☆71かいめ☆ 風を掴め!空を翔ける魔王の娘
「はぁ、はぁ……。な、なんとか登り切ったぞ……っ!」
頂上のスペースに這い上がり、短い手足をぷるぷるさせながらも、ラビリスはドヤ顔で振り返った。
「おぅ、お疲れさん」
横の階段から涼しい顔で上がってきた大地が、軽く手を挙げて労う。
「くくく……。しかし迎撃の矢が来なかったあたり、やはり『黄色』が罠であったか。余の読みに狂いはなかったわ」
「…………」
(……初っ端から全色思いっきり踏み抜いてたのは黙っておいてやるか。最初以外は必死に黄色を避けて、変な体勢で登ってたみたいだしな)
満足げにふんぞり返る魔王の娘の姿に、大地は心の中でそっとツッコミを入れつつ苦笑を浮かべるのだった。
二人が前方へと視線を移すと、そこには目的地である『ターザンロープ』が設置されていた。
スタート地点となる木製の足場には、順番待ちの子供たちがずらりと列を作り、歓声を上げながら反対側へと滑空していく姿が見える。
「おぉ、結構並んでんな」
列の長さを見て大地が感心したように言うと、ラビリスは腕を組んで深く頷いた。
「ほほぅ、これは中央砦へ攻め込むための装置であったか。皆、功を焦って我先にと列を成しておるわ」
「訓練で功は焦らんだろ。……まぁ、そもそも訓練でもないんだが」
「ふん、よかろう。余であれば転移魔法で直接城に進入するところではあるが、こうして兵に交じって城攻めを体験するのも一興じゃ。何事も現場の経験じゃしな」
一人で納得してコクリと頷き、順番待ちの子供たちを『手柄に飢えた下級兵士』扱いして謎の上から目線で語るラビリス。
「へいへい。んじゃ、とっとと並ぼうぜ」
大地はすっかり慣れた様子で適当に相槌を打つと、やる気に満ちた魔王の娘を促して列の最後尾へと向かった。
列が少しずつ前へ進む中、ラビリスが前の様子を背伸びして窺っていると、すぐ横に並んでいた大地がふと思い出したように口を開いた。
「……ところでさ。まだ通い始めてからそんなに経ってないけど、学校はどうだ?勉強は……まぁあんまり心配してないけど、ちゃんと楽しめてんのか?」
大地の問いかけに、ラビリスは前のめりになっていた姿勢を戻して振り返った。
「む?そうじゃな……まず飯が美味いぞ。サギリに料理長を呼べと何度も申しておるのじゃが、へらへら笑うだけで一向に連れてくる気配がない」
(※注:料理長=給食のおばちゃん)
「最初の感想が飯かよ……。ってか『サギリ』って、担任の鬼頭先生のことか?」
「左様」
事も無げに頷く魔王の娘に、大地は頭を抱えた。
「お前なぁ。ちゃんと『先生』って呼べよ?普通、先生に面と向かって呼び捨てにする生徒はいねぇぞ?」
「むぅ……善処しよう」
ラビリスは少し不服そうに唇を尖らせ、視線を逸らした。
「で?飯以外に楽しみはないのか?」
「ぬ?」
大地が重ねて尋ねると、彼女はキョトンと首を傾げた。
その反応に、大地は少し焦りを見せる。
「え、他に楽しいことってないのか……?」
(まさか、給食以外に学校に行く目的がないのか……?)という彼の親心がザワザワと音を立て始めたその時。
「……あぁ、いや。ま、まぁ……メルやリッカに会うのも……その、悪くはないぞ」
ラビリスは結んでもらったばかりの三つ編みの先を指でくるくると弄りながら、ほんの少しだけ頬を染めて、ボソリと呟いた。
(この前の子たちか?……なんだ、そっちが本命なんじゃねぇか……)
大地の脳裏に、以前彼女がコンビニに連れてきた少女たちの姿が浮かぶ。
ホッと胸を撫でおろしつつ、素直に「友達に会うのが楽しい」と言えないラビリスの不器用さに、彼は思わずクスリと笑みをこぼした。
「な、何がおかしい!……あ、あやつらが勝手に付きまとってくるから、余は仕方なく相手をしてやっているだけであって――」
図星を突かれたのか、彼女はさらに顔を赤くして、あわてて早口で言い訳を並べ立てる。
「はいはい、ごちそうさま。お、もうすぐお前の番だぞ。俺は向こう側で待ってるからな」
必死に強がる魔王の娘の頭をポンと軽く撫でてから、大地は「がんばれよー」と手をヒラヒラさせながら、滑空の終着点となる向こう岸へと歩き出した。
「おのれ……すぐに子供扱いしおって」
撫でられた頭を押さえながら大地の向かった方を睨みつけていると、遊具の案内をしてくれている係員のお姉さんが朗らかな声をかけてきた。
「はーい。次、お嬢さんどうぞー!」
「む、余の番か?……うむ、苦しゅうないぞ」
偉そうな態度で進み出たラビリスに、お姉さんは慣れた手つきでターザンロープの先端にある丸い足場を差し出す。
「はい、じゃあそこに座ってもらえるかな?」
「こ、こうか?」
「うん、オッケー!それじゃあいくよ?しっかりロープを握っててねー!」
お姉さんが背中を軽くポンと押す。
その瞬間、ラビリスの体がふわりと宙に浮き、頭上のレールを滑車が転がる『シャーッ!』という甲高い音が響き渡った。
「おぉぉぉ!!な、なんという疾走感!!風が、風が余を祝福しておるわーっ!!」
頬を撫でる風を全身で受け止め、ラビリスは歓喜の声を上げた。
まさに空を駆ける魔王の娘。このまま一気に敵陣まで駆け抜け、大地の前へ颯爽と降り立つ――はずだった。
しかし、ターザンロープ特有の「中盤の沈み込み」に差し掛かったあたりで、滑車のスピードが予想以上にグンと増す。
「ふ、ふおぉぉぉおお!!?は、速い!速すぎるぞ!!」
想定外のスピードと迫りくる地面にビビり散らかしたラビリスは、小さな手足でロープにギュッとしがみついた。
だが、それも一瞬のこと。魔王の娘の適応力(?)か、徐々にそのスピードに慣れ始める。
(おぉ、す、すごい!風圧で顔が変形している気がするが、飛ぶように流れる景色が心地よいぞ!)
目を輝かせ、いまだかつてない疾走感に感動――したのも束の間。
滑車がスルスル……と情けない音を立てて、徐々に失速を始める。
「おぉ?な、なんじゃなんじゃ?何が起こっておる?」
風を切り裂くような勢いはどこへやら。
スピードはみるみるうちに落ちていき、ついにはピタッと完全に停止してしまった。
「…………は?」
彼女はロープにしがみついたまま、周囲を見渡す。
そこはスタート地点とゴール地点の、見事なまでに『ど真ん中』だった。
「…………」
はるか前方で待ち構えている大地と、ロープの真ん中で宙ぶらりんになっているラビリスの視線が、無言のまま交差する。
「……おーい。大丈夫か?」
呆れたような大地の声が風に乗って届く。
我に返ったラビリスは、顔を真っ赤にしてジタバタと足を動かした。
「なんじゃこれは、どうなっておる!?……ハッ!まさか罠か!?おのれ小癪な!」
「体重軽すぎて勢いが足りなかっただけだろ……。ちょっと待ってろ!」
ロープの真ん中に向かって駆け寄ってくる大地。
その容赦のない事実の宣告に、ラビリスはさらに激しく足をバタつかせた。
「か、軽すぎ……!?ぐぬぬぬぬぅ……!く、屈辱じゃあぁぁっ……!」
春の風に吹かれながら、ぽつんとロープの真ん中でぶら下がる魔王の娘。
見えざる罠に敗北した彼女の情けない叫び声が、平和な公園の空にこだまするのだった。




