☆83かいめ☆ 慈悲深き王と地獄の釜
んぐ、んぐ……。
「ラビちゃん、コーヒーの方はどぉ?」
ぷはっとビンから口を離し、ヒナにシェアしてもらったコーヒー牛乳をまじまじと見つめる魔王の娘。
「ふむ。この『こーひー』とやら……独特の香りがするが、これはこれでなかなかの美味じゃ。確かにかすかな苦みは感じるが、それよりも甘さが引き立っておる」
未知の飲み物に対してまんざらでもない様子で評価を下すと、ラビリスは再び自分のフルーツ牛乳のビンへと口をつけた。
んぐ、んぐと味わうように飲み込み、満足げに息をつく。
「ふぅ……。だが、余はこちらの方が好みじゃな。やはり高貴な果実の味わいは、余のような高貴な口にこそ合うということか」
「……単に子供舌なだけだろ」
えっへんと誇らしげにフルーツ牛乳のビンを掲げる魔王の娘。
そのドヤ顔を見つめながら、大地は誰にも聞こえない声でボソッと的確なツッコミを呟いた。
ビンの中身をすべて飲み切ると、ラビリスは自分のお腹を押さえながら、途端に元気のない声を漏らした。
「ふむ。フルーツ牛乳は実に美味かったが……喉が潤うたら、急に腹が減ってきたぞ」
「お、そうだな。昼から何も食ってねぇし、ちょうどここで晩飯も済まそうと思ってたんだ」
「マジ!?イェーイ!いっただっきまーす!!」
「……まだ奢るとは一言も言ってないんだが」
食い気味に両手を合わせて喜ぶヒナに、大地は呆れたようにため息をつく。
しかし、すぐにポリポリと頭を掻きながら仕方なさそうに口角を上げた。
「……ま、ヒナには女湯でコイツの面倒見てもらったし、蓮にはさっきの飲み物奢ってもらったからな。今日はしゃーなしで俺が全員分奢ってやっか」
大地のその言葉に、「やったー!」と、待ってましたとばかりにヒナがはしゃぎ出す。
ラビリスも「おぉっ!」と目を輝かせた。
お風呂を満喫し、次なる目的である『銭湯飯』へと狙いを定めた四人は、連れ立って館内の奥にある『お食事処』へと向かって歩き出した。
目的地であるお食事処に到着し、広々とした座敷スペースに案内された一行。
それぞれ座布団に腰を下ろすと、大地がテーブルのメニューを開きながら三人に声をかけた。
「好きなもん食っていいぞ。つっても、あんまり高ぇのは勘弁な?」
「えぇ〜!せっかくこれ頼もーと思ってたのにぃ〜」
不満げに口を尖らせたヒナが指差したのは、『特撰・ブランド和牛鉄板焼き定食』と書かれた煌びやかな写真だった。
ちなみにお値段は4,500円である。
「あ、あほか!」
「あはは!ウソに決まってんじゃーん!アタシだってそんぐらいわきまえてるって!」
「お前なぁ……」
ヒナの悪びれないイジりに、大地はガクッと肩を落として深くため息をつく。
そんな二人の賑やかなやり取りをよそに、一人真剣な顔でメニュー表とにらめっこをしていたラビリスが、ふとある料理の写真を指差した。
「パパよ。……この、『親子丼』とはなんじゃ?」
「ん?あぁ、そいつはな……」
大地はメニューを覗き込むと、ラビリスに味の想像がつくように、少し言葉を選びながら説明を始めた。
「甘辛い出汁で煮込んだ鶏肉を、卵でとじてご飯の上に乗せた料理だ。ちなみにめっちゃ美味い。あと、メインの鶏肉が『親』で、とじてる卵がその『子供』だから『親子丼』って名前だ」
「ふむ……」
大地の解説を聞き、ラビリスはあごに手を当てて深く頷いた。
「親子共々血祭にあげた挙句、同じ皿の上に盛って喰らうとは……中々に狂気じみた料理じゃな」
「やめろよ……。これから親子丼を普通の目で見れなくなんだろ……」
思わず想像してしまい、露骨に嫌そうな顔をする大地。
その向かいでは、魔王の娘の着眼点にツボったヒナが、お腹を抱えてゲラゲラと笑い転げている。
さらにその横では――
「素晴らしい。凡人には到底思い浮かばない、深淵を覗くかのような見事な解釈……!」
蓮が一人真顔のままパチパチと惜しみない拍手を送っていた。
――数分後。
「みんな決まったか?」
大地の呼びかけに、三人がそれぞれ頷く。
「余はこの『親子丼』なる狂気の料理を所望する。……哀れな親子よ。せめてこの余の血肉となり、永遠に共に過ごすがよいぞ」
「だから哀れとか言うなって……。食いづらくなんだろ」
呆れ顔でツッコミを入れる大地の斜め前では、蓮が「なんという慈悲深さ……!」と、眼鏡の奥で涙を流していた。
さらにその横では、限界紳士の奇行を見たヒナが「蓮パイマジでキモすぎ」と、満面の笑みで容赦ない暴言を漏らしている。
「……んじゃ、店員さん呼ぶぞ」
もはやツッコむ気力も尽き、カオスと化す座敷席で深いため息をつくと、大地はテーブルの端にあるコールボタンをポンと押した。
――さらに数分後。
注文を終え、テーブルにはそれぞれが頼んだ料理が湯気を立てて並べられていく。
当然ながら、ラビリスの前には狂気の料理こと『親子丼』。
他の三人はというと……大地が定番の『唐揚げ定食』、ヒナがシンプルに『きつねうどん』。
そして蓮の目の前に置かれたのは――見るからに凶悪な赤黒いスープが煮えたぎる『激辛マグマラーメン』だった。
「…………」
「お前……サウナであんだけ汗かいたのに、なんでまたそんな地獄みたいに赤いもん頼んだんだよ」
「うーわっ!ガチで真っ赤じゃん!すでに目ぇ痛いんだけど、これホントに食べれんの……?」
「ふむ。風呂上りにまたわざわざ汗をかくとは……酔狂なやつじゃな」
三人から浴びせられる呆れとドン引きの視線の中、蓮はただ沈黙したまま、マグマのように赤い水面を見つめていた。
彼には言えなかった。
本当はまろやかな『味噌ラーメン』を頼むつもりだったのに、推しの横顔をガン見したまま適当にメニューを指差して注文してしまったせいで、この地獄の料理を召喚してしまったなどと――。
「……ま、本人が食べたいんだからしょうがねぇな。それじゃあ冷めないうちに食べようぜ!」
大地は早速箸で唐揚げを持ち上げると、そのまま豪快にかぶりついた。
サクッという小気味良い音とともに、熱々の肉汁が溢れ出す。
「うんま!やっぱ汗かいた後だから塩分が沁みるわ~」
続けて「いただきまーす!」と、ヒナもズズッと美味しそうにきつねうどんを啜り出す。
そんな幸せな空気が流れる中。
隣で真っ赤なラーメンを無言で見つめていた蓮は、ついに意を決したように、その地獄の釜へと箸を滑り込ませた。
ドロリとした凶悪なスープを纏った麺を持ち上げ、覚悟を決めて口へと運ぶ。
「ズズズ……ズズ…………ブフッ!!」
気管を直撃した強烈な刺激に、蓮は盛大に咽せ返り、涙を流しながら激しく咳き込み始めた。
「ゲホッ、ゴホォッ!!あ゛っ、カハッ……!」
彼の顔はラーメンのスープと同じくらい真っ赤に染まっている。
「お前、絶対無理してんじゃねぇか!何の罰ゲームだよそれ!」
「ちょ、蓮パイ大丈夫!?ガチで顔ヤバいって!水、お水飲む!?」
「んむ。実に美しいぞ……っ!」
唐揚げをくわえたまま呆れる大地と、慌てて冷たいお冷を差し出すヒナ。
そしてラビリスはというと、盛大に咽せ返っている蓮には目もくれず、一人、親子丼の美しさに目を輝かせているのだった。




