☆85かいめ☆ 奇跡の再会!?蠅の王と次期魔王
4月も終わりに近づいた、ある日の夕方。
春の穏やかな風が吹き抜ける、枢星学園スクールバス停留所の近所にある公園でのこと。
「……でね、今ワッフルの研究中だから、今度新田さんに食べてもらおうと思って」
「ほほぅ。その『わっふる』なるものは知らぬが、余にはわかるぞ!名前からして、ふわふわとした美味なる菓子に違いあるまい!」
「う~ん。どっちかっていうと、表面はカリッとしてて、中はジュワッて感じかな?でもすごく美味しいよ!」
「ふむ。どちらにせよ、メルが作るのであれば美味いのであろう?……じゅるり。ふん、可及的速やかにこの余へ献上するのじゃ」
公園のベンチに並んで腰掛け、楽しげに語り合うラビリスとめる。
魔王の娘は偉そうに腕を組み、まだ見ぬ未知の菓子『わっふる』の味を想像して謎の威厳を放っていた。
しかし、その表情はこれ以上ないほどだらしなく緩みきっている。
「かきゅー……急いでってこと?うん、まだ研究中だけど、できるだけ早く作ってくるね!」
少し難しい言葉に首を傾げながらも、めるは嬉しそうに微笑む。
そして何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「あ、そうだ、天羽さんにも用意してあげなきゃ!」
「確かに……。あやつの分もきっちり用意しておかねば、また余の取り分から持っていかれてしまうからな。……じゃが、メルよ。余の分を多くするのを忘れるでないぞ?」
ラビリスは真剣な顔でジリッと距離を詰め、念を押すように告げる。
「ダーメ。ちゃんと二人一緒の量で――」
「――フォービドゥン・テラー・ヴォイス!!」
めるの言葉を遮るように、唐突にベンチの裏にある茂みの方から、やけに芝居がかった男の声が響いた。
「えっ?」
「む?」
突然の怪ボイスに驚いて振り返るめると、ピクリと眉をひそめるラビリス。
「なんじゃ?今の声は……」
「さ、さぁ。どこから聞こえたんだろ……」
二人はベンチから立ち上がると、不審な声がした茂みの隙間から、こそこそと身を乗り出して声の主を探しだす。
すると、再び男の声が聞こえてきた。
「くっ!まだ力が完全ではないというのか!?この『蠅の王』たる僕が、このような……!」
「は、『蠅の王』じゃと!?」
驚愕に目を見開くラビリスに、めるがきょとんとした顔を向ける。
「え、新田さん知ってるの!?」
「う、うむ。蠅の王とは魔王の配下の一人。つまりは、次期魔王たるこの余の配下でもあるのじゃ」
「え?」
めるの頭の上にハテナマークが浮かぶ中、ラビリスの内心は穏やかではなかった。
(まさか、奴も余と同じように向こうの世界から飛ばされてきたというのか……?)
ゴクリと喉を鳴らし、ラビリスは恐る恐る茂みの奥へと目を凝らす。
するとそこには、どこかの学校の制服をだらしなく着崩し、なぜかゼェゼェと肩で息をしながら立っている一人の男子生徒の背中が見えた。
(あれか?……いやいや、あんなヒョロヒョロで貧弱そうな奴のわけがあるまい)
本物の悪魔の姿を知っているからこそ、目の前のひ弱な男を候補から外し、引き続き周囲を探そうとしたラビリス。
だがその時、先ほどの男が唐突に『右目』を片手で強く押さえ、苦しげに天を仰いだのだ。
「ぐぅぅ……!やはり、まだこの世界は僕を拒絶するというのか!この『蠅の王』たる僕を……!」
「!!?」
ラビリスは一度ベンチに座り直し、深く腕を組んだ。
急に真剣な面持ちになった彼女の横顔を、めるが不思議そうに覗き込む。
(あの口ぶり……奴で間違いなさそうじゃ。ならば余が主として、そしてこの世界の先輩として声をかけてやらねばなるまいな)
「あ、新田さん……?」
ラビリスは一人で納得したようにコクリと頷くと、静かに立ち上がり、茂みの向こうにいる男の方へと堂々たる足取りで歩き始めた。
「ちょ、ちょっと!変な人に声かけちゃダメだよぉ!」
「誰だ!!?」
背後から聞こえためるの声に反応し、男がバッと大げさに振り返る。
その無駄に鋭い眼光に当てられ、めるは「ひぃっ!!」と小さく悲鳴を上げてラビリスの背中に隠れた。
「なんだ……ただの子供か。悪いが僕は今忙しいんだ。遊ぶなら向こうに――」
「そなた、今しがた自らを『蠅の王』と名乗っておったな?」
「ッ!?ど、どうしてそれを!?」
心の声(設定)を聞かれていたことに驚き、男はビクッと肩を震わせて見開いた目を向ける。
そんな彼の反応を見て確信を得たラビリスは、哀れむような、しかしどこか気遣うような優しい眼差しを向けた。
「やはりそうか……。その、なんじゃ。余の知る姿より随分と縮んでしもうたみたいじゃが、この世界に飛ばされた際に何かあったのか……?」
「「…………」」
本物の基準で心配するラビリスと、痛い設定を子供に真顔で心配されて処理が追いつかない男。
夕暮れの公園に、奇跡のすれ違いによる気まずい沈黙が降りていた。
「ふっ……まさか、この僕の正体に気づいてしまうとはね。……だが君たちは運がいい。僕は今、血を見たい気分じゃない。見逃してやるから、命が惜しければすぐに家に帰るんだな」
前髪をファサッと払いながら、男はあえて視線を外し、やれやれと言わんばかりの『強者の余裕』を演出してみせた。
「なっ!?」
そのあまりにも舐め腐った態度に、ラビリスの目が信じられないものでも見るかのように見開かれる。
「ほ、ほら。新田さん、帰ろ?ね?」
不審者のヤバすぎる言動に本気で怯えためるは、ぷるぷると小刻みに震えるラビリスの腕を必死に引っ張る。
だが、彼女は一歩も動こうとしない。
めるは気づいていなかったが、ラビリスの震えは恐怖によるものではなかった。
次期魔王たる自分に対し、あろうことか配下が『見逃してやる』などとほざいたことへの、限界突破の怒りによる震えだったのだ。
「き、貴様ぁ……ッ!余の顔を忘れたと申すか!?虫ケラの分際で、次期魔王たるこの余に向かってなんたる不敬!この無礼者めが!今すぐそこに直るがよい!!」
「は、え?」
夕暮れの公園に響き渡るほどの、底知れぬ凄まじい覇気。
しかし、それを放っているのはランドセルを背負った小学生の少女である。
完璧に決めたはずの中二病ムーブを、ガチのトーンでブチギレて怒鳴り返されるという予想外すぎる事態。
男の『蠅の王』としての仮面はあっさりと剥がれ落ち、彼は猛烈な勢いで動揺しはじめるのだった。




