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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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86/103

☆86かいめ☆ すれ違う王たちの黄昏

(一体なんなんだ、この女の子は……?僕を『蠅の王』とわかっていながら、それでも恐れないなんて……)


男はベンチ裏の芝生の上にきっちりと正座させられ、小学生の少女から説教を受けながら内心でそんなことを呟いていた。

この理不尽でシュールな状況に置かれてなお、自らの設定(蠅の王)を微塵も疑わないあたり、彼の頭の中は筋金入りの痛さである。



「おい!聞いておるのか!?」


「え?あぁ、聞いているとも。僕としたことが少し気が立っていてね。無礼な態度を取って悪かったな」


「ぐぬぬ……。貴様、まだ自分の立場がわかっておらぬようじゃな」


どこか上から目線の鼻につく謝罪を受け、ワナワナと小刻みに震えながら未だ怒り冷めやらぬ様子の魔王の娘。

そこへ、ラビリスの背中に隠れていためるが、おどおどとした様子で声をかけた。


「ねぇ新田さん……。このハエの人も一応反省してるみたいだし、そろそろ帰ろ?」


「ならぬ!メルよ、このふざけた顔が反省しておるように見えるのか!?こやつはよりにもよって、魔王の!正当なる!!後継者である!!!この余に対して、舐め腐った態度を取ったのじゃぞ!」


「で、でもぉ。……ほら、ハエってなんか汚いし、バイキンとか持ってそうだからあんまり近寄らない方が……」


「「…………」」


純粋無垢な小学生女子が放った、中二病の痛い設定すらも根本から叩き潰す身も蓋もない残酷なド正論。

その一撃に、魔王の娘と蠅の王(自称)の動きがピタリと止まった。



「き、汚いとはなんだ!!……あと『ハエの人』って言うな!」


そのド正論に中二病の仮面が耐えきれなくなったのか、男が顔を真っ赤にしてガバッと立ち上がった。


「ひぃっ!」


突然の大声にメルが短い悲鳴を上げ、再びラビリスの後ろに縮こまる。

その瞬間、ラビリスの真紅の瞳がスッと細められた。


「おい貴様!誰が立ってもよいと言った!?」


「あ、はい……」


小学生の恫喝に気圧され、渋々ながらもなぜか大人しく芝生の上に正座し直す蠅の王(自称)。



「しかしメルよ。いくらこんな奴でも、いきなり『汚い』と言うのは少々無礼であろう?蠅の王は一応、配下の中でもそれなりの地位を持つ悪魔じゃぞ。……ふむ、そういえばあやつ、確か腐肉や汚物を好物としておったか……」


ラビリスはあごに手を当てて、自身の持つ『本物の魔族知識』を脳内で検索し――。


「…………確かに汚いな」


「「…………」」




小学生二人にここまで小馬鹿にされ(ていると思い込み)、黙って引き下がれるほど彼の中二病(プライド)はヤワではなかった。

男は芝生の上できっちりと正座をしたまま、突如として肩を震わせ、不敵な笑い声を上げ始める。


「クックック……。子供だからと大人しくしてやっていたが、こうも馬鹿にされては『蠅の王』の沽券に関わるな」


「む?」


男はおもむろに右目を覆うと指を少し開き、その大げさな隙間から右目を覗かせる。

そして天を仰ぐように身をのけ反らせた。


「ヒハハハッ!見よ!我が魔眼に封印されし魔力を今ここに解放する!これでお前たちは木っ端微塵だぁ!!」


「ひぃぃぃ……ッ!」


完全に狂気じみた(痛すぎる)不審者の叫びに、めるは本気で怯えてラビリスの服を強く握りしめる。

しかし、そんな渾身の中二ムーブを真正面から受け止めた魔王の娘は――怯えるどころか、冷静に男のポーズを観察して小さく首を傾げた。


「……ふむ。貴様の種族は『複眼』であろう。わざわざ手で目を覆い、自らの強みである視野を狭めるとはなんたる愚行か。大体、貴様に『魔眼』などという能力は備わっておらぬはずじゃが。…………余の前で見え透いたハッタリをかますとは、よい度胸じゃな」


「…………」


渾身の「魔眼解放のポーズ」をとったまま、ガチの魔族生態学に基づいたマジレスを無慈悲に叩き込まれ、蠅の王(自称)は完全にフリーズした。





(い、一体なんなんだこの小学生は!?ただの子供とは思えないほどの、圧倒的な知識と完成された言葉遣い……!)


男は芝生に正座したまま、腕を組んで高圧的に己を見下ろすランドセルの少女を見上げた。

そして、先ほどの彼女の言葉が脳裏をよぎる。


(……はっ!そういえばこの子、さっき自分のことを『次期魔王』って……ッ!)


その瞬間、男の体が先ほどとは全く別の理由でぶるぶると震え出した。


(そ、その手があったか……ッ!『魔王』そのものだとカッコよくないと思って、あえて『蠅の王』をチョイスしたのに、『次期魔王』という絶妙な設定!……くぅっ、その発想はなかった!知識でも、語彙力でも、設定の想像力でも……僕の完全な敗北だ……ッ!)


「……?」


急に言葉を発さなくなり、なぜか悔し涙を滲ませながらワナワナと震え始めた蠅の王(自称)。

その不可解すぎる様子を、魔王の娘(本物)は不思議そうに眉をひそめて見下ろしているのだった。




しばらくすると、男はおもむろに正座していた体勢から動き出し、今度は芝生の上に片膝をついて恭しく頭を下げる『騎士の礼』へと姿勢を変えた。

そして、何か壮大な真理でも悟ったかのような、無駄に晴れやかな表情で口を開いた。


「……我が主」


「は?」「え?」


唐突すぎるキャラ変に、ラビリスとめるの困惑が綺麗にハモる。


「これまでの無礼で不遜な態度、どうかお許し下さい。貴方様のような高貴なるお方にお仕えすることこそが、我が喜び」


「な、なんじゃ急に……気味が悪いぞ」


「ようやく全て理解……いや、()()()()()のです」


前髪をファサッとかき上げながら、あえて『思い出した』という言い回しを選択し、陶酔しきった顔を見せる男。

だが、その言葉にラビリスがハッとして身を乗り出した。


「貴様、余の顔を忘れたのではなく、記憶を失っていたというのか!?」


「え!!?」


あまりにもガチすぎるラビリスのトーンに、めるの声が裏返る。

しかし、自らの設定に入り込んでいる男はめるの声など全く気にすることなく、芝居がかった大げさな動作で胸に手を当てた。


「……はい。これからは貴方様に、全身全霊をもって仕える所存です」


中二病の痛いノリで服従を誓う高校生と、かつての配下が記憶を取り戻したと喜ぶ本物の魔王の娘。

全く別のベクトルで会話が成立するという、奇跡の主従関係がここに誕生したのだった。




「あの、新田さん。ハエの人はホントに記憶がなかったの?」


「だから『ハエの人』って言うな!……あ、コホン。お嬢さん、僕はハエの人ではなく『蠅の王』ですよ」


小学生の純粋な暴言に思わず素でキレてから、慌てて咳払いをしてキャラを作り直す男。

そんな彼を見て、ラビリスは腕を組んで深く頷いた。


「うむ。現に、先ほどまでこの余の顔すら忘れておったからな。記憶喪失であったことに間違いなかろう」


(それ、ただ今日初めて会っただけなんじゃ……)


「ところでそなたは一体いつ、こちらへ来たのじゃ?」


「え?あぁ、僕が覚醒した時には、すでにこちら側にいたので詳しい時期までは……」


「ふむ、なるほどな」


互いの解釈が全く違うにも関わらず、なぜか成立してしまっている会話。

その横で、めるだけは「純粋な新田さんが変な人に騙されているのではないか」と、痛すぎる不審者に対してジト目で疑いの眼差しを向け続けていた。(実際そういう状態である)




――数分後。




めるはギュッと小さな拳を握り、勇気を振り絞って目の前の痛い男に問いかけた。


「あの、本当の名前はなんていうんですか?」


「え、『蠅の王』だが?」


キリッとドヤ顔で即答する男。

そのあまりにも救いようのない返答に、めるは本日一番の冷ややかな、『不審物』を見る眼差しを向けた。


「…………じ、冗談だよ。この仮初の世界では、その……あ、『蟻沢(ありざわ)』と名乗っている」


小学生女子の視線に耐えきれず、たまらず目を逸らしてボソッと本名を白状する男。

しかし、その名前を聞いた瞬間、ラビリスが信じられないものでも見るような顔で身を乗り出した。


「なっ!?そなた、ハエを統べる王のくせに、何故『アリ』などと名乗っておるのじゃ!?全く違う虫ではないか!!」


(だから言いたくなかったんだっ……!)


致命的な矛盾を的確に突かれ、蟻沢は芝生の上で静かに遠い目をするのだった。




さらに数分後。

夕暮れの公園に、子供たちに帰宅を促すチャイムのメロディが鳴り響いた。


「む、もうそんな時間か。そなたのせいで余計な時間を使ってしもうたわ、ハエ沢」


「いや、蟻沢……」


「ふん。それではややこしくてかなわぬ。そなたはこれより『ハエ沢』じゃ。よいな?」


有無を言わせぬ次期魔王の絶対的な宣告。

それに逆らうことなどできるはずもなく、芝生に片膝をついたままの男は反射的に首を垂れた。


「ぎ、御意!」


「そ、それじゃ帰ろっか!」


そのヤバすぎる主従関係の成立を目の当たりにしためるは、これ以上関わってはいけないと本能で察知し、ラビリスの腕をガシッと掴んだ。

そしてハエ沢に背を向けると、そそくさとその場から離れようと早足で歩き出す。


「お、おいメル。何をそんなに急いでおるのじゃ?もしや、腹が減ったのか?」


「いいから!」


「???」


ヤバい高校生から全力で逃げようとするめると、腕を引かれながら頭の上にハテナマークを浮かべるラビリス。

そして、その背中を忠実なる騎士のように片膝をついて見送るハエ沢。

こうして、魔王の娘と蠅の王のカオスな再会(?)の幕は静かに下りるのだった。

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