☆66かいめ☆ 魔物襲来!?少女たちの顎を襲う、小さな刺客
ジュースで喉を潤し、ホッと一息ついたところ。
ラビリスが、ぽんぽんと自分のお腹を軽くさすり始めた。
(ふむ。喉が潤うたら、次は小腹が減ってきたのぅ……)
彼女は椅子から立ち上がると、売り場の棚で商品のフェイスアップ(奥まった商品を一番前に綺麗に並べ直す作業)をしている大地のもとへと、とことこと向かった。
イートインスペースに残されためると六華が、不思議そうにその小さな背中を見つめる。
「……パパよ。余は少し腹が減ってしもうたぞ。何か食べるものを所望する」
「ん?……まぁ、確かにもう夕方だし、腹が減る気持ちはわかるが……」
商品の整理をする手を止め、大地はチラリとイートインにいる少女二人を見やった。
「でも、もうすぐ晩飯の時間だからなぁ。今ガッツリ食べたら、あっちの二人が晩ご飯を食べられなくなっちまうだろ?」
「?……ならば、腹が減ったときに各々食べればよいのではないか?」
純粋な疑問をぶつけるラビリスに、大地は苦笑しながら首を振る。
「そうもいかねぇんだよ。ま、それぞれ家のルールってのがあるからな。俺たちの勝手で、二人が怒られたりしたら可哀想だろ?だからってお前だけが食べるってのも、なんか違う気がしないか?」
「なるほど。……むぅ、ならば致し方あるまい」
大地の『二人が親に怒られるかもしれない』という理屈に納得したのか、自分だけが満たされるのは違うと感じたのか、ラビリスは渋々といった様子で頷き、少しだけ肩を落とした。
普段とは違うその聞き分けの良さに、大地はフッと口元を綻ばせる。
「……まぁ、でも。晩飯の邪魔にならない程度の、軽いお菓子くらいなら大丈夫だろ」
「むっ?」
「ほら、あっちの棚。小さいやつを分けて食うなら、腹にたまらないからいいぞ。その辺のやつなら買ってやるよ」
大地が指差した先には、色とりどりのパッケージが並ぶお菓子コーナーがあった。
それを聞いた瞬間、ラビリスの真紅の瞳がパッと輝きを取り戻す。
「ほぅ!まことか!さすがはパパじゃ、話がわかるではないか!」
ラビリスは現金なほどに顔を輝かせると、タタタッと小走りでめると六華の待つ席へと戻っていった。
「待たせたな!パパの許可が下りたぞ!」
「何をしておりましたの?」
ラビリスは意気揚々とイートイン席に戻ると、首を傾げる二人をよそに、ビシッと棚の方を指差した。
「あそこの棚にある小さな菓子ならば、1つ買うてもよいそうじゃ!さぁ、我らで極上の菓子を選ぶぞ!ついて参れ!」
「あら、本当ですの?新田さんのお父様ってお優しいですのね」
「わぁい。じゃあ、みんなで見に行こっか」
めると六華も嬉しそうに立ち上がり、三人は連れ立ってお菓子コーナーへと向かった。
色とりどりのパッケージがずらりと並ぶ棚の前で、三人による『どれを分け合うか』の真剣な会議が幕を開ける。
「ふむ……。晩飯の邪魔にならぬ程度とはいえ、やはりここは『食べ応え』のあるものがよいのぅ。肉のように食いちぎる喜びが欲しいぞ」
腕を組みながらいかつい条件を提示するラビリスに、六華は呆れたようにため息をついた。
「お菓子にそのような野蛮な喜びは求めませんわ……。わたくしは、そうですね……この後家庭教師の時間ですし、頭を使うので甘いものがいいですわね」
『食べ応え』を求める魔王の娘と、『甘さ』を求めるエリートお嬢様。
意見が真っ二つに割れ、二人が「うーむ」と棚の前で唸っていると、間に入っためるがポンと手を打った。
「それなら……『グミ』はどうかな?」
「ぐみ……?なんじゃそれは。新種の肉か?」
聞き慣れない単語に、ラビリスは不思議そうに首を傾げる。
六華もまた、顎に手を当てて考え込んだ。
「どうしてそこでお肉が出てきますの?……グミって聞いたことはありますけれど、実際に食べたことはありませんわ。ゼリーのようなものでしょうか?」
「えっとね、これ!私が好きなグミなんだ」
二人の疑問に答えるように、めるが棚から1つのパッケージを手に取って差し出した。
それはフルーツのイラストが色鮮やかに描かれた、キラキラと光を反射する可愛らしい袋だった。
「ほほぅ……。この宝石のように輝く果実……悪くない意匠じゃ!」
「あら、本当。色鮮やかで、とても綺麗ですわね。わたくし、少し興味が湧きましたわ」
「でしょ?甘くて、むにむにしてて美味しいんだよ」
めるが勧める綺麗な見た目の未知のお菓子に、ラビリスと六華はすっかり好奇心を刺激された。
「よし、ではこれに決定じゃ!」
ラビリスはめるからグミの袋をひったくると、誇らしげな足取りで大地のもとへと戻り、それを突き出した。
「パパよ、我らはこれを所望する!」
大地は「はいよ」と袋を受け取ったが――そのパッケージの文字を見た瞬間、動きをピタリと止めた。
「……ん?」
彼はまじまじとパッケージを見つめ、それからイートインに戻ろうとする小さな背中を呼び止めた。
「おい、ちょっと待て。これ……『超弾力!ハードグミ(グレープ味)』って書いてあるぞ?」
「はーどぐみ?なんじゃそれは」
「いや、なんじゃって……え、大丈夫かお前ら?これ、大人の顎でも疲れるくらい、すげぇ硬いヤツだぞ……?」
大地の口から出た『すげぇ硬い』という注意喚起。
しかし、それを聞いたラビリスの反応は、大地の予想とは全く異なるものだった。いや、よくよく考えたら当然の反応だった。
「ほぅ……?」
ラビリスの真紅の瞳の奥で、謎の闘志が燃え上がった。
「この余の強靭な牙を以てしても『硬い』と申すか……!」
「いや、牙とかじゃなくて普通に顎が疲れるから、別の柔らかいやつにした方が……」
「ふん、よかろう!その挑発、乗ってやろうではないか!!」
「挑発してねぇよ」
「パパよ、早く代金を払うのじゃ!余が直々にその『はーどぐみ』なる菓子を嚙み砕いてくれるわ!!」
なぜか謎に闘争心を燃やしてフンスと鼻息を荒くする魔王の娘に、大地は「お、おぅ……」と圧倒されながら、言われるがままにレジのバーコードリーダーを当てるのだった。
意気揚々とイートインに戻ってきたラビリスは、早速ビリッとパッケージを破り、中から紫色の半透明な立方体――ハードグミを一つ摘み上げた。
「さぁ、リッカ、メル!そなたらも遠慮せずに食べるがよいぞ!」
「ありがとう。私、これ大好きなんだー」
めるが嬉しそうに手のひらへ受け取る一方で、六華は配られた紫色の小さなブロックを指の腹でツンツンとつつき、困惑したように綺麗な眉を寄せた。
「……なんだか、ゴムのような手触りのお菓子ですわね。お母様が取り寄せてくださるフルーツゼリーとは、随分と様子が違いますわ……」
その六華の感想と、指先に伝わってくる尋常ではない弾力。
ラビリスはハッと息を呑むと、紫色のブロックを照明の光に高く掲げ、ワナワナと戦慄した。
「……なるほど、そうきたか。この世界の人間どもが、食に関しては時に神をも恐れぬ執念を見せるのを忘れておったわ……!」
「新田さん……?」
「間違いない……これは魔物の素材!『スライムの核』じゃ!!」
「「???」」
突如として壮大なファンタジー設定をぶち上げた魔王の娘に、めると六華は揃って頭の上にハテナマークを浮かべた。
「……くっくっく、面白い!魔王の娘たる余が、下級の魔物風情を恐れる道理などない!……リッカ、メル!余に続くのじゃ!」
ラビリスの勇ましい号令と共に、三人は同時に紫色のグミを口に放り込んだ。
「おぉ、美味い――――むむっ!?」
ぶどうのフルーティーな風味に目を細めたのも束の間。
次の瞬間、ラビリスの眉間がギュッと険しく寄った。
「な、なんじゃこの凄まじい反発力は……!?噛み砕こうとしても、余の牙を押し返してきおる!!」
ラビリスは「ぬぐぐ……!」と唸り声を上げながら、顎に渾身の力を込めて未知の菓子と格闘し始めた。
普段食べている肉やパンとは次元の違う、ハードグミ特有の『ぐにぐにとしたゴムのような弾力』に、魔王の娘の顎が早くも悲鳴を上げているのだ。
「くっ……!スライムの分際で、死してなおこの余に抗うというのか……!」
「……新田さん、それただの硬いグミだよ?」
一人で死闘を繰り広げるラビリスの横で、めるが不思議そうに首を傾げながら、もきゅもきゅとマイペースに咀嚼している。
一方、初めて『ハードグミ』という未知の物体を口にしたエリートお嬢様・六華はというと――。
「んんっ……!?こ、これは……なんという……硬さ……っ!」
清楚な顔立ちをわずかに歪ませ、口元を手で隠しながら、必死に顎を動かしていた。
お嬢様としての優雅さを保とうとしているのだが、グミの強烈な弾力がそれを許さない。
結果として、上品な姿勢のまま、ものすごいスピードで顎だけがカミカミと稼働するというシュールな光景が生み出されていた。
「でも……噛めば噛むほど、ぶどうの甘い果汁が染み出してきて……不思議と、負けたくない気持ちになりますわ……っ!」
「その意気じゃリッカ!共にこのスライムを打ち倒すぞ……!」
「はい……っ!わたくしの、顎の力で……っ!」
ただグミを食べているだけなのに、なぜか謎の連帯感を抱き、手に汗握る連携プレー(?)を始めるラビリスと六華。
その傍らで「美味しいねー」とマイペースにグミを食べているめる。
「……お前ら、顎外すなよ」
レジカウンターの中から、大地は呆れたように苦笑を浮かべていた。
(※この後、スライム討伐を終えたラビリスと六華が「顎がだるい……」とさすりながら帰路についたのは、言うまでもない)




