☆91かいめ☆ 深まる絆
「い、一体どういうことじゃ?」
きょとんとするラビリスに、めるが少し恥ずかしそうに口を開く。
「その……あの時はすっごく悲しくて、それでここまで逃げてきて天羽さんと話してたんだけど」
「……その時に、どこからか声が聞こえてきたのですわ」
六華の言葉に、ラビリスはますます眉を寄せる。
「声……じゃと?」
「ええ。その人はこう言っていたのですわ……」
時は少し遡り――めると六華が、この公園へと到着した直後のこと。
「……グスッ。折角、お友達ができたと思ってたのに……」
公園の入り口でめるが立ち止まり、袖で涙を拭っていると、すぐ後ろから息を切らせた六華が追いついてきた。
「はぁ、はぁ……っ。つ、露原さんって意外と……足がお速いですのね……」
「あ、天羽さん!?」
「わたくしも、すぐに追いかけてきましたの。……新田さんが、その、あんなことを言うものですから……」
六華の言葉に、めるは再び悲しそうに俯いてしまう。
それを見た六華は、周囲の視線を気にするように辺りを見渡した。
「ここで泣いていては目立ってしまいますわ。あそこのベンチの裏……草むらの陰で休みましょう」
二人はベンチ裏の草むらに身を隠し、しばらくの間、言葉を交わすことなく静かに寄り添っていた。
やがて、めるの涙が落ち着いてきたのを見計らい、六華が優しく声をかける。
「……少しは落ち着いたかしら?」
「う、うん。ありがとう、天羽さん」
「お気になさらないで。わたくしたち、お友達でしょう?」
「そうだね。……でも、新田さんは……」
先ほどのラビリスの言葉を思い出したのか、めるは再び悲しげに俯いてしまう。
「露原さん……。まったく!新田さんはどういうつもりなのかしら!……自分には、友達が……いないだなんて……」
強がって憤りを見せていた六華も、次第に声が小さくなり、その表情は寂しげに曇っていく。
そして再び、二人の間に重い沈黙が落ちた。
交わす言葉も見つからず、ただ足元の芝生をぼんやりと眺めていた――その時。
「……そこのお嬢さんたち」
「「……?」」
どこからともなく、なにやら鼻をつまんだような奇妙な男の声が、二人の耳に届いた。
「だ、誰!?」
キョロキョロと辺りを見回すめる。
すると、見えない声の主は少し慌てた様子で返事をしてきた。
「おっと、私のことは探さないように。……と言っても、そこからでは見つけられないと思いますがね」
「あ、あなたは何者ですの!?姿を隠して話しかけるなんて……名を名乗りなさい!」
六華がめるをかばうように前に出て、茂みの外に向かって警戒の声を上げる。
「え……?えーっと……。そ、そう!私の名前は……『メガーネ・ド・シンシ』です。お気軽に『メガーネ』とお呼びくださいませ」
「「メガーネ……??」」
『メガーネ』を名乗る謎の声に困惑する二人をよそに、男はどこか芝居がかった口調で話を続けた。
「お二人は今、ラビリスちゃ……コホン!ラビリス様のことを考えておられましたね?」
「っ!?」「…………」
「ど、どうしてそれを……!」
心の中を見透かされたような言葉に、六華が驚愕の表情を浮かべる。
一方、その横にいるめるは、ぽかんとした表情のまま、草むらの向こう側へと静かに視線を向けていた。
「ふふふ……。私にかかればその程度、造作もないことです」
「あ、あなたは一体何者なのです……!?」
「あ、あの、天羽さん……」
見えない不審者にワナワナと震え始めたお嬢様へ、めるは何かを伝えようと袖を引くが――。
「……そうですね。強いて言うなら、私は『あの方』によって心を浄化された者なのです」
「「えっ!?」」
二人は、それぞれ全く違うベクトルで驚きの声を上げた。
「……私は、あなたたち三人の間に何が起きたのか、詳しい事情は一切知りません。……ただ、これだけは知っていて欲しいのです。あの方は、実に尊い存在なのだと……!」
「「…………???」」
二人の様子にハッと我に返ると、男はコホンと一つ咳払いをして、慌てて落ち着いた声色で話を続けた。
「……失礼、少し熱くなってしまいました。……お二人もご存じの通り、あの方は最近こちらに越してこられました。以前の暮らしはわかりませんが、私が見る限り、彼女はただ不器用で素直なだけの女の子なのです」
その穏やかな声色に、めると六華は静かに耳を傾ける。
「もし、あの方の言葉がお二人を傷つけてしまったのなら、私が代わりにお詫びいたします。……もっとも、後ほどご本人が直接謝りに来るでしょうから、私の謝罪など不要かもしれませんがね」
「えっ……新田さんが、来るのですか?」
六華の問いかけに、草むらの向こうの男はクスリと笑った気配を見せた。
「ええ。ですから、あの方に悪気は全くないということだけは、どうかわかってあげてください」
風が吹き抜け、公園の木々がざわめく。
男の声は、どこまでも優しく、慈愛に満ちていた。
「……お二人と一緒にいる時のあの方は、いつも以上に楽しそうに輝いています。……それが、あの方の本当の気持ちなのですよ」
その言葉を聞いて、めると六華の脳裏に、これまでのラビリスとの日々が蘇る。
偉そうな態度をとりながらも、いつもどこか楽しそうに笑っていた、彼女の不器用な笑顔。
(……そうだよね。新田さん、すごく楽しそうだった)
(……わたくしも、同じ気持ちですわ)
二人は顔を見合わせると、先ほどまでの悲しみを払拭するように、小さく、けれど温かい笑みをこぼした。
「……わかりましたわ、メガーネさん。わざわざ教えていただき、ありがとうございます」
すっかり晴れやかな表情を取り戻した六華が、草むらに向かって丁寧にお礼を言う。
「あ、いや、天羽さん、あの人は……」
その横で、めるは再び何かを伝えようとするが――。
「それでは、私はこれで。……あ、そうそう。できればここから動かずにいていただければ助かります。それではお嬢さん方、またお会いしましょう」
「あ、待っ――」
六華が止める間もなく、草むらの向こうで足音が遠ざかり、男はあっという間に気配をくらませてしまった。
「……メガーネ・ド・シンシさん。不思議な方でしたけれど、名前の通り、とても紳士的な方でしたわ!」
六華は感動したように胸の前で両手を組み、すっかりキラキラとした尊敬の眼差しを向けている。
そのあまりに純粋な様子を見て、めるは伸ばしかけた手をそっと下ろした。
「あ、うん。そ、そうだね……」
(……うん、なんかもう、これでいいや)
そして、時間は現在へと戻る。
「――ということがありましたの。新田さんのことをよくご存知のようでしたけれど……あの『メガーネ』という紳士は、一体何者なんですの!?」
興奮気味に身を乗り出す六華。
しかし、ラビリスは腕を組んで真剣な顔で首を傾げた。
「メガーネ……?はて……余の知り合いに、そのような名の男はおらぬな」
「えっ!?」
本気で心当たりがなさそうなラビリスに、めるが驚きの声を上げ、思わず目を向けてしまう。
その視線に気づいたラビリスが、不思議そうに振り返った。
「なんじゃ、メル。そなたには心当たりがあるのか?」
「えっ?あ、いや……わ、私も全然わかんないかなっ!あはは……」
慌てて誤魔化し、乾いた笑いを漏らすめる。
(いっつもあの人のこと『メガネ』って呼んでるのに、少し発音が違うだけでわかんないんだ……)
愛すべきポンコツな魔王の娘と、ピュアすぎるお嬢様。
二人の見事なすれ違いを前に、めるは引きつった笑顔で頷くことしかできなかった。
「そういうわけで、ここで露原さんと今後の計画を練っていたのですわ」
「今後の計画……?」
「う、うん。新田さんが……『友達』っていうのをよくわかってないなんて知らなかったから。だから、これからもっと『友達』みたいなことをいっぱいしようって、二人で相談してたの」
「友達みたいなこと、とは……?」
「うん。まずは、これから始めようと思って」
めるはそこまで言うと、コホンと小さく咳払いをして一歩踏み出すと、少し照れくさそうにラビリスの手をとってしっかりと目を合わせた。
「……あのね。これからもずっと、仲良くしようね。……『ラビちゃん』」
「あ……」
これまでの距離感が一気に縮まった、その優しくて温かい響き。
不意を突かれたラビリスの大きく見開かれた瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あら、『ラビリスさん』。もしかして泣いているのかしら?」
ふふっと優しく微笑みながら、六華が横から顔を覗き込んでくる。
彼女もまた、これまでの呼び方ではなく、とても嬉しそうに新しい呼び方を強調していた。
「な、泣いてなどおらぬわ!余は魔王の娘ぞ!!」
「またそれですの……?」
真っ赤な顔をしてそっぽを向くラビリスに、めると六華はたまらず吹き出した。
「なっ、なんじゃ!笑うでない!」
「ふふっ、だって……」
「あははっ!ごめんごめん、ラビちゃん!」
むくれるラビリスと、楽しそうに笑う二人。
見えない壁が完全に崩れ去った初夏の空の下、三人の真新しい『絆』が、ここからまた始まろうとしていた。
一方、その頃のコンビニでは――。
「あいつら、ちゃんと仲直りできたかなぁ……」
レジ横でホットスナックを補充しながら、大地が心配そうにポツリと呟いていた。
するとウィーンと自動ドアが開き、様子を見に行っていたヒナと蓮が揃って店内へと戻ってきた。
「すみません、店長。すぐに着替えて戻りますので」
蓮は真面目な顔で一礼すると、そのままそそくさとバックヤードの中へと消えていく。
「……なぁ。あいつ、なんで鼻にティッシュ詰めてんの?」
「さぁ?なんか急に鼻血出してたよ」
「はぁ?なんでまた……。まぁいいや。で?あいつらはどうだったんだ?」
大地が焦るように本題を切り出すと、ヒナは少しだけもったいぶるように首を傾げた。
「ん〜?あの子たち、全然『友達』なんかじゃなかったわ」
「え……っ」
最悪の結末を想像し、大地の顔が一瞬にして青ざめる。
だが次の瞬間、ヒナは満面の笑みを浮かべて言い放った。
「あれはもう、完っ全に『親友』っしょ!!」




