☆94かいめ☆ 果てなき地獄。抜けた先は安眠の森?
「なんじゃと!?これは腹巻ではないのか!?」
「あはは!違うって!これはこうやって、胸のところで着る服って感じ!」
「こここ、こんな布切れが服なわけなかろう!!!」
試着室のカーテンの向こうから、ラビリスの悲鳴とヒナの楽しげな笑い声が賑やかに響き渡る。
カーテンが開いては閉じ、閉じては開き――果てしない着せ替えループを何度も繰り返す。
その都度感想を求められ続けていた大地は、最初こそ自分では思いつかないようなコーディネートに感動していたが、今や虚ろな瞳で試着室の前に佇んでいた。
「なぁ、もういいだろ……。そろそろ買うもん決めて、さっさと次行こうぜ……」
精魂尽き果てた声でぼやく大地に、隣に立つ蓮が極めて真面目なトーンで答える。
「店長。どれかを決める必要はありません。すべて買ってあげて下さい」
「あほか……。いくら安いっつっても、あの量全部は多すぎだろ。つーか、全部買うなら、今延々とやってるこの試着時間は一体なんなんだよ……」
「短時間で色々なパターンのラビリスちゃんを連続で拝める時間です」
「…………」
眼鏡をスッと上げながら当然のように答える蓮に、大地はジト目を向けて頬を引きつらせた。
「……聞く相手間違ったわ」
それからさらに経過し、もはや永遠に続くのではと大地が絶望しかけた頃。
ようやくシャッと開かれたカーテンの奥から、心なしかやつれたように見えるラビリスと、満足げな表情を浮かべたヒナが姿を現した。
「ん〜。もーちょっと試したかったけど……ま、今回はこんなもんっしょ!」
やりきったと言わんばかりに腰に手を当てるヒナの横で、魔王の娘は力なく壁にもたれかかっている。
「……よ、余の腕が悲鳴を上げておる」
「……お疲れ。一応俺も覚悟はしてたけど、想像を絶する時間だったな」
息も絶え絶えな彼女の姿に、大地は深い同情を込めて労いの言葉をかける。
するとヒナは、試着させながら仕分けたのか、片方のカゴを大地に渡した。
「んじゃ店長。こっちのカゴの分はアタシが棚に戻してくるから、こっちの分は買ったげて!」
「おぉ、意外と減ったな……。お前も蓮みたいに全部買えって言うのかと思ってたわ」
差し出されたカゴの中身を覗き込み、大地は目をパチクリとさせる。
「だって服の流行りなんかすぐ変わるし、それだったらその時一番映えるのをちょっとずつ買ったほうがよくない?」
あっけらかんと言い放つヒナ。
そのギャル特有の合理的な買い物術に、大地は思わず唸った。
「……なるほど、確かに一理あるな」
「少しずつしか買わぬというのに、何故あれほどの着替えをさせられたのじゃ……」
大量の服を抱えて小走りで売り場へ戻っていくヒナの背中を見送りながら、ラビリスは理不尽さに疲れ切ったように肩を落とす。
しかしその直後、何かに気づいたようにバッと顔を上げた。
「……ハッ!!であればこの地獄の儀式が頻繁に繰り返されると言うのか……!?また色違いの同じような服を着たり脱いだりしろと……!」
絶望に震える小さな肩に、大地はまるで慈愛に満ちた父親のように、ポンと優しく手を置いた。
「大丈夫だ、ラビリス」
「え……?」
大地の優しい声色に、ラビリスがすがるような瞳で彼を見上げる。
だが、口から放たれたのは無慈悲極まりない宣告だった。
「冬は着こむ分、バリエーションが増えるからな……!」
それだけ言うと、大地は真っ白になった魔王の娘を置いてレジへと向かって行った。
着せ替え地獄をどうにか生き延び、無事に夏服の会計を終えた一行。
彼らが次に向かったのは、フロアの一角を占める広大なアウトドア用品のショップだった。
テントやコンロ、ランタンなど、現代のキャンプ用具がズラリと並ぶ未知の空間に、すっかり元気を取り戻したラビリスが目を輝かせながらキョロキョロと辺りを見回す。
「……ほぅ。何やら変わった道具が並んでおるようじゃが……。ここは何を取り扱う店じゃ?」
「明日、釣った魚を食べるのに焼く為の道具とかいるだろ?バーベキューセットはヒナんちに貸してもらえることになったけど、炭とかそういう消耗品がいるからな」
陳列されている『木炭』の箱を指差す大地。
しかし、それを見たラビリスは呆れたようなため息を吐いた。
「大地よ。そなたは馬鹿なのか?既に黒焦げになった炭で、魚を焼けるはずがなかろう?」
どうやら魔王の娘にとって、炭とは単なる『燃えカス』に過ぎないらしい。
勝ち誇ったようなドヤ顔で言い放つラビリスを見下ろし、大地は腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。
「……ふっ、愚かな」
「な、なんじゃと……?」
自分の鋭い指摘に自信満々だったラビリスは、予想外の上から目線に虚を突かれる。
そんな彼女に対し、大地はグルメ漫画に登場する重鎮のごとく、自信に満ちたトーンで語り出した。
「炭による『遠赤外線効果』で焼かれる魚の美味さを知らんとは……。実に愚かだ」
「え、えん……せき……?」
「ま、要するに炭でちゃんと焼けるってこった。てか、すでにお前も食ってるけどな。んじゃ、行くぞ」
未知の単語に、顎に手を当てて考えだす魔王の娘。
それをよそに、大地は満足げな足取りでさっさと店内へと歩き出すのだった。
「……炭はかさむし重いから買うのは後回しにすっか。まずは着火剤と軍手と……」
一人ブツブツと呟きながら実用的な小物を探しに店内へと歩き出す大地。
その後ろで、ラビリスは入り口の特設コーナーに堂々と鎮座する巨大な展示品を指差して、そばにいた蓮に尋ねた。
「おい、メガネ。これはなんじゃ?なにやら入口のような穴があるようじゃが……」
「これは『テント』です。キャンプをするときに、この中で寝るんですよ」
「テント?これが?……このような薄布を張っただけの軟弱そうな作りで、まともな野営ができるのか?魔獣の攻撃を防げるとは到底思えぬが……」
「えぇ、強い風などには弱いかもしれませんが、雨も防げて、居住性は悪くないですよ。あと、日本のキャンプ場に魔獣は出ないのでご安心を」
「ほぅ。では、こっちの不気味な網のようなものはなんじゃ?」
「これは『ハンモック』ですね。あのサンプルのように木と木の間にぶら下げて、その上で寝るんです」
「宙に浮いて寝るのか!?……ならば、あちらに吊るされておる芋虫のようなものは?」
「あれは『寝袋』ですね。あの中に入って寝ると、寒い日でも暖かく眠れますよ」
「…………」
立て続けに解説を受けたラビリスは、目の前に広がるアウトドアの展示コーナーをぐるりと見渡し、耐えきれずに声を張り上げた。
「寝る道具しかないではないか!ここはただの寝具の店ではないのか!?」
ぷりぷりと文句を言いながら店の奥へと向かって行く小さな背中。
それを、蓮は冷徹な表情を一切崩さずにじっと見つめていた。
(なんという着眼点……!確かにキャンプとは基本的に宿泊を伴うもの。即ちここを『寝具店』と形容することは決して間違いではない!)
(※間違っています)
「蓮パイ……?なに真顔で震えてんの?フツーに気持ち悪いよ?」
ヒナが不審者でも見るかのような冷めた目で声をかけるが、今の蓮の耳には全く届いていない。
表面上は冷徹な法学部生を装いながらも、彼の心の中では例の如く、推しの天才的な発想に対する歓喜のスタンディングオベーションが巻き起こっていたのだった。




