☆97かいめ☆ 清流に響く気高きエール
【ちょっとしたご注意】
このエピソードでは、キャラクターたちが人生で初めて「直面する現実」を描いています。
虫やちょっぴり生々しい表現が苦手な方は、キャラクターたちの阿鼻叫喚に免じて生温かい目で見守ってください。
「よし、まぁこんなもんだろ!」
大地が満足げに両手をパンパンとはたいた。
目の前には綺麗にセッティングされたバーベキューセット。
その横のテーブルには、紙皿や割り箸、後で魚を焼くための串などがズラリと並べられている。
釣り竿やバケツなどの準備も完了し、いつでも釣りを開始できる完璧な状態だ。
「んじゃ、早速始めるとすっか」
彼がレンタルの釣り竿を一つ手に取ると、ヒナがピシッと勢いよく手を挙げた。
「はいはーい!女子チームは全員釣りするの初めてなんですけどー。これ、どうやってやったらいいの?」
「どうやってもなにも、釣り針にエサつけて川の中に投げ込むだけだろ」
「説明テキトーすぎない!?……てか、そのエサってどれだっけ?」
「あぁ、確か蓮が『私に任せてください』っつって、オススメのエサを持ってきたはずなんだが……」
言いながら大地は、未だに木陰で幸せそうに気絶している蓮の荷物を容赦なく漁り始めた。
「お、多分これだな」
ガサゴソと探った末に、大地はカバンの底から『お弁当箱ぐらいの大きさの木箱』を引っぱり出した。
「……なにこれ?魚のエサってこんなのに入ってんの?」
いかにも『和』といった渋い見た目の木箱を前に、ヒナが胡散臭そうに首を傾げる。
「俺もよくわからんが、カバンの中を探した限り、それっぽいのはこれしかなかったな」
大地が木箱を軽く振ってみせると、ラビリスが興味津々といった様子でひょっこりと顔を出した。
「ほぅ。何やら美味そうなものが入っていそうじゃな。一体、魚はどんなご馳走を食べておるのじゃ?」
「『女王』や『王様』と呼ばれるお魚でしたら、きっと高級料理のフルコースではないかしら?」
六華も両手を口元に当て、目をキラキラと輝かせながら上品な予想を口にする。
「いや、相手はただの魚だかんね……?」
どんどんファンタジーな方向へ膨らんでいく二人の発想に、ヒナがジト目で呆れたようにツッコミを入れた。
すると、横で見ていためるがコトリと小首を傾げて言う。
「あの、とりあえず開けてみればわかるんじゃないかな?」
「それもそうだな。んじゃ……オープーン!」
めるのごく真っ当な提案に頷き、大地は一切の警戒を抱くことなく、軽いノリで木箱の蓋を開け放った。
パカッ。
「「「「「…………」」」」」
開かれた木箱の中――そこに敷き詰められたオガクズの上で、無数の白い丸々とした『何か』が、ウネウネと蠢いていた。
パンッ!!!
一瞬の凍りつくような沈黙の後、大地が光の速さで木箱の蓋を叩き閉めた。
「え、ガチ……?」
「い、今、中で『何か』がウネウネと動いておらなんだか……?」
「き、気のせいではなくて……?」
「…………っ」
ヒナはドン引きで後ずさり、ラビリスと六華は震える声で幻覚であることを祈る。
そしてめるに至っては、完全に絶句して大粒の涙を瞳に浮かべていた。
「ハッ!……わ、私は確か、天使の笑顔に導かれて天へ連れて逝かれたはずでは……!」
パニック寸前の地獄の空気が流れる中、木陰で寝かされていた蓮が唐突にガバッと跳ね起きた。
辺りをキョロキョロと見回し、まだ自分が現世にいることを確認した彼は、不自然に固まって震えている五人の下へと不思議そうに歩み寄る。
「……?皆さん、揃いも揃ってどうかされたのですか?」
「あ、蓮パイ起きたんだ。……ってかそれより魚のエサって、マジでこれで合ってんの……?」
ヒナが顔を引きつらせながら尋ねると、蓮は自信満々に鼻を鳴らした。
「えぇ。その『ブドウ虫』こそが、魚の食いつき、扱いやすさ、そして容易に手に入るという、まさに川釣りにおいて完璧なエサなのです」
「……で、これをどうやってエサにすんの?」
「あぁ、そう言えば女性の皆さんは釣りが初めてでしたね。少し見ていてください」
彼は爽やかな笑顔でそう言うと、大地の持つ木箱に躊躇なく手を突っ込み、ウネウネと蠢くソレを素手で一匹摘まみ上げた。
もはやこの時点で、大地を含めた全員がドン引きしていることは言うまでもない。
しかし、周囲の阿鼻叫喚など全く意に介さない蓮は、そばに置いてあった釣り竿に手を伸ばすと、その先端にある鋭い釣り針を虫の胴体へ向けて、無慈悲にブスリと突き刺した。
プツッという嫌な音と共に、じわりと『謎の液体』が銀色の針を伝う。
「――とまぁ、こんな感じですね。至って簡単なので、皆さんも早速やってみてください」
「「「「「…………」」」」」
指先でピクピクと痙攣する虫エサをドヤ顔で掲げながら、蓮はなんの悪気もない満面の笑みで勧めてくるのだった。
「で、で、で、できるわけなかろうがぁぁぁぁ!!!」
針の先でピクピクと悶えるソレを見たラビリスが、魔王の娘としての威厳など完全に放り投げ、今日一番の絶叫を上げる。
「ここ、こんなおぞましいものを食べるお魚が、本当に貴族ですの!?」
信じていた『王様・女王様』の優雅なイメージが粉々に打ち砕かれ、六華も顔を真っ青にして震え上がる。
「蓮パイ……。これは蓮パイとは別の意味でキモいわ……」
ヒナは完全にドン引きした目で、ウネウネ動く虫とドヤ顔の蓮を交互に見比べながら、辛辣極まりない評価を下した。
「まぁ、やれって言われりゃできなくはないが……さすがの俺もこれはちょっと気持ち悪ぃなぁ……」
唯一の頼みの綱である大地でさえも、顔を引きつらせてスッと一歩後ずさっている。
「びえええええええん!!!!」
そしてついに、限界を超えためるが、大粒の涙をポロポロとこぼして泣き出してしまった。
大自然の清らかな静寂を切り裂くように、虫エサという強烈な洗礼を浴びた一同の魂の叫びが、美しい川辺に一斉にこだまするのだった。
――数分後。
阿鼻叫喚のパニックがようやく一段落したところで、蓮がスッと眼鏡を押し上げて一つの提案をした。
「わかりました。ではこうしましょう。女性陣のエサを取り付けるのは、私と店長がやります」
「え、俺も?」
突然の巻き込み事故に、大地が思わず顔をしかめる。
「当然です。紳士たるもの、女性をエスコートするのは嗜みですよ」
「ウネウネ動く虫を針に突き刺す行為は、はたしてエスコートと呼べるのか……?」
「エサを付けた後、すぐに川へ投げ込んでからお渡しすれば、皆さんはあの姿を見なくて済むはずです」
真顔で力説する蓮の折衷案に、少し距離を置いていた女性陣が顔を見合わせた。
「ふん。それならばよかろう。主の世話をするのは従者の役目じゃからな」
「従者の役目の中に『生きた虫を針で串刺しにする』なんて項目はないと思うぞ」
偉そうに腕を組むラビリスに、大地がやれやれとため息を吐く。
「アタシもそれでいーよ。なんだかんだ魚は食べたいしね」
「わたくしもそれで構いませんわ」
ヒナと六華も、自分たちが虫に触れなくて済むならと渋々了承した。
これでなんとか釣りが始められそうだと大地が安堵した、その時だった。
「グスッ。私、やりたくない……」
視線を落とし、両手で目を擦りながら、めるがポツリと呟いた。
先ほどまでのワクワクした様子はどこへやら。すっかり怯えきってしまった彼女は、完全に釣りへのやる気を失くし、小さな肩を震わせている。
川のせせらぎの中に、めるの心細いすすり泣きだけが静かに混じる。
もちろん誰一人として彼女を責めることはできないが、かといってどう励ませばいいのかもわからない。
慰めの言葉も見つからないまま、その場にはなんとも言えない気まずく重い空気だけが漂う。
そんな気まずい沈黙が流れる中、ラビリスが一歩前に歩み出て、めるの小さな肩をポンと優しく叩いた。
「メルよ、まぁそう言うでない。余が隣りでそなたをしっかり守ってやる故、共に菓子でも食いながら、幻の魚とやらを釣り上げてやろうではないか」
「でも……」
未だに涙目で俯くめるに対し、ラビリスはビシッと指を突きつけた。
「えぇい、いつまでもメソメソするでないわ!……仕方あるまい。これよりそなたに、『マジプリ』第84節『跪くのは勝利の時だけ』にて、気高きヴィオレが言うておった言葉を聞かせてくれるわ!」
「え……?」
「で、出ますわ……!!」
「「「何が!!?」」」
名ゼリフの到来を察知した六華が、両手をギュッと握りしめる。
ラビリスは「心して聞くがよいぞ」と重々しく頷き――コホンッとわざとらしく咳払いをした。
そして、以前と同じく大舞台に立つ役者のように天を仰ぎ、少し大人びた声色を作って、高らかに詠唱を紡ぎ始めた。
「……『惨めにすべてを諦めて、それで終わりにするつもり?絶望に濡れたその瞳だって、光を反射させれば綺麗なプリズムになるの!膝をついていいのは、勝利を神に感謝する時だけ。さぁ立ち上がりなさい!あなたの輝きは、そんな灰色の泥の中でくすんでいいものじゃないわ!!』」
「「「「「…………」」」」」
ラビリスの熱演が終わると同時に、その場に深い沈黙が降りた。
その口から紡がれた壮大なスケールに、全員が完全に言葉を失っている。
静まり返る美しい渓流。
清らかな川のせせらぎと、遠くから聞こえる鳥のさえずりだけが、ぽつんと響き渡っていた。
――いや。
大自然の音だけではない。魔王の娘による大仰な、しかし誰よりも真っ直ぐなそのエールは、顔を上げためるの小さな胸の奥にも、確かに響いていたのだった。




