☆73かいめ☆ そなたのモノは余のモノ?光り輝く居城の野望
――コンビニの駐車場、大地の車内。
「さて、そろそろアイツらも上がって来る頃だな……」
時計を確認しながら、大地がポツリと呟いた。
一度家に戻って銭湯用の着替えを取ってきたものの、それでも予想以上に時間が余ってしまい、結局アルバイト二人の勤務が終わるまで、こうして駐車場で暇を持て余していたのだ。
「ふむ、ようやくか。……それにしても、先ほどの女は一体なんなのじゃ!無礼にも程があるぞ!」
「まだ言ってんのかよ……」
助手席に座るラビリスは、腕を組んでぷりぷりと頬を膨らませている。
普段、ヒナからの黄色い歓声や蓮からの狂気的な崇拝を浴び慣れている魔王の娘にとって、あの『完全なる無関心』は余程プライドに障ったのだろう。
コンビニを出てから再び戻ってくるまで、彼女はずっとこの調子だった。
「まぁ、あの子はいつもあんな感じでやる気なさそうだけど、実はめちゃくちゃ仕事ができるんだぜ?」
大地は苦笑しながら、助手席でふんぞり返る小さな魔王を宥めるように言った。
「基本的に俺が休みの日に入ってもらってるから、俺自身も滅多に顔を合わすことはないんだけどな。俺がいない時の店を完璧に回してくれるから、すげぇ助かってんだよ」
「ふん。いくら仕事ができるからといって、余に敬意を示さぬのは全くもって別の問題じゃ」
「…………」
(なんで初対面の相手から当然のように敬意を示してもらえると思えるんだ……)
大地の至極真っ当な心のツッコミをよそに、ラビリスはまだ納得がいかない様子で腕を組んでいた。
しかし、ふと何かを思い出したように顔を上げる。
「……まぁよい。ところで大地よ。前々から気になっておったのじゃが」
「なんだよ?」
「そなた、何故ここの者たちから『テンチョー』などと呼ばれておるのじゃ?なにかの隠語か?それとも呪縛の類か?」
「いや、ただの役職名だよ。『店長』ってのは、まぁこの店の責任者ってことだ。一応こんなんでも、ここを任される立場ってわけ」
「ふむ……。責任者。つまり、この光り輝く城で一番『偉い』ということか?」
「や、偉いって表現されると雇われの身としてはなんかちょっと違う気がするんだけど……。まぁ、わかりやすく言えばそんな感じかなぁ」
「なにぃっ!?」
大地の適当な肯定を聞いた瞬間、ラビリスの真紅の瞳がカッと見開かれた。
彼女はしばらくの間、信じられないものを見るような目で大地を見つめていたが……突然、口元を手で覆い、「くくく……」と肩を揺らして怪しく笑い始めたのだ。
「……え、何?急に怖いんだけど」
「ふはははは!大地よ!そのような重要なことを何故もっと早く言わぬのじゃ!」
「……え、だから何が?」
ラビリスはシートベルトをピンと張りながら精一杯ふんぞり返り、ビシッと大地を指差した。
「おい、この『こんびに』とやらを余の居城とするがよい」
「はぁ?」
「『はぁ?』……ではない!今、そなたが自ら申したではないか。この城の主であると」
「…………」
「であれば!この城は『主の主』である、余の居城とするのが当然の道理であろう?」
エッヘンとばかりに胸を張るラビリス。
その脳内ではすでに、陳列棚に並ぶ魅惑のスナック菓子やホットスナックがすべて自分の配下になっているのだろう。
「くふふふ……。これでこの城にある食料や菓子は、すべて余のものじゃ。じゅるり……。さて、手始めに何から食してくれようか……」
(……いや、まずは大量に積まれておった『じゃがりこ』を、税金として毎日3つずつ納めさせるとしよう。くくく……)
完全に欲望がダダ漏れになり、だらしなく口元を拭う魔王の娘。
そんな彼女の壮大な野望を、大地は冷酷な現実で容赦なく打ち砕いた。
「あほか。どこのジャイアニズムだよ。……ってか、一人で盛り上がってるとこすまんが、俺はここの主じゃねぇ。あくまで雇われて『ここを任されてる』ってだけだ」
「なっ……!?」
絶望。
先ほどまでのふんぞり返ったドヤ顔が嘘のように、ラビリスの顔から血の気が引いていく。
「え。や、そんなこの世の終わりみたいな顔されても……」
「よ、余を騙したのか……?」
「いやいや、騙してねぇって。勝手に勘違いしたのはお前だろ?」
「うぅ……ぬか喜びさせて、余の純真な気持ちを弄んだというのか……っ」
ラビリスは両手で顔を覆い、まるで国を追われた悲劇の王女のような震える声でうなだれた。
「だから違うって!大体純真ってどの口が……あぁいや、そんなことよりここの主は白川オーナーなんだよ!」
すっかり涙目になった少女を前に、たまらず真の城主の名を叫ぶ。
しかし、魔王の娘はそんな大地の弁明にも耳を貸さず、わざとらしく小さな肩を震わせて俯いたままだ。
完全に主導権を握られていることを悟り、大地は早々に白旗を上げることにした。
「……わかった、わかったって!ここをお前にやるのは無理だけど、なんか好きなお菓子買ってやっから!な!?」
「ふむ」
ピタッと。
それまで震えていた小さな肩が嘘のように止まり、ラビリスはスッと顔を上げた。
「その程度で余の深い心の傷は癒えぬが……まぁ、とりあえず今回はそれで手を打つとしよう」
「復活早ぇな」
すっかりご機嫌を取り戻し、鼻歌交じりにふんぞり返る魔王の娘。
その現金な姿に大地がやれやれとため息をついていると、助手席側の窓を「コンコンッ」と叩く音が聞こえてきた。
「お待たせー!」「お待たせしました」
外には、私服に着替えたヒナと蓮が荷物を持って立っている。
「おぉ、お疲れ。……あれ、神崎さんは?」
シフトが同じだったはずの彼女の姿が見当たらず、大地が首を傾げる。
「一緒に出てきたからそこに――」
ヒナが振り返って駐輪場の方へ視線を向けると、ちょうど暦が自転車のサドルにまたがろうとしているところだった。
「あ、神崎さん!」
大地の呼びかけに気づき、暦は一度だけゆっくりと瞬きをしてから、自転車をカラカラと押してこちらへ近づいてきた。
「……なんですか?」
相変わらずの、一切感情の起伏がない声とジト目。
「いや、これからみんなでスーパー銭湯に行くんだけどさ。よかったら、神崎さんも一緒に来ないかと思って」
「んー。……いえ、大丈夫です」
約1秒の長考の末、極めてフラットなトーンで繰り出される見事な拒否。
この付き合いの悪さも、彼女のブレない通常運転である。
「そっか。じゃあもう暗いから、気をつけて帰ってくれよ」
「はい、あざす。……また元気な時にでも誘ってください」
ぺこりと軽く頭を下げ、暦はそのまま気怠げにペダルを漕ぎ出し、夜の街へとフェードアウトしていった。
(((……元気な時ってあるのか??)))
見送る大地、ヒナ、蓮。
その場に残された三人の心のツッコミが、この日一番の完璧なシンクロを果たした瞬間だった。




