☆95かいめ☆ すれ違う二つの思惑
ゴールデンウィーク3日目の朝。
「ただいまー。準備できたか~?」
予約していたレンタカーを借りに行っていた大地が、玄関からラビリスに声をかける。
返事がないことに嫌な予感を覚えつつ、そのまま靴を脱いで中に入り、部屋の扉を開けた瞬間――。
「……むにゃ。くふふ……それは余の魚じゃぞ……」
「…………」
ウサギウスを抱きしめ、二度寝を全力で楽しむ魔王の娘の姿がそこにあった。
「おい、なんでまた寝てんだよ!」
「……んが?」
大地の鋭いツッコミに、ラビリスは間の抜けた声を漏らして薄く目を開ける。
「何のためにわざわざ早めに起こしたと思ってんだよ!待ち合わせの時間まであと15分しかねぇぞ!」
「ハッ……!!」
その言葉に、ラビリスはバネのように跳ね起きた。
そして壁に掛けてある時計の針を凝視し、突然ぷるぷると震え始めた。
「馬鹿な……!何故時間がこんなにも進んでおる!余は時空を超えてしまったと言うのか!!?」
「寝過ごしただけだろ……。早く顔洗って歯磨いて、さっさと着替えろ。あと10分以内に用意できなかったら置いてくからな」
「な……!そ、それだけは許されぬぞ!しばし待っておれ!!」
完全に目が覚めたラビリスはウサギウスを定位置に鎮座させると、ドタバタと慌ただしい足音を立てて洗面所へと猛ダッシュしていくのだった。
――数分後。
「……おっ、思ったより早かったな。ってか、その服にしたのか?」
アパート前に止めたレンタカーの脇で待っていた大地は、駆けてきたラビリスの姿を見て目を丸くした。
「ふん。ヒナが『今日はこれが一番動きやすい』と言うておったからな」
ラビリスが身にまとっていたのは、昨日蓮が熱弁を振るって選んだショート丈のサロペットだった。
中にはTシャツ、頭には同系色のキャップを被り、実に動きやすそうな服装に仕上がっている。
――もっとも、蓮が主張していた「片方の肩紐を外して着るのが『通』」というこだわりは華麗にスルーされ、両方ともしっかりと掛けられているが。
「なるほどな。しかしやっぱ、俺が選ぶ服より圧倒的にシャレた感じがすんな。さすがJKだわ」
「うむ。確かに機動性も抜群だし、中々に気に入っておるぞ」
「よし、んじゃ行くぞ」
アパートを後にした二人は、借りてきたばかりの広々としたレンタカーに乗り込むと、みんなが待つ最初の目的地――待ち合わせのコンビニへと軽快に走り出したのだった。
少し車を走らせて待ち合わせのコンビニに到着すると、駐車場にはすでに本日のメンバーが全員集まっていた。
ただ、なぜか蓮だけが膝に手をつき、肩で息をしている。
みんなの前に車を停めると、大地は運転席から降りて声をかけた。
「もう全員集まってたのか。……おぉ、これが言ってたグリルセットか?なんか思ったよりかなり立派な奴だけど、よくここまで運んできたな。重くなかったのか?」
「蓮パイに持ってもらったからヘーキ!」
ヒナが悪びれもせず、蓮を親指で指し示した。
「……あぁ、それでか」
息も絶え絶えな限界紳士の姿に、大地は全てを察して苦笑する。
「「おはようございますっ」」
ふと、重なった可愛らしい挨拶がする方を振り返ると、そこには私服姿の小さな少女たち二人が並んで立っていた。
めると六華である。
「あぁ、おはよう。今日は来てくれてありがとな」
「こちらこそありがとうございます。わたくしも釣りをするのが初めてで、とてもわくわくしていますわ」
「……その、誘ってくれて、ありがとうございます……っ」
(くぅ……っ。本当にいい子たちだ……!)
普段の騒がしさとは打って変わった礼儀正しい小学生たちの姿に、大地は思わず内心でむせび泣いた。
するとそこへ、助手席から遅れて降りてきたラビリスが、ふんぞり返るようにして二人に声をかける。
「メル、リッカ。よくぞ来た!今日は己と向き合う『忍耐力の試練』でもある故、心するがよいぞ!」
「「???」」
ヒナに吹き込まれたままの魔王の娘の謎の宣告に、めると六華は顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げるのだった。
そんな彼女たちの尊い光景を目にした蓮が、フラフラとした足取りで三人の下へと歩み寄る。
(あ、メガーネさんだ)
めるが内心で呑気にそう思っていると、彼は三人の前で突如としてスッと背筋を伸ばし、真顔になった。
(なんたる癒しの空間……!間違いなくここには、大自然をも凌駕するマイナスイオンが溢れ出ている!……しかし)
蓮は真剣な眼差しで魔王の娘を見下ろした。
「ラビリスちゃん……その、肩紐を両方しているように見えるのですが」
「は?片方だけでは、動いてずれたときに脱げてしまうじゃろうが。そなた、余に辱めを受けさせるつもりか?」
「…………」
ぐうの音も出ないほどのド正論を突きつけられ、蓮は言葉を失った。
「よし、それじゃあ出発だ!みんな車に乗り込んでくれ!!」
大地の元気な号令が響き渡ると、気を取り直した一行はそれぞれ車へと乗り込んでいく。
重い荷物をきっちりと詰め込み、全員の準備が整うと、車はこれから始まる『己との戦い』への期待を乗せて、ゆっくりと走り出したのだった。
――数十分後。
市街地を抜け、窓の外の景色が徐々に緑色を帯びてきた頃。
後部座席のヒナが、前の席に座る大地と蓮に身を乗り出して尋ねた。
「そういや今日って川で釣るんだったよね?今の時期って何が釣れんの?」
「リサーチしたところ、ヤマメ、アマゴ、イワナですね。彼らは『渓流の女王・王様』とも呼ばれ、非常に人気の高いターゲットです」
助手席の蓮が、くいっと眼鏡を押し上げて淀みなく答える。
「へぇ〜。川の魚って全然食べる機会ないし、めっちゃ楽しみなんだけど!」
「川魚は海魚に比べて、鮮度が落ちるスピードが極端に速いですからね。都心のスーパーなどで見かけることはまずありませんから」
「そういや、確かに見たことねぇな。そう考えたら俺もめちゃくちゃ楽しみになってきたわ!」
ハンドルを握る大地も、想像してウキウキとした声で同意する。
釣りへの期待で盛り上がる大人三人(JK含む)の背中を見つめながら、最後列に座る三人娘は、顔を寄せ合って何やらヒソヒソと秘密の会議を始めていた。
「おい、聞いたか?どうやら今日釣る魚は、普段お目にかかれぬ『幻の魚』らしいぞ」
大人たちの「見かけない」という言葉を完全に別の意味で受け取ったラビリスが、真剣な顔で二人に囁く。
「確かに……。わたくし、お魚は好きですが、先ほど聞こえたものは全く耳馴染みがありませんもの。きっと王様が召し上がるような、特別なお魚ですわ」
六華も『女王・王様』というワードから、上品な勘違いを加速させる。
「幻ってことは、キラキラ光ってたりするのかな?楽しみだね!」
めるに至っては、完全に発光する未確認生物を想像して目を輝かせている。
前方の現実的な食欲と、後方のファンタジックな期待。
決して交わることのない二つの思惑を乗せたまま、車は目的地である川へと順調に走り続けるのだった。




