☆99かいめ☆ 三位一体!小さな魔王軍 vs 渓流の女王
厄介な乱入者たちが去り、再び河原に穏やかな川のせせらぎが戻ってきた頃。
釣り竿を手にしながら、ヒナが思い出したように口を開いた。
「さっきのおじさんたち、ガチでウザかったよね。アタシがなんて言ってやろうかって考えてる間に、蓮パイが瞬殺しちゃったけど」
「ああいう手合いは下手に感情で刺激せず、法と論理で一気に畳みかけるのが最も有効なんですよ」
ヒナの言葉に、蓮がクイッと眼鏡を押し上げて涼しい顔で答える。
「本当に素晴らしかったですわっ!暴力に頼らずに言葉だけで撃退してしまうなんて!」
六華が尊敬の眼差しを向けて褒め称える中、その会話を聞いていたラビリスが、男たちの去っていった方向を可哀想なものを見る目で見つめながら呟いた。
「確かにメガネの交渉術(?)は見事じゃったが、あやつらの『本当の地獄』はこれから始まるのじゃぞ……」
「あら、どうしてですの?」
「うむ。実はメルがな、あやつらの荷物にえげつない――」
ラビリスが事の顛末を語ろうとした、まさにその時だった。
「――ラビちゃん……?」
鼓膜を優しく撫でるような、甘くて愛らしい声。
ラビリスがビクッと肩を揺らして振り返ると、そこには首をコテンと傾げ、天使のような満面の笑みを浮かべためるがいた。
ニコニコと笑ってはいるが、その表情の奥には『それ以上言ってはいけない』という、絶対的な圧が込められている。
「ひっ!……い、いや、なんでもないぞ。余は何も見ておらぬし、何も聞いておらぬ……!」
首謀者からの無言の脅しに、魔王の娘は顔を青ざめさせて全力で首を横に振った。
「???」
二人の間で交わされた高度な情報戦に全く気づいていない六華だけが、不思議そうに首を傾げるのだった。
「それにしても、お魚はそこに沢山泳いでいますのに、なかなか釣れ――っ!!」
六華が川面を覗き込みながらポツリとこぼした、その瞬間だった。
彼女の手元にあった竿先が、突如としてグンッ!と下に向かって鋭くしなった。
「どうした?リッカよ」
「ま、待って!何かに、物凄い力で引っ張られてますわ!なんですのこれ!?」
いきなりの強い手応えに、六華がパニックを起こして悲鳴を上げる。
「なんじゃと!?」
ラビリスは座っていたアウトドアチェアから勢いよく立ち上がると、大慌てで六華の後ろへと回り込み、一緒に釣り竿を握りしめた。
「えぇい、余が力を貸してやる!……むむっ!?な、なんという力じゃ!もしや、別の魔獣でも釣り上げたのではないか!?メル、そなたも来るのじゃ!!」
「う、うん!」
ラビリスに呼ばれ、めるもすぐさま駆け寄る。
かくして、小さな女の子三人が一本の竿に団子のようにしがみつき、水の中の『何か』と必死の綱引きを繰り広げるという、なんとも微笑ましい光景が出来上がった。
「お、かかったみたいだな」
少し離れた場所からその様子を見ていた大地が、のんきな声で声をかける。
「のんきなことを言うておる場合ではないぞパパよ!見よ、この底知れぬパワーを……!きっとこの川に潜む『リヴァイアサン』でも釣り上げたに違いないぞ!!」
必死の形相で足を踏ん張りながら、魔王の娘が叫ぶ。
「……リヴァイアサンは海じゃないか?」
「「「…………っ!?」」」
緊迫した大立ち回りの最中に放たれた、身も蓋もないツッコミ。
予想外の指摘に、竿を握りしめた三人娘は思わずピタッと動きを止めてしまうのだった。
しかし、水中の『何か』は、大地のマジレスなど意に介さず、容赦なく竿を水の中へと引きずり込もうとする。
「い、いけませんわ!このままでは……!」
「ふぬぬぬ……!えぇい、負けるでないぞ!!」
「う~ん!!」
川に引きずり込まれまいと、三人娘は小さな足で河原の石を踏ん張り、必死に声を上げる。
「そんなにデカいのか?ちょっと待ってろ!」
ただ事ではない彼女たちの様子に、大地は駆け足で三人の下へ駆け寄ると、彼女たちが握りしめている少し上の方で竿をガッチリと掴んで支えた。
「おぉ、確かに結構力あるな。よし、このままちょっと竿を上に立てるぞ。六華ちゃんは、ゆっくりでいいから手元のリールを巻いてくれ」
「こ、こうですの?」
「そうそう……。焦らなくていいぞ、もっともっと……そうそう。よし、水面まで来た。一気に引っこ抜くぞ!」
大人の力強いサポートを受けながら、六華が不慣れな手つきで一生懸命にリールを巻き上げる。
そして、糸のテンションが限界まで張り詰めたその時――。
「「「せーのっ!!」」」
全員の息を合わせた力強い掛け声と共に、ザバァッ!と勢いよく水面が割れた。
水飛沫を上げて宙に舞い、太陽の光を浴びて現れたのは――三人娘が思い描いていた『幻の魚』のイメージに違わぬ、キラキラと銀色に眩しく輝く、美しい一匹の川魚の姿だった。
「「「はぁ……はぁ……」」」
激しい綱引きを制した三人娘が、河原にへたり込むようにして肩で大きく息をする。
「おぉ、デケェな。25センチぐらいはあんじゃないか?なかなか良いサイズだぞ」
大地はバタバタと跳ねる魚から素早く釣り針を外すと、あらかじめ水を張っておいたバケツに移し、興味深そうに覗き込んだ。
「うわっ!マジでデカいじゃん!絶対美味しいヤツ!!蓮パイ、これなんて魚なの??」
「これは『ヤマメ』ですね。しかし、確かに大きい……初心者がいきなり釣り上げるサイズとしては破格ですよ。これはすごいです」
横から覗き込んだヒナと蓮も感嘆の声を上げる。
「これがヤマメか。車ん中で言ってた……『渓流の女王』だっけ?」
「ええ。その優美な姿と気品ある美しさから、釣り人の間ではそう呼ばれています」
蓮の解説を聞き、息を整えた六華とめるもバケツを覗き込む。
水の中をスイスイと泳ぐヤマメの体には、パーマークと呼ばれる美しい斑紋が並び、濡れた鱗が太陽の光を反射して宝石のようにキラキラと瞬いていた。
「これが女王様ですの?思っていた光り方とは違いましたが、確かにとても綺麗ですわ!」
「ホントに綺麗だねっ。すっごくキラキラしてる!」
めると六華が目を輝かせて歓声を上げる中、最後にもう一人、バケツを真剣な顔で覗き込んでいたラビリスが、腕を組んでポツリと呟いた。
「ふむ……リヴァイアサンではなかったのか。ならばこれは、まだ稚魚ということか?」
「いや、だからヤマメだって。人の話聞けよ」
全くブレない魔王の娘に、大地が即座に呆れたツッコミを入れる。
そして、数秒遅れて彼はさらに眉間を寄せて首を傾げた。
「……ってか、そもそもリヴァイアサンに『稚魚時代』ってあんのか?」




