表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄からバイバイ  作者: 梅したら
二章 脱出を目指して

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/17

8 反撃

「は……?」


「あれ、聞こえませんでした? 君が死ぬかイコくんが死ぬか、君が選んで良いんですよって、言いました」


 ナナシさんがわざわざ、言い方を変えて繰り返す。

 俺に、思い知らせるように。


「な、なんでこんなにひどいことが、できるんですか」


 思わず、そう聞いていた。今の俺がこんな質問をしても、相手を喜ばせるだけだって、なんとなくわかるのに。

 でも、どうしても理不尽が怖かった。こんなにひどいことが、理由もなく起きるなんて思いたくなかった。せめて何かちゃんとした理由があれば、俺はまだ正気でいられるような気がした。


「人が絶望する姿が好きなんです」


「…………ッ!」


「騙されて、苦痛に苛まれながら生者が死者に変わる瞬間が、たまらない」


 ナナシさんは、うっとりとした顔で語る。

 その姿は、俺を絶望に突き落とした。


 こんな悪夢みたいな人が、本当にいるんだ。俺を座敷牢に閉じ込めて、最悪の二択を突きつけているんだ。


「現世に病気の娘を残してきたという母親が来ました。彼女は良かったなあ……」


 震えて青ざめる俺に構わず、ナナシさんは言いつのる。


「彼女には、次に迷い込む生存者を殺せば甦れると嘘を教えた。

そうしたら泣きながら、謝りながら、迷い込んできたサラリーマンを殺していました。

嘘だとネタバラシした時の顔、あれは本当に良かった! 皆で笑いましたよ。殺してくださいと土下座するから、死者の群れへ放り込んであげました。死にたくないという最後の悲鳴まで、楽しませてもらいましたよ」


「う……オェッ……!!」


 あまりに胸が悪くなる話に、俺はえずいた。胃液が逆流して喉を焼く。


「おや、子どもにはまだ刺激の強い話でしたかね」


 楽しそうに、ナナシさんは笑う。

 その顔は初めて、本心からの笑顔に見えた。今までのは全部偽物の笑みだったのだと、思い知った。


「では、本題に行ってあげましょう。

まれに、君たちのような仲の良い二人を見つけることがある。

そういう時は、選んでもらっているんですよ。

自分の命か、相手の命かを、ね」


 ナナシさんは声を弾ませる。

 ――俺たちだけじゃないんだ。

 こんな最悪の選択をせまられた被害者が、過去にもいたんだ……多分、1組2組どころじゃなく。


「君がその鉄パイプでイコくんを殺せば、解放してあげます。

これは嘘じゃないですよ。自分が生きるために大切な相手を殺した人間は、生かしておく方が面白いんです。

だから、あなたが嫌がったって、丁寧に生かしてあげますよ。

そして……」


 ナナシさんは、湯呑みに入ったお茶を指さした。


「そのお茶には、地獄の泥を混ぜてあります。

ヨモツヘグイをしたらどうなるか、教えてあげましょう。

まず、全身の力が抜けて、指一本動かせなくなります。しかし意識は明瞭なまま、神経を丁寧にちぎられるような苦痛を味わうそうです。

運がよければ、24時間程度で死ぬことができますよ。

――君が死ぬ方を選ぶなら、それを飲みなさい。

君が死ねば、イコくんを解放してあげます。

ただ約束はできません。私の気が変わったら、イコくんにも同じお茶を飲ませるかも」


 最悪なことに、ナナシさんの説明はわかりやすかった。

 痛みと苦しみを、想像できてしまった。


「おすすめは、イコくんを殺す方です。だって、そっちの方が、確実に片方が助かるんだから、得じゃないですか?

イコくんを殺したところで、責める人はいません。

イコくんも、君が助かるなら本望ですよ。

痛めつけている間ずっと、サンちゃんに手を出すなってうるさかったから」


「!!」


 イコは、こんなになるまで暴力をふるわれても、俺を守ろうとしてくれたのか。

 そんなこと、してくれなくていいのに。俺がいなければイコは、ナナシさんに騙されることもなく、無事に生きていけたのに。


 情けなくて、涙が出そうになる。

 ――でも、泣いている場合じゃない。

 泣いていたら、イコが死ぬ。殺される。

 今イコを助けられるのは、俺だけだ。


 涙をこらえて震える俺を、ナナシさんはせせら笑う。


「選びたくないですか? でも、こうなったのは君のせいなんですよ。

さっきや昨日、お茶を飲んでいたら、こんな選択せずに死ねたのにね?」


 ナナシさんは、満面の笑顔だった。

 俺はそれを無視して、湯呑みを拾い上げる。


「……おや、お茶を選ぶんですか? 殺すほうが楽なのに、わかりませんねガキの考えは」


 不本意な選択なんだろう。ナナシさんは不機嫌になった。

 もちろん、そんなことはどうでもいい。

 俺はジャージの袖で口元を拭った後、お茶に口をつける。


「だめ、サンちゃん……!!」


 声を出すのも辛いだろうに、イコは俺を止めようと、必死に叫んだ。


 ――ごくん。

 俺の喉仏が動き、地下室に音が響く。

 それを見て、邪悪な観客たちは沸き立つ。


「はは、本当に飲みやがった」

「あっちに賭けてるの誰だったっけ?」

「うーわ、また負けた。あのガキ使えね~」


 好き勝手言われているのを聞きながら、俺は喉を押さえてうずくまった。

 空っぽになった湯呑みが手の中からこぼれ、カビだらけの畳の上を転がる。


「う……ぐ、ぅう……!!」


「サンちゃん……サンちゃん……!!」


 何度も俺に呼びかけるイコに、そんなに叫ばなくていいと、伝えたかった。

 俺がこうしたいって思ったんだから。


 守ってもらったのに、疑ってごめん。

 俺のせいで、痛い目に遭わせてごめん。


 ――今度は、俺が守るから。


「あははははははは! まあ、これも悪くないですねえ!」


 倒れた俺を見下して、ナナシさんが高らかに笑う。


「せっかくだから、君が生きている間に、イコくんが死ぬところも見せてあげましょう」


 ガチャンと、音がした。座敷牢が開く音だ。


 横目に、ナナシさんが新しいお茶を持って、入ってくるのが見えた。


「う、ぁ、あ……」


 俺はかすれた声で叫ぶ。


「あははははは! やめろって言いたいんですか? だめですよ~こうなるってわかっていて、選んだんでしょう?」


 ナナシさんは俺の横に、しゃがみこんだ。

 わざわざ俺に見せつけるように、顔の前までお茶が入った湯呑みを持ってくる。


「イコくんは、君のせいで死ぬんです」


 本当に性格が悪いなこの人、と思った。


 でも、その方が助かる。


 ――手加減しなくて、済むから。


 俺は鉄パイプを握りしめ――ナナシさんの顔面に向かって、思いっきり振り抜いた。


 めきょ、という音がする。

 ナナシさんの鼻が折れ、血が盛大に吹き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手 by FC2
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ