☆74かいめ☆ 突入!貞操を賭けた巨大湯殿!?
「よーし、到着だ」
広大な駐車場に車を滑り込ませながら、大地がサイドブレーキをかけた。
週末の夜ということもあり、駐車スペースはほぼ満車状態。
ズラリと並んだ車の量と、入り口に向かって歩く家族連れの多さだけでも、どれほど賑わっているのかが窺い知れる。
「ほぅ、ここが『すーぱーせんとー』とやらか。何やら趣があるのぅ」
車を降りたラビリスは、巨大な提灯が下がる煌びやかな入り口を見上げて感嘆の声を漏らした。
そして、大地の方を振り返り、大真面目な顔で尋ねる。
「……で、ここで風呂を買うのか?」
「なんで風呂なんか買うんだよ……」
「なに?そなたが先ほど『風呂屋』と言うたのではないか!また余を騙したのか!?」
「いや騙してねぇって……!まぁ、字面だけ見たらそう受け取れなくもないが、ここは『風呂に入るための店』だ」
「風呂に入るためだけに、これほどの民が集まっておるというのか?なんという贅沢な娯楽施設……!」
そうは言ったものの、ラビリスはすぐに納得がいかない様子で小首を傾げた。
「……しかし、わざわざこんなところまで来て風呂に入る意味があるのか?そんなことをせずとも、風呂ならば家にあるではないか」
「ちっちっち……わかってねぇなぁ」
大地は得意げに人差し指を振り、疲れた大人の余裕(?)を見せつける。
「ここの風呂は、家にあるのとは段違いの広さだ。お湯の種類も沢山あるし、何より『足を思いっきり伸ばして入れる』のが最高にいいんだ」
「む?家の風呂でも、普通に足を伸ばせるが……?」
不思議そうに瞬きをする魔王の娘に、彼は容赦ない事実を突きつけた。
「お前はまだ『チビ』だから伸ばせんだよ!大人は家の風呂じゃ無理なんだよ!」
「なっ!や、やかましぃっ!!余はまだ発展途上なのじゃ!!」
顔を真っ赤にして大地の腰のあたりをぽかぽかと叩くラビリス。
「はいはい。……ま、中に入ればここの良さがわかる。とにかく行くぞ」
大地は暴れる少女の頭をポンと撫で、煌びやかなスーパー銭湯の入り口へと歩き出した。
道中、お腹を抱えて二人のやり取りを見ていたヒナが笑いながら口を開いた。
「はぁ~、お腹痛い。二人の会話マジで嚙み合わなすぎてウケるんだけど。……ってかラビちゃん、もしかして今回が『銭湯デビュー』って感じ?」
「む?」
ヒナの言葉に、ラビリスはピクッと反応し、自信満々にふんすっと胸を張った。
「『戦闘』にはまだ参加したことはないが、日々鍛錬は積んでおる。今日もしっかりと過酷な訓練をこなしてきたしの」
「え、銭湯の訓練……?洗面器に顔つける練習とか?」
「???」
「???」
互いに全く違う映像を頭に思い浮かべ、頭上にハテナマークを浮かべるギャルと魔王の娘。
その見事なすれ違いっぷりに、大地は本日何度目かわからない深いため息をついた。
「……お前らの会話も大概噛み合ってねぇよ」
大地は呆れ顔で、見つめ合う二人の間に割って入る。
「おいラビリス、お前が想像してる『戦闘』じゃなくて、『銭湯』ってのは風呂に入る店って意味だ。で、スーパー銭湯ってのは、スーパーな銭湯ってこと」
「なるほど、それで『すーぱーせんとー』か……。ふん、ややこしい言葉を作りおって! ……で?そのスーパーな銭湯とはなんじゃ?」
「スーパーはスーパーだよ!ガチで超パネェって感じ!」
「ちょー……ぱね?」
未知の言語に眉を寄せるラビリスに対し、ヒナは両手を大きく広げてみせた。
「そそ!お家のお風呂の100倍は大きいから!!」
「ひ、100倍!?」
途方もないスケールを突きつけられ、魔王の娘の真紅の瞳がこれでもかと見開かれる。
「……盛るな盛るな。さすがに100倍もねぇだろ」
大地の冷静なツッコミが入った、まさにその時。
不意に背後からスッと眼鏡のブリッジを押し上げる者がいた。
蓮である。
「……一般的な家庭に備え付けられた浴槽の容量は、およそ200〜300リットル。対して、スーパー銭湯の主浴槽は数万リットルに及びます。面積比や水量を考慮しても、千家さんの『100倍』という数値は、誇張どころかむしろ控えめな表現と言えるかもしれません」
「え?あ、そうなの……?」
まさかの論理的かつ完璧なマジレス。
思いがけない角度から正論で殴られた大地は、呆気にとられて口をパクパクさせた。
「うぇ〜い!店長の負けー!!」
すかさずヒナが両手でピースサインを作り、ドヤ顔で大地を煽り倒すのだった。
そんな賑やかなやり取りを交わしながら歩を進めている内に、四人はライトアップされた入口へと到着した。
和の趣を感じさせる重厚な木製の自動ドアがゆっくりと左右に開く。
一歩館内に足を踏み入れた瞬間、ふわりと温かい空気が全身を包み込んだ。
ほのかに甘い石鹸や湯気の香りが入り混じった、スーパー銭湯特有の優しく心地よい匂いが鼻をくすぐる。
ピカピカに磨き上げられた板張りの床に、暖色系の柔らかな間接照明。
どこからか聞こえてくる雅なBGMと、湯上がりの人々がくつろぐ穏やかなざわめきが、そこが完全な『非日常の癒し空間』であることを演出していた。
「おぉぉぉ……!なんじゃここは!?情緒に溢れておるぞ!……実に、実によいではないか!」
初めて見る巨大な娯楽施設に、ラビリスは目をキラキラと輝かせ、キョロキョロとせわしなくロビーを見渡した。
「だろぉ?入口からして癒しの空気が漂ってんだよ」
自分が作った施設でもないのに、大地は謎のドヤ顔で鼻を膨らませて深く深呼吸してみせる。
「うむ!確かにこの広さなら、風呂が100個あってもおかしくないぞ!」
「や、100個もねぇから」
「なに!?先ほど100倍と言うておったではないか!!」
「いや、だから『広さ』が100倍って話だ。風呂の『数』じゃない」
大地の冷静な訂正に、ラビリスはハッとして周囲を歩く大勢の客たちを見回した。
「では、どうやってこれほどの人数を捌くというのじゃ!まさか、自分の順番が回って来るまで何時間もここで待つのではなかろうな!?」
「いやいや、みんないっぺんに入るんだって。そういうデカい風呂なんだよ」
「…………」
――数秒の間の後。
「は、え?……な、なにぃ!!?」
突如として驚愕にぷるぷると震えだすラビリス。
直後、ポンッという音が聞こえそうなほど彼女の顔から首までが真っ赤に染まった。
「み、皆で入るじゃと!?は、裸で……!?ばば、馬鹿を申せ!この世界の人間の貞操観念はどうなっておるのじゃ!!?」
真っ赤な顔のまま、両腕で自分の体をギュッと抱きしめ、警戒度MAXで後ずさる魔王の娘。
「……ラビリスちゃん、安心して下さい。貴方が想像しているような恐ろしいことにはなりませんので」
「ど、どういうことじゃメガネ!詳しく説明せよ!」
涙目で詰め寄ってくるラビリスに対し、蓮は中指でスッと眼鏡を押し上げ、極めて理路整然とした口調で語り始めた。
「日本の公衆浴場法において、一定の年齢以上の男女の混浴は厳しく禁じられています。したがって、この施設内では『男湯』と『女湯』が完全に別の空間として分断されているのです。同じ空間で入り乱れるのは同性のみとなります」
「なんと、男どもとは別々なのか……?」
「えぇ、当然です。ラビリスちゃんのような至高の存在の玉の肌を、どこの馬の骨とも知れぬ一般男性の目に晒すなどという万死に値する暴挙が、この現代日本で許されるはずがありません」
「ふぅむ、な、なるほどな。そういうことであれば……」
蓮の(一部の思想が強く反映された)的確な説明により、ラビリスはようやく腕のガードを解き、ホッと胸を撫で下ろした。
「……それにしても店長。貴方の説明が言葉足らずなせいで、ラビリスちゃんに無用な心労をおかけしたではありませんか。猛省してください」
「いや、普通混浴とは思わんだろ……ってかお前、今どさくさに紛れて『どこの馬の骨とも知れぬ一般男性』で俺を見てなかったか?」
「被害妄想では?さ、行きましょうラビリスちゃん。私と千家さんで、完璧なエスコートをお約束いたします」
「うむ!頼んだぞ、メガネ!ヒナ!」
大地の抗議を華麗にスルーすると、魔王の娘とギャルは手を繋ぎ、蓮はそれを恭しくエスコートするのだった。




