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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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78/79

☆78かいめ☆ 癒しと苦行は紙一重?これぞ大人のワンダーランド!

ジェットバスから命からがら(?)生還したラビリスは、恨めしそうに息をついた。


「ふぅ……酷い目に遭うたわ……」


「でもしばらくは座れてたし、ちょっとは体がほぐれたんじゃない?」


「そんなわけがなかろう!踏ん張っていたせいで余計に疲れが――む?」


ヒナに文句を垂れようとしたラビリスの真紅の瞳に、あるものが飛び込んできた。

タイル張りの大浴場の奥、そこだけ異質な雰囲気を放つ『木製の扉』だ。

時折、中から汗だくの大人たちが出てきては目の前にある風呂へと向かっていく。



「……なんじゃ、あの扉は?」


「あー、あれは『サウナ』だね。……ま、ラビちゃんにはまだちょっと早いかなー」


ヒナの『まだ早い』という言葉に、魔王の娘のプライドがピクリと反応した。


「ふん、余をそこらの人間と同じにするでないわ!おい、あの部屋がどうなっておるか、少し視察に行くぞ」


「え、マジでやめた方がいいって!」


ヒナの制止も聞かず、ラビリスはペタペタと木製の扉に近づくと、その取っ手へ手を伸ばし――。


「たのもーっ!!」


勢いよく、力一杯その扉を開け放った。

その瞬間。


モワァァァァン……ッ!!


木製の扉が開いた途端、内部に溜まっていた灼熱の空気が一気に外へと解放された。


「あっつ!!な、なんじゃこの熱気は!?……ゲホッ、ゲホゲホッ!い、息が、息ができぬ!!」


バタンッ!!


開けてわずか数秒。

ラビリスは大慌てで扉を閉めた。



「はぁっ、はぁっ……。な、なんじゃあの恐ろしい部屋は!?中でとんでもない熱波が渦巻いておるぞ!」


ぜぇぜぇと肩で息をしながら、一瞬にして真っ赤になった顔で後ずさる魔王の娘。


「だーかーら、やめた方がいいって言ったのに〜」


「あんなもの、完全に拷問室か何かではないか! ……ふむ。しかし、その割には中の人間たちは縛られているわけでもなく、自由に出入りしておるのぅ」


熱波から避難しつつ、扉の小さなガラス窓から恐る恐る中を覗き込む。

そこには、ただじっと目を閉じて熱に耐えている大人たちの姿があった。


「ここはねー、中でじーっと座って汗をかく部屋なんだよ」


「は?何故わざわざ汗をかきに行くのじゃ?」


ラビリスは心底理解できないというように首を傾げた。


「ん〜。汗をかくのって体にいいからじゃない?ま、アタシもまだお子ちゃまだからサウナの良さはよくわかんないんだよねー」


「汗をかく為にあのような拷問室へ好んで入って行くとは……。人間たちの考えることは、ますます理解できぬな」



サウナの熱波から避難し、すっかり日本の入浴文化に疑心暗鬼になっているラビリスに、ヒナは拷問室のすぐ横にある小さな浴槽を指差した。


「あぁでも、サウナって汗かいて終わりじゃなくて、そこの『水風呂』に入って1セットって感じらしいよ」


「水風呂?」


ヒナが指差した先では、サウナから出てきた大人たちがその小さな浴槽へ次々と入り、目を閉じて気持ちよさそうに身を沈めていた。


「ほぅ……。確かに皆、至福の表情を浮かべておるわ。この風呂はそんなに気持ちがよいのか?」


興味を惹かれたラビリスはペタペタと水風呂に近づき、なんの躊躇いもなくズボッと右手を突っ込んだ。


「っ!!」


あまりの冷たさに「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、勢いよく手を引き抜く魔王の娘。


「だーかーら、水風呂って言ったじゃーん」


「まんまではないか!!」


冷えた右手をブンブンと振りながら、ラビリスは涙目で抗議した。



「えー、でも水が入ったお風呂なんだし、それ以外呼び方なくない?」


「いやいや!液体を入れたらすべて『風呂』と呼ぶ、その大雑把な概念はおかしいじゃろ!!風呂とはもっとこう……温かくて、体を癒す為の存在ではないのか!?何故わざわざ熱されたあとに凍える必要があるのじゃ!金属じゃったら死活問題じゃぞ!?」


サウナからの水風呂。

極端すぎる温度差を自ら味わいに行く人間たちの奇行に、ラビリスは完全にパニック状態だ。


「う〜ん」


ヒナは顎に指を当てて小首を傾げた。


「でもね、サウナに入った後にこの水風呂に入って、その後休憩すると『ととのう』らしいよ?」


「ととのう……?な、何がじゃ?」


未知の単語に直面し、ラビリスはゴクリと喉を鳴らした。

強大な魔法陣形か、はたまた己の魔力回路か。

この過酷な儀式の果てに、一体何が『ととのう』というのか。



期待と警戒が入り混じるラビリスの問いに対し、ヒナはあっけらかんとした顔で答えた。


「え、わかんない」


「…………わからんのかい!!」


ヒナの清々しすぎる「知らんがな」の精神に、ラビリスの魂のツッコミが大浴場にこだました。




一方、男湯。


「……ところで店長。ラビリスちゃんの学校生活の方は順調なんですか?」


「ん?……あぁ、まぁ楽しんでるみたいだぞ?友達もできたっぽいしな。……ま、授業よりも給食が一番の楽しみって感じだけど」


「ふふ、そうですか。お友達とは、この前お店に連れてきた子たちですかね?皆さん、実に尊……コホン、とても仲が良さそうでしたね」


「…………お前、マジでロリコンなのな」


「いえ、違います」


(なんでそんなにキッパリ否定できんだ……?)


微塵の揺らぎもない真顔で即答したアルバイトに、大地はジト目を向けつつ内心で盛大にツッコミを入れた。

どう好意的に解釈しても完全にそっちの気があるのに、なぜか蓮自身にはその自覚が一切ないらしい。


「まぁいいや(よくはない)。とりあえず、そんな感じで上手くやってるよ」


首から提げたタオルで顔をゴシゴシと拭いながら、大地は息を吐き出した。

会話をしている間にも、二人の全身からは滝のように汗が噴き出し、肌の上を滑り落ちていく。



「……てか、そろそろ出ない?」


大地は額から滴る汗を拭い、隣に座る蓮に提案した。

しかし、蓮は真っ白に曇ったメガネの奥でスッと目を細め、余裕の笑みを浮かべる。


「おや?もうギブアップですか?」


「……うっせ」


薄暗い室内。木の香りと、肌をジリジリと焼くような熱波。

そう、先ほどまで広い湯舟でくつろいでいたはずの男二人は、いつの間にか女湯でラビリスが「拷問室」と恐れおののいた、あのサウナ室の最上段で意地を張り合っていたのだった。




舞台は戻って女湯。


「まったく……。肝心なところがわからぬのに、偉そうに解説するでないわ」


「あはは、ごめんってば!」


ヒナから適当な説明を受けたラビリスは、プリプリと小言をこぼしながらタイル張りの床を歩き出した。

その後ろを、ヒナがケラケラと笑いながらついていく。


「……む?」


不意に、ラビリスが歩みを止めた。

視線の先にあるのは、大浴場の隅にひっそりと佇む、四角く区切られた小さな浴槽だ。


「ヒナよ、この風呂はなんじゃ?なんの変哲もないただの風呂に見えるが、何故このようなところに……」


ラビリスが指差した浴槽では、一人の老婦人が微動だにせず、ただ静かに、そして実に気持ちよさそうにお湯に浸かっていた。



「あぁ〜、あれは『電気風呂』だよ。……一応言っとくけど、ラビちゃんはガチで入らない方がいいよ?」


「……でんきぶろ?」


ヒナが珍しく真顔で忠告してきたことに、ラビリスはピクリと身を強張らせた。


「電気風呂、という響きからして不穏じゃが……ま、まさか、文字通り湯の中に『電流』が流れておるわけではあるまいな?」


「や、流れてるんだなぁこれが」


「はぁ!?」


ヒナのあっさりとした肯定に、ラビリスは変な声を上げながら後ずさった。

そして、気持ちよさそうに浸かっている老婦人を信じられないといった目で見つめ、ぷるぷると震え出す。



「お、おい待て。ヒナよ、本当にここは『風呂屋』なのか?余は騙されておらぬか!?」


「え、お風呂屋さんだけど?」


「嘘をつくでない!人を茹で上げる熱湯(高温風呂)に、背中を吹き飛ばす激流(ジェットバス)。呼吸を奪う灼熱の部屋(サウナ)の隣には、凍えるような氷水(水風呂)!果ては電流が流れる風呂じゃと!?」


ラビリスはこれまでに遭遇した数々のトラップ(お風呂)を指折り数え、戦慄の表情で頭を抱えた。


「ここは風呂屋などではない……!己の肉体を痛めつけ、極限状態を味わうための『巨大な拷問施設』なのではないか!?」



その仮説に行き着いた次の瞬間。

ラビリスの脳裏に『外にもお風呂がある』という言葉が、不吉な啓示のように蘇った。

これまでのすべての点と点が線となって繋がっていく。


「ま、まさか……!散々拷問にかけた挙句、最後の仕上げとして、服も着せずに外へと放り出して晒し者にするという算段か……!!」


己の想像力に恐怖し、タオルを抱きしめながらガタガタと震え出すラビリス。


「ストップ、ストーップ!もぉ〜、考えすぎだって!」


ヒナは慌てて両手を振り、暴走する魔王の娘の思考にブレーキをかけた。


「さっきまでのお風呂は、たまたまラビちゃん向けじゃなかっただけだって! ……ってか、アタシも今思ったんだけど、室内のお風呂って『大人向け』のが多い感じなのかも?」


「……大人向け?」


「そそ!まぁそもそもスーパー銭湯って『大人のテーマパーク』って感じだし!疲れた大人が癒しを求めてやってくる、みたいな?……でもほら、さっきの炭酸のお風呂とかは、めっちゃ気持ちよかったっしょ?」


「ふむ。確かに……あの泡は悪魔的な心地よさじゃったな」


チートアイテムの効能を思い出し、ラビリスの震えがピタリと止まる。



「うんうん、でしょ?むしろ外の露天風呂の方が広いし、ラビちゃんでもゆっくり入れるお風呂が多いと思うんだよね。だから、思い切って外に行ってみよ?」


「むぅ……。ほ、本当に大丈夫なんじゃろうな?突然火あぶりにされるとか、床に針の山が仕掛けられておるとかではないな?」


「あはは!だいじょぶだいじょぶ!何かあったら、アタシが守ってやんよ!ってね」


頼もしく自分の胸を叩くギャル。

その笑顔にラビリスは小さくため息をつきつつも、まんざらではない様子で口を尖らせた。


「ふん。そ、そこまで言うのであれば、行ってやらぬでもない……」


「おけおけ!んじゃ、外に行く前に先に体洗っちゃお!ちょうどそこに洗うところあるし!」


湯気で煙る大浴場の中、楽しげに笑うヒナに手を引かれ、魔王の娘はズラリと並んだシャワーコーナーへとペタペタと足を踏み入れていくのだった。

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