☆69かいめ☆ 満ちる欺瞞、不穏な棍棒
「おし。ま、こんなもんだろ」
ベンチに座るラビリスの後ろに立ち、大地はヘアゴムをキュッと結んで手を離した。
「ほぅ、これは……。中々器用なことをするではないか」
ラビリスは胸元で揺れる2つの三つ編みを指先で摘まみ、感嘆の声を漏らした。
あの後。静電気で全方位に爆発した彼女の髪を封じ込めるため、二人は公園内にある売店へと駆け込んだ。
そこで急遽調達したヘアゴムを使い、大地が手際よくラビリスの銀髪を二つ結びの三つ編み――いわゆる『おさげ』にまとめたのである。
暴走していた呪いはすっかり治まり、編み込まれた銀髪が日の光を浴びてキラキラと輝いている。
「昔、姉貴の髪をまとめるのを散々手伝わされたからなぁ。……ま、こんなところでその経験が役立つとは思わなかったけどな」
大地は少し懐かしそうに苦笑しながら、ラビリスの隣に腰を下ろした。
「なるほど、そういうことであったか。……うむ、中々悪くないぞ。では今は亡きそなたの姉上の代わりに、今後、余の気が向いたときに髪を結うことを許してやろう」
「はいはい、ありがたき幸せ。っつか勝手に殺すな。めちゃめちゃ健在だっつーの」
大地のジト目交じりのツッコミを華麗にスルーし、ラビリスは真新しい三つ編みを揺らして元気よくベンチから立ち上がった。
「では、訓練の続きを開始するぞ!」
「あー、ちょっと待て。折角ここまで来たし、ちょっと腹ごしらえしようぜ。なんだかんだでもう昼になるしな」
再びアスレチックへ突撃しようとするラビリスのパーカーのフードをヒョイとつまんで引き止め、大地は売店のフードコーナーを親指で指し示した。
そこからは、フライドポテトや焼きそばなどの香ばしい匂いが漂ってきている。
その匂いに釣られたのか、ラビリスのお腹が『きゅるるぅ』と小さく鳴った。
「……ふむ。確かに少し腹が減ったな……。戦の前の兵糧補給も立派な軍略じゃしな」
少し頬を染めて誤魔化すようにお腹をさすりながら、ラビリスはコクリと頷いた。
売店のフードエリアに着くと、早速二人は本日のランチの品定めに入った。
「ふむ、何やら色々と種類があるのぅ。……『メロンパン』?ソーダに飽き足らず、パンにもメロンの魂を注入したのか……?」
棚に並んだメロンパンを見上げながら、ラビリスが真剣な顔で呟く。
「いや、それは見た目がメロンに似てるだけのパンだ。それ以外にメロン要素はない」
(※注:メロン果汁等を使用したメロンパンも存在しますが、大地の認識は基本形です)
「見た目だけでメロンを名乗るじゃと!?そんなことが許されるのか!?」
「まぁ言いたいことはわからなくもないが、美味いから許してやってくれ」
大地の適当な返しに「ぐぬぬ……」と納得のいかない様子のラビリスだったが、すぐに別のメニューへと視線を移した。
「む?これは……魚か?えらくこんがりと焼かれておるな。それに妙に太っておる」
彼女が指差したのは、保温ケースの中で並んでいる、鯛の形をした茶色い焼き菓子だった。
「あぁ、それは『たい焼き』だ。ちなみに魚じゃないぞ」
「はぁ!?魚の形をしておるのに魚ではないじゃと!?」
ラビリスは目を見開き、ケースの中のたい焼きと大地を交互に指差した。
「ま、まさかこれも見た目だけで別の名を騙る偽物か!?さっきのメロンといい、この世界の食の掟はどうなっておるのじゃ!この国の商人たちは、皆一様に民をたぶらかす詐欺師ばかりなのか!?」
「ばっ、声がデカい!……はぁ、別に誰も騙してねぇよ。これは『そういう名前のお菓子』なんだよ」
一人で憤慨する魔王の娘を呆れ顔で宥めつつ、大地はケースのガラスをトントンと指で叩いた。
彼の至極真っ当な説明を受けても、ラビリスはまだ納得がいかない様子だ。
「……もはやなんでもありではないか。そんなことで――むむ!?これは!」
文句を続けようとしたラビリスの瞳が、不意に同じ保温ケースに並べられている別の商品を捉えた。
「お、おいパパ!何故このようなところに『棍棒』が並べられておる!?ま、まさかこの世界の人間は武器をも食すと言うのか!?」
目を丸くしてガラスケースに張り付くラビリス。
その視線の先にあったのは――木の串の周りに、ふっくらとした黄金色の衣を纏わせた極太の物体。
いわゆる『アメリカンドッグ』である。
確かに、異世界の住人から見れば、小型のメイスに見えなくもない見事なフォルムだった。
「……そう来たか。や、見た目はそんなだけど、それは棍棒じゃねぇ」
大地の冷静な返しに、ラビリスは一瞬ポカンとしたが、すぐにポンッと手を打った。
「……ハッ!わかったぞ!これもまた、棍棒の名を冠する別の何かじゃろう!ふふん、さすがにからくりが読めてきたわ!」
これまでのパターンから見事な推論(?)を導き出し、ふんぞり返ってドヤ顔を決めるラビリス。
しかし大地から発せられた返答は、自信満々の彼女にとって極めて冷酷なものだった。
「いや、『アメリカンドッグ』だ」
「アメリカン……ドッグ!?つまりは『異国の犬』!ど、どこに犬の要素があるというのじゃ!?」
予想の斜め上を行くネーミングに、ラビリスは再びガラスケースに顔を近づけ、必死に黄金の棍棒から犬の面影を探して目を白黒させた。
「いや、なんでそこで言語魔法が発揮されんだよ。……あぁ、ちなみに犬要素は……」
大地の次に続く言葉にわずかな期待を寄せつつ、ラビリスはゴクリと喉を鳴らした。
「ない……!」
「なっ!?」
きっぱりと、そして一切の容赦なく言い切る大地。
その無慈悲な宣告に、ラビリスは小さな両手で頭を抱え込んだ。
「わ、わからぬ……この世界の命名の法則が一向に理解できぬぞ……!」
日本の混沌とした食文化の前に、魔王の娘は完全なる敗北を喫するのだった。
――数分後。
「で、結局それにすんのか」
会計を終え、商品を受け取った大地が店先で苦笑交じりに言った。
その視線の先、ラビリスの小さな手にはしっかりと『アメリカンドッグ』が握られている。
「ふん。棍棒の見た目でありながら異国の犬の名を冠する謎の食べ物……魔王の娘たる余が、この得体の知れぬものを解明せずして誰がやるというのじゃ」
彼女はフンスと鼻息を荒くして、黄金色の衣を纏う丸々とした棍棒を見つめた。
すぐ近くの空いているテラス席に腰を下ろすと、ラビリスは待ちきれない様子で棍棒に向かって大きく口を開いた。
「では早速いただくとしよう」
「ストップ。これを塗ってから食え」
がぶりと噛み付く寸前、大地が横から赤い小袋を差し出して制止した。
「む?なんじゃそれは」
「ケチャップだよ。前にオムライスにかかってたろ?」
「おぉ、あの赤いソースか。……ふん、なるほどな。それで『撲殺後の状態』を演出するというわけか」
ラビリスは一人で勝手に納得し、手元の黄金の棍棒を見つめながらニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「やめろよ……。そんなん食欲なくすだけだろ」
血塗られた棍棒を想像してしまい、大地は心底嫌そうな顔でツッコミを入れるのだった。
「では、改めて……いざ、尋常に勝負じゃ!」
大地にケチャップを塗ってもらったラビリスは、両手で串をしっかりと握りしめ、先端に向かって思い切り噛み付いた。
サクッ……ふわっ。
「――っ!!」
一口噛みしめた瞬間、ラビリスの真紅の瞳が見開かれた。
彼女の脳内を駆け巡ったのは、全く予想外の『第一波』だった。
(な、なんじゃ!?棍棒と見紛うほどの無骨な出で立ち……さぞ硬く猛々しい味かと思いきや……あ、甘い!?)
外側を覆う黄金の衣は、驚くほどサックリと軽く、そして中身はスポンジケーキのようにふんわりと柔らかかった。
ほんのりとした優しい甘さが、舌の上を優しく撫でていく。
それはまるで、戦場に舞い降りた聖女の慈愛。
だが、その安堵は、続く『第二波』によって一瞬にして打ち砕かれた。
パリッ……ジュワァァァッ!
「ふむぅぅぅっ!?」
甘い衣の防壁を突破した奥底。
そこに潜んでいた『ソーセージ』が、唐突にその凶暴な牙を剥いたのだ。
弾けるような皮の食感と共に、スモーキーな香ばしさと肉の塩気が口の中へ一気に押し寄せる。
(な、なんじゃこの相反する2つの属性は……!!)
外側の『光』と、内側の『闇』。
決して交わることのないはずの光と闇が、口の中で激突し――あろうことか、互いの旨味を見事に高め合っているのだ。
甘い衣がソーセージの塩気を引き立て、ソーセージの肉汁が衣の甘さをより奥深いものへと昇華させていく。
さらに、そこに合流してくるのが上に塗られた『ケチャップ』だ。
トマトの爽やかな酸味が、甘さと塩っぱさによる無限のループに絶妙な楔を打ち込み、決して飽きさせることのない完璧な統率をもたらしている。
「ふぐ、ふむむむむぅぅぅ……!!」
両手で串を握りしめたまま、ラビリスはワナワナと震え上がった。
「こ、これは棍棒のようなちゃちな武器ではない!信じられぬ……なんという恐るべき兵器じゃ!!」
「いや、そもそも武器じゃないって……ま、お気に召したならよかったよ」
大地の呆れたツッコミも意に介さず、ラビリスはすっかり虜になった様子で「はむっ、はむっ!」と、残りの棍棒を猛烈な勢いで平らげていくのだった。




