☆96かいめ☆ 澄み渡る清流と紳士の微笑み
「――店長。あと300mほどで目的地の駐車場に到着です。予定時間との誤差はマイナス2分、完璧です」
助手席でタブレットの画面を睨みつけていた蓮が、カーナビよりも正確で無機質な声で報告する。
「相変わらず正確すぎて怖ぇな……。てか、途中のコンビニでわざわざ買ったこの『遊漁券』だけど、これって現地でも売ってんじゃねぇの?」
ハンドルを握りながら、大地はふと素朴な疑問を口にした。
「はい。駐車場内に売店がありますので、そこで購入可能です。ですが、こんなに朝早くではまだ開店していない可能性があるので、タイムロスを防ぐための事前購入が最も無難な選択肢です」
蓮はくいっと眼鏡を押し上げ、理路整然と即答する。
「なるほど。……じゃあそもそも、こんなに朝早くに来なくても、売店が開く時間に合わせてゆっくり来りゃよかったじゃん」
「いえ。釣りは早朝が基本中の基本です。それに、私が事前に調べ上げた『最高のポイント』。ここは少々隠れてはいますが、ゆっくり行った結果、万が一先客がいたともなれば、他のポイントを探さなければいけなくなりますので……」
徐々に熱を帯びていく蓮の早口な解説に、大地は呆れたように小さくため息を吐く。
「お前って元々完璧主義だけど、ラビリスが絡むとさらに拍車がかかるよな……」
「否定はしませんが、今回はあくまで『彼女たち』のためです」
「あ、うん。知ってる」
心外だとばかりに真顔で言い返す蓮。
しかし、その言葉の裏にある「推しに完璧なコンディションでドヤ顔をさせたい」という隠しきれない情熱を、大地はとっくに察していた。
「う~~ん。なんだかんだ山の空気ってやっぱ美味いよな」
目的地の駐車場に到着するなり、大地は車から降りて大きく背伸びをし、胸いっぱいに深呼吸をした。
「そなた、空気の味がわかるのか?そんな特殊能力を持っておったとは……」
魔王の娘が、大地の顔をまじまじと見つめる。
「ねぇよ、そんなもん……。なんか山の上の方が空気が澄んでるっつーか、綺麗な感じするだろ?」
「ふむ。よくわからぬが、余はこの前食べた『つぶつぶキウイグミ』が美味かったぞ」
「空気の話をしてんだよ……」
ドヤ顔で絶賛するラビリスに、大地が呆れ顔でツッコミを入れていると、ヒナがワクワクした様子で辺りを見回しながら尋ねた。
「ね!どこで釣るの?蓮パイいいとこ見つけたんでしょ?」
「ほぅ、さすがはメガネじゃ。褒めて遣わすぞ」
「勿体ないお言葉です」
偉そうにふんぞり返るラビリスに対し、蓮は騎士のように恭しく一礼する。
「穴場……という奴ですの?でしたら少し遠かったりするのかしら?」
「こ、怖い森の中とかを通るのかな……?」
六華とめるが、目の前に広がる大自然を見て少し不安げに身を寄せる。
「いえ、心配は無用ですよ、お二人とも。私が見つけたポイントはここからそう遠くはありません。早速向かうとしましょう」
彼女たちを安心させると、蓮はスマートに踵を返し、案内しようと意気揚々と歩き出した。
――その時だった。
「おい、待て待て!トランクのこの荷物、俺一人で運べるわけねぇだろ?」
「あ、ごめんごめん!んじゃアタシがこれ持つわっ」
言いながらヒナが、釣竿が入ったバッグをヒョイッと肩に担いだ。
「蓮パイはあれ運んであげなよ」
彼女が容赦なく指差した先には――今朝の集合時、蓮が息も絶え絶えになって運んできたあの『バーベキューセット』がどっしりと鎮座していた。
「…………」
再び目の前に現れた重厚なボスキャラ(物理)を前に、蓮の動きがピタリと停止する。
「おぉ、そりゃ助かるわ。んじゃ俺は炭とか残りの荷物でも運ぶか」
石化している蓮の絶望を華麗にスルーし、大地は呑気に笑って自分の荷物をまとめ始めるのだった。
――十数分後。
「おぉ〜、川だー!めっちゃ綺麗じゃん!!」
木々の生い茂る細い道を抜け、パッと視界が開けた瞬間、先頭を歩いていたヒナが歓声を上げた。
「まぁ、本当ですわ!」
「わぷっ!……リッカよ、急に止まるでないわ!」
感動して足を止めた六華の背中にぶつかり、ラビリスが後ろからぽかぽかと抗議する。
六華は「あら、ごめんあそばせ」と上品に微笑みながら、スッと道を空けた。
「おぉ、実に綺麗な川じゃ!この澄んだ川に、例の魚がおるというのか!」
「蓮。お前が言ってた場所はここでいいのか?」
キラキラと輝く水面を見てはしゃぐ子供たちから視線を外し、大地は後ろを振り返って声をかけた。
「ぜぇ……ぜぇ……。は、はい。ここで間違いない……はず……」
瀕死になりながらバーベキューセットを運んできた蓮は、荷物をドサリとその場に置くと、膝に手をついてガックリとうなだれた。
すると、めるがトテトテと小走りで蓮の下に駆け寄り、天使のような笑顔を向ける。
「あの、メガ……蓮お兄さん、頑張って探してくれてありがとう」
「…………」
突然のエンジェルスマイルと、初めてお兄さんと呼ばれた衝撃に、一瞬事態が呑み込めずフリーズする蓮だったが。
「…………っ!はぐっ!!」
疲労困憊で極限まで削られていた精神に、純度100%の『尊さ』が致死量に達してしまったのか。
蓮は胸を強く押さえると、そのまま白目を剥いてバタリと地面に倒れてしまった。
「ど、どうした!?蓮!キツかったら無理してないで言ってくれりゃよかったのに……!」
「だ、大丈夫!?」
死因は『尊死』だった。それをただの過労によるぶっ倒れだと勘違いした大地とめるが、血相を変えて倒れた蓮の下へと駆け寄っていった。
「ダメだ……。コイツはもう完全に使いもんにならねぇ」
地面に倒れ伏した蓮の容態を確認した大地が、静かに首を振る。
「てか、なんでビミョーに微笑んでんの?気ぃ失っててもキモいとかヤバくない?」
蓮の顔を覗き込んだヒナが、ドン引きしたように肩をすくめた。
彼女の言う通り、気を失っているはずの蓮の口元には、なぜか至福の笑みが浮かんでいる。
「……確かにヤバいが、今は放っておいてやれ。仕方ねぇ、蓮はそこの木陰にでも寝かせといて、俺たちで準備だけ進めておくか」
「ま、ここまで運んでくれたし、ゆっくり休ませてあげるか」
限界紳士の奇行には深く突っ込まず、大地とヒナは早々に蓮を放置する決断を下した。
「見て見て!お魚、光ってるかな!?」
「こんなにもお水が透き通っているのに見えませんわ!やはり幻……!」
「ふん。余に恐れをなして逃げ出したか……」
「おーい。今から準備するから、お前たちもちょっと手伝ってくれー!」
気を取り直した大地が、川辺で水を覗き込んではしゃぐ三人娘に向かって声を張り上げる。
「ふん。魔王の娘たる余の尊き手を煩わせ――」
「「はーい!」」
ラビリスの言葉を遮るように、めると六華の良い子すぎる元気な返事が響き渡る。
二人はなんの躊躇いもなく、お手伝いをするべくタッタッタッと大地の下へ駆けていってしまった。
「お、おい!二人とも余を置いていくでない!待たぬか!!」
綺麗に一人取り残された魔王の娘は、慌てて威厳を投げ捨て、二人の小さな背中をドタバタと追いかけるのだった。




