☆90かいめ☆ こぼれた涙、見つけた答え
「……この気持ちが……友達……?」
「そうだ」
大地はパイプ椅子から立ち上がると、ラビリスの前でしゃがみ込み、その小さな頭にポンと優しく手を置いた。
「……もちろん、家族だったり、それ以外にだってそんな風に思う相手はいる。でも、俺たちみたいなのとは、また『何か』違う特別な感覚があるだろ?……それを友情――『友達』っていうんだ」
「そ、それでは、余は……余は、すでに……?」
震える声で問うラビリスに、大地はゆっくりと深く頷く。
「あぁ。契約なんか結ばなくたって、お前にはちゃんと友達ができてて、一緒に笑い合ってたってことだ」
「そ、そんな……」
呆然と立ち尽くすラビリス。
直後、彼女の真紅の瞳に、じわじわと大粒の涙が滲み始めた。
「……では、メルとリッカがあのような顔をしていたのは……」
「そうだな……。あの二人も、きっとお前と同じ気持ちだったんだと思う」
脳裏によぎる、めるの涙。六華の悲痛な声。
自分がすでに手に入れていた、かけがえのないもの。
そして――言葉の本当の意味を知らなかったばかりに、自分自身の口で、大切な二人を傷つけてしまったという事実。
自分がどれほど取り返しのつかないことをしてしまったのか。
すべてを理解したラビリスの瞳から、ついに堪えきれなくなった涙がぽろぽろと溢れ出した。
「……余は、大切な友を、自ら手放してしもうたのか……?」
ぽろぽろと涙をこぼし、ラビリスは絶望に顔を覆う。
「ラビリス、聞け」
「何も聞きとうない!今更謝ったとて、言葉の意味を知らなかったなど、なんの言い訳にもならぬではないか!」
「いいから聞けって!」
「……っ!」
大地の鋭くも力強い声に、ラビリスはビクッと肩を跳ねさせた。
泣き濡れた顔を上げたのを確認し、大地は諭すように、ゆっくりと言葉を続ける。
「いいか?友達ってのは、いつも仲が良いだけじゃない。意見が合わないことがあれば、ケンカだってするもんだ。……でもな、気づいたらまた一緒にいるんだよ。なんでかわかるか?」
目に大粒の涙を溜めたまま、ラビリスはふるふると首を横に振る。
「さっき自分で言ってたろ。『ずっと一緒にいたい』って。『他に代わりはいない』って」
大地は彼女の真紅の瞳を真っ直ぐに見据え、言い聞かせるように力強く断言した。
「お前がそう思ったように、あの二人だって同じことを思ってる。だから――仲直りだって、絶対にできるんだ」
「し、しかし……」
自信なさげに俯くラビリス。
「…………」
数秒の沈黙の後。
突然、大地が大げさな動作で額に手を当て、わざとらしく天を仰いだ。
「かぁ〜っ!!魔王の娘ってのはもっとこう、世界中を震え上がらせるようなとんでもねぇ存在なのかと思ってたけど、実際はこんなにメソメソしてるもんなのか!?」
「な、なんじゃと……?」
「お、やんのか?ただの泣き虫娘にやられるほど、俺も39年間ダラダラ生きてきたわけじゃねぇぞ!?」
涙声のまま顔を上げたラビリスへ、大地はさらに挑発的な笑みを向ける。
その言葉に、ラビリスの瞳から悲しみがスッと消え、代わりに怒りの炎が灯った。
「おのれぇ……!健気に悩む余の気も知らずに調子に乗りおって!……貴様など、こうしてくれるわぁ!!」
言葉と同時。
勢いよく蹴り上げられたラビリスの小さな足が、しゃがんでいた大地の股間へと容赦なくクリーンヒットする。
「はぶぉ!!!?」
内股になりながら、なんとも情けない格好で力なくその場に崩れ落ちる大地。
「お、おおおおまへっ……、こ、こっちはせっかく元気づけてやろうと……てか、革靴(学校の指定靴)で蹴んのは反則過ぎん……だろ……」
「ふん、禁忌を行使することすら許されるのが魔王の娘よ……。そこで地を這い、悔い改めるがよいわ」
――数分後。
「あかん……まだ目の前がクラクラするわ」
「笑止。大罪を犯してその程度で済んだことを幸運に思うのじゃな」
「マジで命に関わるから、次からはせめてスネとかにしてくれ。……や、それも嫌だが」
「ふん……。ま、まぁ前向きに検討してやろう」
そこまで言うと、ラビリスはくるりと大地に背を向けた。
そして、照れた顔を見せないようにしたまま、ぽつりと小さく呟く。
「……その、礼を言うぞ、大地よ」
「…………。礼には及ばねぇ……よ!っと」
言いながら、大地はまだ引かない痛みを誤魔化すように、勢いよく立ち上がった。
「ハッ!こうしてはおれぬ!余は今すぐ二人を探しに行かねば……!」
勢いよくバックヤードを飛び出そうとする魔王の娘を、大地が慌てて引き止めた。
「待て待て待て。お前が闇雲に走り回って見つかるわけねぇだろ。さっき蓮が二人を追ってくれたから、あいつに連絡すればどこにいるかわかるはずだ」
「なに!?確かメガネは、急な用事ができたと言うておったぞ!」
「だから、その用事ってのが二人を追いかけることなんだっつーの……。ちょっと連絡するから待ってろ」
大地はズボンのポケットから『小さな石板』を取り出し、慣れた手つきで画面を操作すると、そのまま耳に当てた。
数回のコール音の後。
『…………もしもし』
「お、蓮。すまんな。今、二人はどこにいる?…………あぁ……うん……わかった。じゃあすぐにラビリスを向かわせるから、そのまま待機しててくれ」
ピッ。
大地が通話を切るなり、ラビリスが食い気味に詰め寄った。
「メガネは二人を見つけたのか!?どこにおるのじゃ!?ここから近いのか!!?」
「ちょ、わかった!わかったから離れろって!」
ガシガシとコンビニの制服を掴んでくるラビリスを引き剝がし、大地は親指で外の方角を指差した。
「近所の公園にいるってよ。そこに蓮がいるから、見つけたら詳しい場所を教えてもらえ」
「む。あの修練場じゃな!?メガネに褒めて遣わすと伝えておけ!」
言うが早いか、ラビリスはバックヤードの扉を勢いよく開け、そのまま弾かれたように表へと駆け出していった。
「……これから会うんだから直接言えよ」
バックヤードから顔を出し、自動ドアを抜けていく小さな背中にボヤいていると、レジを見ていたヒナが大地に声をかけてきた。
「ラビちゃん、もう大丈夫そ?ってか、店長も一緒に行ってあげたらよかったじゃん」
「さすがにこれ以上仕事サボれねぇし、俺がついてなくても、あいつなら大丈夫だ。……それより、店見ててくれてありが――」
「んじゃ、アタシが見届けてくるわ!」
「え、ちょ!!」
大地の言葉を綺麗にぶった斬り、慌てて止めようとする手もすり抜けて、ヒナは風のように店の外へと駆け出していった。
ポツンと店内に取り残される大地。
「……マジかよ。って、あれ?」
ふと時計に目をやり、大地は小さく息を吐いた。
「もうヒナの退勤時間過ぎてたのか……。代わりに退勤記録、つけといてやっか」
――数分後。近所の公園。
「メガネ!二人はどこじゃ!」
息を切らせて駆け込んできたラビリスに、待っていた蓮は静かに公園の奥のベンチを指差した。
「お二人はあのベンチの裏にいます。……詳しい事情はわかりませんが、ご武運を」
短いながらも的確な彼の言葉に、ラビリスは力強く頷き、指示された茂みへと目を向ける。
(あそこは……以前、蠅の王と再会した場所か……?)
ゆっくりとベンチへと近づいていくと、茂みの向こうに、身を寄せ合うように並ぶ二つの小さな頭が見えた。
めると六華だ。
しかし、その見慣れた後ろ姿を視界に捉えた途端、彼女の足がピタリと止まる。
(……勢いでここまで来たのはいいが、一体二人になんと申し開きをすればよいのじゃ……)
完全に足がすくんでしまい、それ以上前へ進めなくなってしまったラビリス。
どう言葉を紡げば、二人は許してくれるだろうか?今更謝ったところで、もう手遅れなのではないか?
そんな不安ばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
一歩が踏み出せず、ただその場に立ち尽くす小さな背中。
すると不意に、その背中が後ろからポンと優しく押された。
「っ!?」
驚いて振り返ると、そこにはヒナが笑顔でしゃがみ込んでいた。
思わず名前を呼びそうになるラビリスを、ヒナは自分の唇にそっと人差し指を当てて、静かに制止する。
ヒナは声を出さず、口の動きだけで『だいじょうぶ』と伝えると、小さく手を振り、静かにその場を離れていった。
その背中を見送ったあと、魔王の娘は覚悟を決めたように真っ直ぐ前へと視線を戻し、再びゆっくりと歩き始める。
「メル!リッカ!」
勇気を振り絞った、少し震える声。
呼ばれた二人はビクッと肩を揺らし、驚いたように振り返った。
「「新田さん!?」」
「あ……そ、その」
いざ二人と顔を合わせると、またしても言葉に詰まり、ラビリスはもじもじと視線を彷徨わせる。
「どうかなさいましたの……?」
不思議そうに首を傾げる六華と、その横で不安げに見つめてくるめる。
「あぁ、いや……」
上手く言葉を紡げず、再び立ち尽くしてしまう。
しかし――。
『お前がそう思ったように、あの二人だって同じことを思ってる』
『だから――仲直りだって、絶対にできるんだ』
大地の力強い声が、脳裏に蘇る。
その言葉に背中を押されるように、彼女はギュッと目を瞑り、意を決して想いの丈を吐き出した。
「先ほどは、本当に悪いことをしてしもうた……っ。…………えっと」
「…………ご、ごめんなさい!!」
ラビリスは勢いよく頭を下げ、必死に涙を堪えながら言葉を続ける。
「よ、余は!……余は、そなたら二人とずっと一緒にいたいと思うておる!その……言い訳にしかならぬかもしれぬが、この気持ちが『友達』じゃということを、ただ……知らなかったのじゃ……」
めると六華は、ぽかんとした表情で目を丸くしてラビリスの言葉を聞いている。
「もし許されるのであれば――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」
遮られた言葉に、「や、やはり許してはもらえぬのか……?」と、大粒の涙を溜めたラビリスが絶望したように顔を上げる。
すると六華は、困ったように眉を下げてパタパタと手を振った。
「許すも何も……わたくしたち、もう怒ってなんかいませんわ!」
「……へ?」




