☆92かいめ☆ 連休の幕開け。広がる予定と動かぬ重圧
ゴールデンウィーク初日の昼下がり。
ベッドに寝転がりながら熱心にタブレットを操作するラビリスを、洗濯物を取り込みにきた大地が不思議そうに見つめていた。
ちなみに彼女の小さな背中の上には、リキがすっぽりと香箱座りで鎮座している。
「なんだぁ?連休の初日から学校のタブレットなんか引っ張り出して……。宿題でもやってんのか?」
「宿題じゃと……?ふん、そのような児戯、昨夜のうちに終わらせておるわ。今はメルとリッカと三人で、秘密の会議をしておる最中じゃ」
ずっしりとした背中の重圧に耐えながらも、魔王の娘は画面から顔を上げ、これ見よがしなドヤ顔を作ってみせる。
「秘密の会議だぁ?学校の端末って、そういう遊び用のアプリとかは勝手にインストールできないようになってんじゃなかったか?」
「ふん、大地よ、我ら三人を侮るでないわ。我らにかかれば、その程度の制約を突破することなど造作もないことよ」
自信満々に宣言し、再びタブレットの画面に視線を落とすラビリス。
大地は一体何をしているのかと気になり、背後からひょいと画面を覗き込んだ。
「おぉ、確かにチャット画面みたいなのが開かれてんな。元からそういうアプリが入ってるってことか?」
「なっ!勝手に見るでないわ!秘密の会議と言うておろう!」
ラビリスは慌ててタブレットを胸に抱え込んで隠す。
だが、背中の上のリキはその急激な動きをものともせず、香箱座りのままピタリと微動だにしない。
ちょっとやそっとの揺れでどいてくれるような彼ではないようだ。
「なんだよ。まぁ内容はどうでもいいけど、校則違反とかだったら、一応注意ぐらいはしとかねぇとダメだからな」
「ふん、校則違反などという幼稚なことなどしておらぬわ。……はぁ、仕方あるまい」
ラビリスは面倒くさそうに大げさなため息を吐くと、大地にそのカラクリを説明し始めた。
要約するとこうだ。
三人が(というか、主にめるが)目を付けたのが、学校指定の「グループ学習用の共有ノート」というドキュメント機能である。
そこに『GWにおける生態系観察および総合研究(仮)』といういかにも真面目なタイトルの新規ページを(めるが)作成。
それを三人の合同研究用とし、(めるが)三人にしか入室・編集できないようにパスワードを設定した。
(一応先生は確認できるらしいが、タイトルがそれっぽいため怪しまれることはまずないという周到さだ)
こうして、教員の目をすり抜けた完璧な『三人のトークルーム』が(めるの手によって)完成した――といった具合である。
「……なるほどね。つまり、そのシステムは全部露原さんが用意してくれたってことか。普段はおっとりした感じだけど、あの子めちゃくちゃ頭脳派だな」
「むぅ。確かにメルの功績が一番大きいが、余もこの計画にしっかりと貢献しておるぞ!」
背中の上のリキごと胸を張り、得意げにふんぞり返るラビリス。
「へぇ。……で、何を貢献したんだ?」
「聞いて驚くがよい!その部屋に入るための『ぱすわーど』なる暗号を、この余が生み出したのじゃ!」
えっへん、と言わんばかりの自信満々な顔。
そのドヤ顔に対し、大地から返ってきたのは静寂だった。
「…………」
「…………洗濯物取ってくるわ」
大地は一切の感情を無にし、手にした洗濯カゴを抱え直すと、スッとベランダへと向かった。
――数分後。
洗濯物を回収し、大地が再び部屋に戻ってきた、その時。
「ふおぉぉぉぉお!!」
ベッドの上でタブレットを覗き込んでいたラビリスが、唐突に歓喜の雄叫びを上げた。
「うおっ、なんだなんだ?」
「大地!メルとリッカも、釣りに行ける約束を取り付けたぞ!」
「おぉ、マジか!急だったから親御さんにダメって言われるかと思ってたけど、よかったじゃねぇか」
「うむ!……ヒナによれば、釣りとは己との戦いであり『耐え忍ぶ試練』らしいが。余の鋼のような精神力を、あやつらにたっぷりと見せつけてやるとしよう」
(なんで自信満々にそんな嘘つけるんだ……)
己の忍耐力に微塵も疑いを持たない魔王の娘に、大地はやれやれと呆れたような視線を向けた。
「……って、ちょっと待て。となると、俺の車じゃ完全に定員オーバーだな。やばっ、レンタカーの予約間に合うか!?」
「れんたかー?」
大地は慌ててスマホを取り出し、熟練の親指で即座にレンタカーの予約画面を開く。
「あぁ、俺の車は4人乗りだからな。全員乗れる大きい車を借りないと……おっ、いけた!セーーーフ!! 奇跡的に空きがあった、なんとか借りられそうだ!」
「???」
大人が見せる本気の焦りと歓喜の理由がわからず、魔王の娘はぽかんと首を傾げていた。
「明日は予約しといたレンタルの釣り具を借りにいくけど、明後日の釣りはかなり暑くなりそうだしな。ついでに夏服でも買いに行くか」
「ふむ。余はいつもの正装で構わぬ故、マジプリでも見て待つとしよう」
「あほか、死ぬわ!日本の夏ナメんな!大体あのドレスは目立つから禁止っつったろ!つーか、主にお前の服を見に行くんだよ、お前の!」
「おのれ……またしても余の『ドレスアップバースト』を愚弄するか……!」
悔しそうにキッと睨みつけてくるラビリスに、大地は呆れたように大きなため息を吐く。
「してねぇよ……。大体、ドレスアップバーストかなんか知らんが、そういう決め技の衣装ってもっとこう、土壇場で発揮するもんだろ?」
「ふむ、確かに……。己との戦いに、最初から出すべきものではなかったか……」
「……まぁ、そういうこった」
アニメの理屈ですんなりと納得した魔王の娘に、大地は安堵の息を漏らす。
「しかし大地よ、服ならば以前に大量に調達したではないか」
「あれは基本的に春物ばっかなんだよ。日本の夏には、もっと涼しい素材でできた服とかがあんだよ」
「ほぅ、ならば仕方あるまい。またあの『しょっぴんもーる』なる場所に赴くとするか」
「ショッピングモールな」
(……とは言え、俺のセンスだけで選んだら後でヒナがうるさそうだしなぁ。かと言って、あいつを休日に連れ回すのは、色々と社会的リスクが高すぎる。……ひとまず、先に蓮の予定でも聞いてみるか)
大地は内心でため息をつきながら、先ほどしまったばかりのスマホを再び手にとった。
そしてメッセージアプリを開き、手早く文字を打ち込む。
『明日、ラビリスの服を見に行こうと思うんだけど、なんか予定ある?』
大地が送信ボタンを押した直後――いや、ほぼ同時と言っていいタイミングで、スマホがブルッと震えた。
『大丈夫です』
「…………」
「……返信、早すぎて怖いんだが。あいつずっとスマホ握りしめてんのか……?」
既読がつくスピードすら超越した即答に、大地は思わず画面に向かってドン引きのツッコミを入れる。
頬を引きつらせたまま、大地は気を取り直して、次にヒナへとメッセージを飛ばした。
すると彼女からは、大量のスタンプと共に『絶対行く!!!!』とだけ勢いよく返信があり、こうして明日のショッピングモール組の予定が無事に確定したのだった。
「……また騒がしくなりそうだな」
大地がやれやれと苦笑しながらスマホをポケットにしまうと、ラビリスはベッドに寝転んだまま不思議そうに彼を見上げていた。
「おい、ラビリス。お前、明日は『着せ替え人形』になるの確定したからな。せいぜい覚悟しといた方がいいぞ」
「???」
ニヤリと意地悪く口角を上げる大地に、意味がわからず眉をひそめて首を傾げるラビリス。
そんな彼女の背中では、黒猫がすっかりくつろいだ様子で、大口を開けてのんきにあくびをしていた。
「……ところでリキよ。……そろそろ、降りてもよいのではないか……?」




