☆68かいめ☆ 亜空間に消えし魔王の娘
ラビリスが勢いよく突撃した先、チューブスライダーの入り口へ通じるルートには、太いロープが網目状に張り巡らされた『巨大なスパイダーネット』が立ち塞がっていた。
「むっ!こ、これは……!」
勢いそのままに駆け上がろうとしたラビリスは、ネットの手前で急ブレーキをかけ、警戒するようにバッと姿勢を低くした。
「もしや、アラクネの巣か!?おのれ……初手からアラクネを配置するとは下劣な!ここで一気に侵入者を絡め取る算段じゃな……!?訓練とは言え、油断は許されぬということか!」
「……お前のその想像力には相変わらず感心するけど、ただのロープだ」
後ろから歩いて追いついてきた大地が、呆れたようにツッコミを入れる。
言われてラビリスが周囲を見回すと、子供たちが「きゃはは!」と笑いながら、アラクネの巣(ただのロープ)をスイスイとよじ登っていく。
誰一人として無残に絡め取られている様子など微塵もない。
「……なるほど。さすがに訓練で本物のアラクネの糸は使わぬということか。確かに本物の糸であれば、触れた時点で動きを封じられ、無残に捕食されてしまうからのぅ」
「や、うん。なんかもうそれでいいや」
一人で納得してコクリと頷くラビリスに、大地は大きくため息をついた。
「あっちに階段があるから、無理にそこから登らなくてもいいぞ」
大地が少しだけ離れた場所にある迂回用の階段を指差すと、ラビリスは得意げに鼻を鳴らした。
「ふん。この程度の試練に屈する余ではないわ!パパよ、よく見ておくがよい!」
そう言い放つと、ラビリスは手足を器用に使い、スルスルと巨大なネットをよじ登り始めた。
(おぉ……。あいつ意外と運動神経もいいんだな。魔王の娘だから身体能力も高いのか……?こりゃますますチートじみてきたな)
下から見守る大地が、その身軽な動きに少しだけ感心して目を細めた、その時だった。
ラビリスがちょうど半分ほど登りきったあたりで、上の方から元気な小学生の男の子たちが「どけどけーっ!」とドタバタと勢いよくネットを駆け下りてきたのだ。
その動きによる強烈な反動で、太いロープの網全体が激しく揺れ始めた。
「ぬぉぉおっ!?な、なんじゃ!?砦が崩壊するのか!?それともアラクネが暴れておるのか!?」
予期せぬ足場の激震に、ラビリスはさっきまでの威勢の良さを完全に失い、情けない悲鳴を上げながらロープの結び目にセミのようにしがみついた。
「ちょ、待て!揺らすな!これ以上揺らすな下民どもーっ!落ち、落ちるぅぅ!」
手足の短い体で必死にロープにしがみつき、ぷるぷると震えながら網に張り付くその姿。
それは魔王の娘の威厳など微塵もない、完全に『ビビって動けなくなった子供』のそれであった。
(……うん、前言撤回。ただの子供だったわ)
大地は「おいおい……」と呆れ半分、心配半分で、その微笑ましくも情けない光景を見上げるのだった。
なんとかネットを登り切り、よろよろと立ち上がるラビリス。
「……くっ、酷い目に遭うたわ。おのれ、狂戦士どもが……!あれでは逆にアラクネを呼んでしまうぞ!」
「だから階段から来ればよかったのに」
迂回用の階段から涼しい顔で登ってきた大地が、呆れながら合流する。
息を整えたラビリスは、コホンと咳払いをして気を取り直すと、目の前の遊具――チューブスライダーの入り口を覗き込んだ。
「ふむ……。わずかな光しか届かぬ謎の空洞か」
赤や黄色のプラスチックで構成されたその滑り台は、筒状になっているため中が薄暗く、カーブの先がどうなっているのか全く見えない。
「……ふん、面白い。まるで亜空間へと繋がる転移門のようじゃな。この空洞の先がどこに繋がっておるのか見届けてやろうではないか!」
「下の出口だな」
「よかろう。余が先陣を切って飛び込んでやるわ!」
「聞けよ。……まぁいいや、気をつけて滑れよ」
大地の言葉を背に受け、ラビリスは意気揚々と暗闇のトンネルの中へと滑り込んでいった。
――シューーーーーッ!!
「ほぅ!これは中々に気持ちがよいぞ!」
最初は順調な滑り出しだった。
しかし、彼女のすべすべのお肌と、身につけている『パーカーとデニム』という布地が、プラスチックの接地面と(ある意味で)抜群すぎる相性を発揮し、思いがけない形で牙を剥いた。
カーブを曲がるたびに猛烈な勢いで加速していく。
「は?えっ!?は、速い!?想定以上の機動力じゃ……ッ!!」
おまけにトンネルの中は薄暗く、どこで曲がるのか予測がつかない。
強烈な遠心力とスピードに翻弄され、トンネルの中から「ひ、ひぃぃぃっ!?」「目が回るぅぅっ!?」という情けない悲鳴が響き渡る。
「……すげぇ声出してんな、あいつ」
先に下へ降りて出口で待っていた大地は、トンネルの中に反響する絶叫を聞いて苦笑した。
スポーンッ!!
やがて、射出されるようにラビリスがスライダーの出口から勢いよく飛び出してきた。
そのまま尻餅をつき、「あうぅ……」と目を回してへたり込む。
「おいおい、大丈夫か?だから言っただろ、気をつけて――……っ、ぶはっ!?」
手を差し伸べようとした大地は、ラビリスの姿を見た瞬間、思わず吹き出した。
「いてて……。な、なんじゃ?余がこれほどの試練を乗り越え生還したというのに、何を笑う……!」
不満げに睨みつけてくるラビリス。
しかし、大地の腹筋を崩壊させたのは、彼女の『頭』だった。
プラスチックのトンネルを猛スピードで滑り降りたことによる猛烈な摩擦。
その結果――ラビリスの美しい銀髪は強烈な静電気を帯び、全方位に向かってバチバチに逆立っていたのである。
「おまっ、頭!髪の毛、すげぇことになってんぞ!」
「む?髪じゃと……?余の髪に何か――ひぃっ!?な、なんじゃこれは!?」
自分の髪の毛が重力に逆らっていることに気づき、ラビリスはパニックに陥った。
慌てて両手でペタンと押さえつけようとするが、再びボワッと広がってしまう。
「おのれ人間ども!まさか空洞内にこのような狡猾な呪法を仕掛けておるとは……!ぐぬぬ、油断していたとは言え、さしもの余も気づかなんだぞ」
本人は至って真面目に戦慄しているのだが、逆立った銀髪でわなわな震えるその姿はひたすらにシュールだった。
「ひーっ、腹痛ぇ……っ!お前、こんなとこで『力の解放』してんじゃねぇよ……っ!」
「何が力の解放か!余の魔力は微塵も上がっておらんわ!……えぇい、笑っておらんでこの呪いを解けぇーっ!」




