☆98かいめ☆ 渓流防衛戦!?理詰めの紳士と小さな悪魔
「さすがはマジプリ……深いですわ……。これならめるさんも……!」
両手を胸の前でギュッと組み、感動で目を潤ませる六華。
(深いかどうかはわからんが、ただ虫にビビッてる子に言うセリフなのか、それ?)
「当時なんも考えずに見てたけど、今聞くと激エモなセリフ言ってんね~」
腕を組み、うむうむと妙に感心しているヒナ。
(激エモ……なのか?)
「実に壮大なスケール!実に見事な演技!さすがはラビリスちゃんですね!」
感動のあまり、今にもスタンディングオベーションを始めそうな蓮。
(……お前はまず、否定することを覚えろ)
大自然の中で繰り広げられる一人一人のズレたコメントに対し、大地が内心で疲労感たっぷりのツッコミを入れていると、会心の演技でドヤ顔を決めていたラビリスがスッと自分の腰に手を当てた。
「どうじゃ。しかと聞き遂げたか?そなたは余と肩を並べる者。この気高き言葉の意味がわかるはずじゃ」
(いや、虫が怖くて泣いてる小学生にその理屈は絶対無理だろ……)
大地が呆れ半分でため息をついた、次の瞬間だった。
「……私、やってみる……!」
「えっ!!?」
涙をグッと拭い、顔を上げためるの瞳には、先ほどの恐怖を乗り越えた強い決意の光が宿っていた。
予想外すぎる奇跡の復活を目の当たりにし、大地は裏返った声を上げて驚愕するのだった。
――数分後。
河原に並べたアウトドアチェアに腰掛けながら、キャッキャと無邪気に騒ぐ女子チーム。
「おぉ!川の中に魚がたくさん見えるぞ!!……こやつら、全部食ってもよいのか?」
「あはは!全部釣るのはさすがに無理っしょ!てか、こんなにいっぱい食べれないって!」
水面を覗き込んでよだれを垂らしそうなラビリスに、ヒナが笑いながらツッコミを入れる。
「うーん……光るお魚、全然いないね」
「幻のお魚ですもの。そう簡単に姿を現さないんじゃないかしら?」
めると六華は、未だに未確認生物を探して、水の中を真剣に観察していた。
一方の男子チームは、そんな微笑ましい光景を少し離れた場所から眺めながら、黙々と釣り針にウネウネ動く虫を突き刺す作業に徹していた。
「めるちゃんも、すっかり楽しそうでよかったですね」
「あぁ。あの復活にはビックリしたけど、とりあえず機嫌が直ってよかったよ。あのまま泣きっぱなしだったらどうしようかと――」
大地が安堵の息を吐きながら言葉を紡いだ、まさにその時だった。
背後から、その和やかな空気を乱暴に引き裂くような、無遠慮な男の声が投げかけられた。
「おいおい、なんか子供がいっぱいいるぞ」
「おい、お前らここで何してんだ?」
突然の冷や水に、全員が一斉に声のする方へと振り返る。
そこには、釣り道具を手にした六十代ぐらいの男二人が、まるで自分たちの縄張りを荒らされたかのように、忌々しげな視線でこちらを睨みつけていた。
(なんか、クソめんどくさそうなのが来たな……)
大地は内心で深くため息を吐くと、背後にいる女子チームを庇うように立ち上がり、厄介な乱入者たちへと向き直った。
「何って……見ての通り、釣りですけど」
「なんだ?お前が保護者か?ここはな、素人がピクニック気分で来るような釣り場じゃねぇんだよ」
釣り道具をドサリと置き、見下すような態度をとる男たち。大地は努めて冷静な声で問い返す。
「えぇっと、どういう意味でしょうか?」
「言ったまんまだよ。子供連れで遊ぶんなら、もっと下流の開けた方に行きなって言ってんだ」
「この川に年齢制限があるなんて聞いてませんけど、どこかに書いてありましたっけ?」
「んなもん、空気読みゃわかるだろ?いい歳してそんなこともわかんねぇのか?」
(それはお前らだっつーの……!)
胸ぐらを掴みたくなる衝動をグッと堪え、大地はどうにか大人の対応でその場を収めようと試みる。
「……じゃあ、そっちの方を空けますんで、それでいいですかね?僕らも邪魔はしないようにしますよ」
「チッ、話が通じねぇな。ここは前から俺たちが目ぇつけてるポイントなわけ。わかる?こんな子供だらけで騒がしいんじゃ、集中できないっつってんだよ」
あまりにも理不尽な言い分。
さすがの大地も堪忍袋の緒が切れる寸前――。
「おい、貴様ら!突然現れて無礼であろう!ここは我らが先に占拠した場所じゃぞ!」
突然、大地の背中からひょっこりと顔を出したラビリスが、腰に手を当て、小さな身体で堂々と男たちを睨みつけた。
なぜかその後ろには、めるがピタリと隠れている。
「なんだ?その口の利き方は?おい兄ちゃん、娘の躾が全くなってねぇんじゃねぇか?」
「「……!」」
『娘の躾』という言葉が出た瞬間、大地の目つきがスッと鋭く冷たいものに変わった。
自分の娘(仮)を、そして純粋に釣りを楽しみに来た子供たちを侮辱され、ついに大地が怒りの声を上げようとした――まさにその時だった。
「店長、少し落ち着いてください。ここは私にお任せを」
大地の肩にポンと手が置かれる。振り返ると、これまで静かに仕掛けを作っていた蓮が、眼鏡をクイッと持ち上げながら冷ややかな笑みを浮かべていた。
彼は大地の前にスッと出ると、ポケットからスマホを取り出し、画面を操作しながら男たちへと向き直る。
そこには赤く点滅する『録音アプリ』の画面が表示されていた。
「……なんだ兄ちゃん?お前もこいつらの保護者か?」
「いえ。ただの少しばかり法律の勉強をしている学生です。長話は無用ですので、結論だけ申し上げますね」
蓮はスゥッと息を吸い込むと、凄まじい早口で一気にまくし立てた。
「ここは公共の川であり、あなた方に占有権は一切ありません。さらに先ほどの法的な根拠のない退去要求と明確な悪意を持った侮辱発言は『強要未遂』および『迷惑行為』に該当する可能性が極めて高い。――この録音データを持って今すぐ警察に通報されるか、3秒以内に我々の前から消え去るか。お好きな方を選んでください。3、2――」
「な、なんだと……!?」
「1。……0。では通報を」
「チ、チィッ!覚えてろよ!!」
有無を言わさぬ理詰めの猛攻と、反論の隙を一切与えない容赦のないカウントダウン。
完全に気圧された男たちは顔を引きつらせ、捨て台詞を吐きながらそそくさと逃げるように去っていった。
「…………」
(こいつ、やっぱ怒らせたら一番ヤバいやつだ……)
瞬く間に平和を取り戻した河原で、大地は頼もしすぎるアルバイトの背中を見つめながら、内心で静かに戦慄するのだった。
すると、先ほどまでラビリスの後ろに隠れていたはずのめるが、男たちの逃げて行った方向からトテトテと歩いてきた。
「む?メルよ、いつの間にそんなところへ行っておった?何をしていたのじゃ?」
「ん。ちょっと……こっそり罠を仕掛けてきたの」
「わ、罠……?」
首を傾げるラビリスに対し、めるは天使のような愛らしい笑顔を浮かべたまま、その恐るべき作戦の全貌を語り始めた。
「うん。蓮お兄さんが前で相手をしてくれてる間に、見えないところからそーっとおじさんたちの荷物のところに行ってね」
「ほ、ほぅ……?」
「まずはクーラーボックスの下のフタを、ほんのちょっとだけ緩めておいたの。これで、帰りの車の中でお水がじわじわ漏れて、車がびちょびちょになるでしょ?」
「…………」
「あとは、釣り竿の糸を巻くところのネジもギリギリまで緩めておいたよ。あれだと、もしお魚がかかってもずっと空回りして、絶対に釣り上げられないの。……あ、ついでにさっきの『白い虫』を、おじさんたちの長靴のつま先の奥の方に何匹か入れておいたから、後で履くときビックリすると思うな!えへへっ」
「…………」
ラビリスは、一体めるが何を言っているのか理解できなかった。
しかし瞬時に我に返り、目の前にいるエンジェルスマイルに声を張り上げる。
「ば、馬鹿な!その為だけに、あのおぞましい虫を自ら掴んだと言うのか……!あ、悪魔じゃ!そなたは本物の悪魔じゃ!!」
大自然の平和と推しを脅かす者には、一切の容赦もない報復を。
先ほどまで虫に怯えて泣いていたはずの少女の、えげつないほど完璧で無邪気な戦術の数々を前に、魔王の娘すらもドン引きして震え上がる。
(こやつ、怒らせたら一番恐ろしいのではないか……?)
つい数分前、大地が蓮に対して抱いた「一番ヤバい奴」のランキングは即座にアップデートされ、ラビリスは天使のような笑顔を浮かべる小さな軍師に、内心で静かに戦慄するのだった。




