☆87かいめ☆ 気怠げ女子の無理難題。解かれざる大いなる謎?
魔王の娘が蠅の王(自称)と奇跡の再会(?)を果たしてから、数日後のこと。
「ふわぁ~。休憩時間ってマジでやることねぇな……」
コンビニのバックヤード。
パイプ椅子に深く腰掛け、大きな欠伸をしながら大地が独りごちた。
暇を持て余し、眠そうにスマホの画面とにらめっこをしていると、不意にバックヤードの扉がガチャリと開いた。
「あのー……」
「あ、神崎さん。珍しいな、休みの日にわざわざ店に来るなんて……」
扉の隙間からひょっこりと顔を出したのは、オフモードの私服に身を包んだ神崎 暦だった。
彼女は相変わらずのジト目で大地を見ると、一切の抑揚がない平坦な声で答える。
「……あぁ。スマホを家に忘れたんで、取りに帰るのもめんどくさいし大学から直接来ました。……まぁ、ここに来るのもめんどくさかったんですけどね……へへ……」
「あ、うん」
自分の発言の矛盾に自嘲するように、力なく乾いた笑いを漏らすダウナー系女子大生。
そのあまりにも低いテンションに、大地はツッコミを入れることすらできず、ただ曖昧に頷くことしかできなかった。
「で、面倒なのにわざわざ来たってことは、何かあったのか? 忘れ物とか?」
「…………」
(え?なんで無言?……まさか、辞めたいとか言わないよな!?)
暦の不自然な沈黙に、大地の背筋をスッと冷たい汗が伝う。
いつもダルそうな彼女だが、その実、仕事は音速かつ正確。
おまけに無遅刻無欠勤という超優良アルバイトである。
さらに、暦の主な出勤日は店長である大地が休みの日に設定されている。
ただのレジ打ちや接客であれば他のスタッフでもどうにかなるが、商品の発注や納品確認などの面倒な管理業務に関しては、彼女か蓮がいないと完全に店が回らなくなるほどの最重要人物なのだ。
そんなコンビニの『裏の守護神』が、わざわざ休日に店まで足を運び、何やら気まずそうに口ごもっている。
このなんとも言えない重い空気に、大地は店長として内心かなり焦りまくっていた。
大地の胃がキリキリと痛み始めたその時、意を決したように暦が重い口を開いた。
「…………スマホ、忘れたんです。……家に」
「いや、それは今聞いたけど……」
「店長、察しが悪いですね……」
「え?何が……?」
「……はぁ」
「いやいや!だから何が!!?」
露骨に呆れたような深いため息をつかれ、大地は思わず前のめりになって声を荒らげる。
しかし、暦のテンションは一切上がることなく、どこまでも平坦な声で続けた。
「……今、私にはスマホがないんです」
「うん」
「ということは?」
暦が、半開きのジト目でジッと大地の目を見つめてくる。
「え?えーっと……不便?」
ふるふると、暦は静かに首を横に振った。
(なんなんだよ!?俺は一体どうすりゃいいんだ!?)
言葉を尽くして説明することすら面倒くさがる女子大生の高度なクイズを前に、大地の頭の中は完全にパニックを起こしていた。
その後も、これ以上の説明を黙秘する暦に対し、大地は冷や汗を流しながら、思い浮かぶ限りの解答を次々と投げかけていく。
「……ゲームができない?」
ふるふる。
「……時間がわからない?」
ふるふる。
「……調べものができない?」
ふるふる。
一定のテンポで、一切の感情を交えずにただ静かに首を横に振るだけのロボットと化した暦。
(ダメだ!全くわからん!!一体みんなはスマホを何に使ってるんだ!?)
言葉を発することすら面倒くさがる女子大生が突きつけてきた理不尽すぎるクイズ大会に、大地の思考回路は完全にショート寸前まで追い込まれていた。
「……店長。魔王なのに、そんなこともわからないんですか……?」
暦が唐突にエグい角度からナイフを投げてきた。
「おいやめろ。その口撃は致命傷になりかねん」
「だって、この前娘さんが言ってたじゃないですか」
「あれはあいつが勝手に言ってることなんだよ!ただの壮大なごっこ遊びみたいなもんなんだって!」
「……ふぅん」
必死の弁明も虚しく、暦の顔には『別に興味ないです』とデカデカと書いてあった。
「てか、スマホの話はどこに行ったん――」
大地が強引に話題を戻そうとした、その時。
暦のジト目が大地の背後――店内を映している防犯モニターへとスッと向けられた。
「あ、噂をすれば。……娘さん、来ましたよ」
「はぁ!?」
慌てて大地が手元のスマホを確認すると、確かに画面には枢星学園の保護者専用アプリから、数分前に『ラビリスさんが降車しました』という短い通知が届いていた。
さらに履歴を遡ると、その少し前には『下校しました』という通知も残っている。
(あ……そういや学校の空調清掃かなんかで、今日は1時間短縮授業になるって連絡が前に来てたわ……。完っ全に忘れてた……)
「……あれって枢星学園の制服ですよね。……へぇ、頭いいんですね。さすが魔王の娘……」
「だからやめろって……。ってか神崎さん、よく知ってんね?」
「まぁ……うちの大学から近いですからね……」
そんな気の抜けたやりとりをしていると、不意に二人のいるバックヤードの扉がガチャリと開かれた。
「おぉ、パパよ。やはりここにおったのか」
「ちょ、お前!当たり前みたいな顔して勝手に入ってくんなって!ここは家じゃねぇんだぞ!?」
大地の悲痛な叫びを華麗にスルーし、ラビリスは堂々とした態度で店内の陳列棚の方をビシッと指差した。
「まぁよいではないか。今日はあれを――む?」
そこまで言いかけて、狭いバックヤードにいる『もう一人の存在』に気づいた魔王の娘が、スッと目を細める。
「き、貴様!えーっと……確か……そう、コヨミじゃ!貴様、こんなところで何をしておる!?」
必死に記憶を探り当て、ビシッと指の矛先を変えて詰め寄るラビリス。
しかし、暦は相変わらずのジト目で彼女を見つめ返し、不思議そうに首を傾げた。
「……え……息?」
「ふむ、確かに規則正しくしておるな……。って違うわっ!おのれ……相も変わらず無礼な奴じゃ……!」
「……へぇ。ノリツッコミできる魔王の娘。……いいじゃん……」
ワナワナと震えるラビリスを見て、暦はパチパチと薄い拍手を送った。
しばらくラビリスのお小言タイムが続いていたが、暦はそれを完全にBGM感覚で聞き流し、唐突にくるりと踵を返した。
「……それじゃ、そろそろ帰りますね」
「なっ!?おいコヨミ!余の話はまだ終わっておらぬぞ!」
「……また今度聞くよ」
「ってかスマホの件は……!?」
「……んー。それも今度、店長とシフトが被った日にでも教えてあげます」
それだけ言うと、暦は背中越しにひらひらと面倒くさそうに手を振り、そのままバックヤードを出ていってしまった。
パタン。
「「…………」」
嵐のように現れ、周囲を自分のペースに完全に巻き込んだ挙句、風のように去っていった女子大生。
残された魔王の娘と店長は、静まり返った空間でただ呆然と顔を見合わせるのだった。
「……ふん、まぁよい。おい、大地よ。余はあそこに並んでおる新作のグミを所望するぞ!」
先ほどの言い合いなどすでにどうでもよくなったのか、ラビリスがバックヤードの向こうを指差してフンスと胸を張る。
「え?あぁ、うん。あとでレジ持って来いよ……」
スマホの謎が解明されないモヤモヤを抱え、大地は心ここにあらずといった様子で生返事をした。
そのまま、なんとなくぼんやりと虚空を見つめ――そして数秒後。
彼はある『重大な事実』に気づき、ガバッと顔を上げた。
「……てか神崎さん、そもそも俺とシフト被らないじゃん……ッ!!」
永遠に明かされることのないクイズの答え。
ダウナー系女子大生が最後に残していった残酷すぎるトラップにようやく気づき、大地はバックヤードの天井を仰いで深く絶望するのだった。




