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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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84/103

☆84かいめ☆ 夜空に溶ける湯煙と笑い声

「どのような怨念を纏っておるのかと思うたが、実に美しい料理じゃ!早速いただくと――む?」


黄金色に輝く親子丼の見事な佇まいにうっとりと目を輝かせていたラビリスが、ふと、向かいで盛大に咽せ返っていた蓮へと視線を移した。


「っな!お、おい、メガネよ……」


「あ、ラビリスちゃん……お見苦しいところを。私は大丈夫ですので――」


戸惑った様子で自分を指差す少女に対し、蓮は咳き込むのを必死に堪えながら、心配させまいとスマートに手のひらを向けてみせた。

だが――。


「鼻から麺が出ておるぞ。いくらそれが食べたかったとはいえ、鼻からも食すとはいただけぬな」


「…………」


推しからの純粋ゆえに無慈悲な指摘を受け、激辛ラーメンとは全く別の理由で、蓮の全身からスッと血の気が引いていく。

そして、ラビリスの言葉に導かれるように、自然と大地とヒナの視線も蓮の鼻へと吸い込まれた。

二人の瞳が限界まで見開く。



「「っっっ!!!」」



「ぎゃははははっ!!そりゃお前、鼻から食ったら誰だって咽るに決まってんだろ!!」


「ち、違います!今のは気管にスープが……ッ!」


「ぶふっ!!ちょ、蓮パ……ッ!!そんなのいいから……くくっ……は、早くそれ取って!!」


鼻から赤い麺を垂らしたまま必死に言い訳する蓮を指差し、ヒナは涙を流して爆笑している。



――数秒後。



「はぁ~っ……。ちょっと蓮パイ、マジ勘弁してよぉ。ガチで息できなかったって!」


「とりあえず、鼻から食うのだけはやめろ。人生の先輩からのアドバイスだ。これからはちゃんと口で食えよ?」


「…………いや、ですから」


涙目になりながらの蓮の弁明も虚しく、皆はそれ以上イジることなく綺麗に無視し、満足した様子でそれぞれの料理へと向き直った。



「さて……メガネのせいでいささか機を逃してしまったが、今度こそいただくとしよう」


コホンとわざとらしく咳払いを一つすると、ラビリスは恭しくスプーンを持ち上げ、目の前の親子丼へとゆっくりと差し込んだ。

出汁をたっぷりと吸い込んだご飯ごとすくい上げると、品定めでもするように顔の高さでじっと眺める。

甘辛い醤油の香りと共に湯気が立ち上り、黄金色の子供()(鶏肉)に覆い被さるようにして、スプーンの上でぷるぷると揺れていた。


「ふ……。もう震えずともよい。これからそなたらは余の血肉となり、共に永劫の時を過ごすのじゃ……」


「お前は一体なんなんだ……?」


スプーンの上で揺れる半熟卵を『恐怖で震え上がる親子の姿』と解釈し、謎の威厳を全開に放って慈悲深く宣告する魔王の娘。

そのあまりにもブレない世界観に、大地は心底呆れたように呟く。


「さぁ、光栄に思うがよいぞ!」


そして、そのまま勢いよく狂気の料理へと食らいついた。



かぷっ。


「――っっ!?」


一口咀嚼した瞬間。

ラビリスの脳内で、先ほどまで抱いていた『狂気』という概念が木端微塵に粉砕された。



まず彼女の舌を驚かせたのは、かつて経験したことのない『和の深淵』――鰹や昆布から引かれたであろう、奥深くも優しい出汁の風味だった。

それが甘辛い醤油と絡み合い、熱々の奔流となって口の中を満たしていく。


「な、なんじゃ……!この口いっぱいに広がる、狂おしいほどの『旨味』は……!!」


そして、メインである『親と子』の共演が始まる。

ゴロリとした鶏肉を噛みしめれば、力強い弾力と共に、閉じ込められていた肉汁がジュワリと弾ける。

そこへすかさず、とろとろの半熟卵が滑り込んできた。

卵の濃厚な甘みとまろやかさが、荒ぶる肉の旨味を優しく、そして完璧に包み込んでいく。


「……っ!こ、これは血塗られた料理などではないというのか!!」


さらに彼女を驚かせたのは、その親子の間を取り持つ『調停者』の存在だった。

たっぷりと出汁を吸い込んだ玉ねぎが、噛むほどに自然な甘みを放ち、親と子を一つの味へと見事に繋ぎ合わせている。



そして、その全てを下から強固に支え、受け止めているのは――。



「やはり貴様か、『米』よ……!!」


これまで、幾度となくその実力を知らしめた数万の()たちが、今回は極上の甘辛い出汁をその身の隅々まで染み込ませて待ち構えていたのだ。

出汁を吸った米は、それ単体でも恐ろしいほどの完成度を誇り、上に被さった具材と合わさることで、真の完全体へと昇華する。


「ふ、ふぉぉぉぉぉぉぉおおおお……!!」


肉の力強さ。卵の包容力。玉ねぎの優しさ。そして出汁を吸った米の圧倒的な安定感。

それらが口の中で一体となり、ひとつの壮大な家族の物語を紡ぎ出している。


「美味い、美味すぎるぞパパ!余は、余は大きな勘違いをしておった……。これは親と子を血祭にあげる狂気の料理などではない。互いの良さを引き立て合い、永遠の絆で結ばれた『究極の家族愛』を体現した奇跡の一皿じゃ!!」


「お、おぅ……。そこまで語られたら親子丼も本望だな……」


ラビリスは頬をパンパンにしながら、黄金に輝く丼の山をスプーンで猛然と掘り進めていく。


もはや彼女の目に、鼻から赤い麺を垂らして涙ぐんでいた蓮の姿など微塵も映っていない。

そこにあるのはただ、初めての親子丼に魅了され、夢中でかきこむただの女の子の姿だけであった。




――そして。


「ふぅ……見事な料理じゃったわ。名もなき親子かと侮っていたが、この余を唸らせるほどの実力を備えていたとはな……」


完食した空の丼ぶりを前に、なにやら偉そうに腕を組んで語る魔王の娘。

しかし、ドヤ顔を決める彼女の口の周りでは、数粒の兵たち(米粒)がしっかりと守りを固めていた。


「ふふっ!ラビちゃん、口の周りご飯粒ついてるよ」


「なにっ!?」


ヒナに笑いながら指摘され、慌てて頬の米粒を指で摘まんで口に運ぶラビリス。



そんな彼女を、驚愕と感動が入り交じった表情で見つめる男がいた。蓮である。


(な、なんという表現力……!あの幼い年齢であれほど完璧な食レポが可能なのか!?……それに、あのご飯粒を慌てて取る愛らしい動き!……尊いッ!!)


彼は色んな意味で限界を突破しそうになるのを必死に我慢しながら、再び真っ赤なラーメンへと震える箸を伸ばし、麺を口に運ぶ。


「もぉ、急いで食べるからぁ。もっと味わって食べないと勿体ないっしょ?」


「ふん。鼻から食すよりはマシじゃ」


「…………」


ヒナの優しいお説教に対する、魔王の娘からの容赦ない流れ弾。

激辛の痛みと推しの尊さでむせび泣いていた蓮の心に、本日二度目となる致命傷が深く、深く刻み込まれるのだった。





しばらくして、スーパー銭湯の駐車場。

涼やかな夜風が火照った体を心地よく冷ましていく中、大地が車の前で大きく伸びをした。


「さぁ~て!風呂も入って飯も食ったし、後は帰って寝るだけだな!」


「何を言うか。余は帰ったら『マジプリ』の続きを見ねばならぬ」


「結局そこに戻んのかよ……」


すっかり現代の娯楽に染まりきった魔王の娘に、大地はやれやれと苦笑いを浮かべる。


「今日はめっちゃ楽しかった!またみんなでどっか行こーね!あっ、そういえば今度魚釣り行く約束してたっけ!?」


「ん、そういやそうだったな」


「ええ、5月の上旬でしたね。ゴールデンウィークの予定は全て空けておきますので」


「や、ちょっとは自分の予定入れろよ……」


迷いなく言い切る蓮にツッコミを入れつつ、大地の顔にも自然と笑みがこぼれていた。


休日の賑わいを見せるスーパー銭湯。

風呂上がりの心地よい温かさの中、四人の他愛のない笑い声は、穏やかな夜の空気へとゆっくり溶けていくのだった。

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