ。

 俺が小学校に上がるまで、家では両親のことはパパ、ママと呼んでいた。

 イコの語彙は、その頃のままなんだ。お熱とかも、幼児である俺に対して使われたものを、覚えていたんだ。


「お兄ちゃんになるから、まもってあげてねって、いわれたの」


「…………ッ」


「きみがうまれて、ぼくはきみが、だいすきになった。だから――」


 その先は、聞かなくてもわかった。


 だって最初からずっと、イコは言ってくれていたから。


「きみは、ぼくが命にかえても守るんだ」


 イコは右手で、俺をそっと抱きしめ返してくれた。

 肩を震わせて泣く俺の背を、ぽんぽんと優しく叩く。


「あのときは、きみをかえすことしかできなかった」


 イコは静かに続けた。


「そのあと、会った人に、いちどまよいこんだ人は、まよいこみやすくなるって、おしえてもらった。

だからサンちゃんがまた、まよいこんだときのために、いきてきたんだ」


 イコの11年間を、俺は想像もできない。

 普通のペットだったはずなのに、地獄にすっかり慣れていた。この過酷な世界で、11年も生き延びてきた。

 人の形で、武器をふるえるようになるまで。

 どれだけ過酷な日々だったんだろう。


 全ては、俺が再び迷い込んだ時のためだった。


 そして迷い込んだ俺を――イコはすぐに見つけてくれたんだ。


 俺は顔を上げて、乱暴に涙を拭う。

 それでもまだうるむ目で、イコに向き直った。


「守られるばかりは、嫌だ」


 鼻声でみっともないけれど、精一杯の全身全霊で、伝える。


「俺もイコを助ける。絶対一緒に帰って、その足も治すし、幸せにする」


「……うん」


 イコは、口元を震わせる。


 その目から一雫、涙がこぼれた。


「ありがとう、サンちゃん」


 ――これは俺が見る最初で最後の、イコの涙だった。

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