☆65かいめ☆ 祝杯を掲げよ!窓際で開かれた小さな宴
「さぁ、見るがよい!これがこの城が誇る『魔法の薬』の数々じゃ!」
ラビリスが胸を張って案内したのは、壁一面に設置された飲料用の大型冷蔵ショーケースだった。
「まぁ……!色とりどりのジュースが、こんなにもたくさん……」
六華が目を丸くしてガラス越しに並ぶペットボトルを見つめる。
エリートお嬢様にとって、これほど多種多様なジュースがズラリと並んでいる光景は新鮮そのものだった。
「ふふん。どれでも好きなものを選ぶがよい。パパが奢ってくれるからな!」
(※まだ大地の許可は取っていない)
「え、いいの?……えぇっと、それじゃあ私はリンゴのジュースにしようかな。天羽さんは?」
「そ、そうですわね。……あら、この黒い飲み物はなんなのかしら?コーヒー?」
六華が不思議そうに指差したのは、赤いラベルが貼られたペットボトルに入った黒い液体だった。
「ほぅ。リッカよ、それに目をつけるとは中々やるではないか」
ラビリスは腕を組み、かつて自分が初めてそれを飲んだ時の衝撃を思い出すように、ひどく得意げに語り出した。
「それは『こーら』という名の錬金薬じゃ!口に含んだ瞬間、パチパチと牙を剥いて喉を攻撃してくる凶暴さを持ちながら、その後には心を癒やす気高い甘みと清涼感がやってくる……恐ろしくも素晴らしい代物じゃぞ!」
「き、牙を剥いて攻撃……?普通の飲み物ではありませんの?」
魔王の娘の物騒な食レポに六華は少し怯んだが、エリートお嬢様の未知への好奇心が勝ったらしい。
「……そこまでおっしゃるなら、試してみませんとね。私はこれにしてみますわ」
めると六華がそれぞれペットボトルを手に取ると、ラビリスも得意げに緑色の液体が入ったボトルを鷲掴みにした。
「よし、ではこの戦利品を持って眼鏡の下へ向かうぞ!」
三人が連れ立ってレジへと向かうと、そこには依然として完璧なコンシェルジュスマイルを浮かべた蓮が待機していた。
その時である。
「あー、蓮。悪いんだけど、ヒナが来る前にフライヤーの補充を――」
バタンと奥の扉が開き、大地が姿を現した。
「む、パパよ!やはりそこにおったか!」
「ぶっ!?」
いきなり響いた聞き慣れた声に、大地は目を剥いた。
視線の先には、ドヤ顔でメロンソーダを掲げる銀髪の少女。
そしてその後ろには、明らかに「育ちが良さそう」な気品ある美少女と、小動物のように愛らしい少女が、ちょこんと立っていた。
「ラ、ラビリス!?お前、なんでここに……って、その後ろの子たちは……?」
「こんにちは。新田さんのクラスメイトの、天羽六華と申します」
「こ、こんにちわ。露原めるです……!」
六華が優雅にお辞儀をし、めるがペコリと頭を下げる。
その光景に、大地は一瞬、思考が停止した。
(……クラスメイト?ラビリスが、初日から、同じクラスの子と一緒に……?)
ついこの間まで「下民が!」だの「魔王の娘ぞ!」だのと言って騒いでいた、あの世間知らずで態度のデカいラビリスが。
学校という未知の環境で、一緒に寄り道をするような関係を築いている。
「…………」
大地の胸の奥から、なんとも言えない熱いものが込み上げてきた。
それは間違いなく、保護者としての安堵と、小さな成長への感動だった。
「……おい、パパ?どうしたのじゃ?……すまぬが、この魔法の薬の代金を払ってはくれぬか。こやつらの分も頼みたいのじゃが……」
訝しげに首を傾げるラビリスに、大地はハッと我に返った。
そして、込み上げてくるニヤニヤ笑いを必死に噛み殺しながら、レジカウンターへと歩み寄る。
「……おう。初日の『凱旋』祝いだ。好きなもん飲め」
大地は自分の財布を取り出すと、三人のジュース代をポンと支払った。
「ふはは!さすがはパパじゃ、話が早い!……ほれ、二人とも受け取るがよいぞ!」
「ありがとうございます、新田さんのお父様」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうにジュースを受け取る三人の姿を、大地はただただ目を細めて見守っていた。
(そしてその横では、蓮が「尊い……新たな友情、尊い……」と限界ギリギリの顔でレジを打っていた)
「よし、では外で祝杯をあげるぞ!」
意気揚々と自動ドアに向かおうとするラビリスたちを、大地が慌てて引き留めた。
「おいおい、待て待て。外の駐車場は車の出入りがあって危ないから、そこで飲むのはやめとけ」
「む?ならばどこで飲めばよいのじゃ?」
「あっちの窓際にある机と椅子を使え。イートインスペースっつって、買ったものをそこで飲食していい場所だから。……ただし、他のお客さんの迷惑にならないように、絶対に大声で騒ぐなよ?」
大地が指差した先には、外の景色が見えるカウンター席がいくつか並んでいた。
「ほぅ!この城には城内での宴を許可する特別な場所まであるのか!気が利くではないか!」
「宴じゃねぇよ。静かに飲めっつってるだろ」
大地の念押しに、ラビリスが「わかっておるわ」と口を尖らせると、三人はカウンター席へと並んで腰を下ろした。
「さぁ、リッカよ。いよいよその『こーら』の封印を解く時じゃ!」
「え、えぇ。なんだか少し緊張しますわね……」
ラビリスの無駄に仰々しい煽りを受けて、六華はゴクリと息を呑み、赤いラベルのペットボトルを見つめる。
そして、意を決してキャップに手をかけ、ゆっくりと捻った。
プシュッ!
「ひっ!?」
中から漏れ出した鋭いガスの音に、六華はビクッと肩を跳ねさせた。
エリートお嬢様である彼女は、これまで果汁100%の高級ジュースやハーブティーしか口にしたことがなく、当然『炭酸飲料』というものに触れるのもこれが初めての経験だった。
「ふはは!怯えることはない!さぁ、飲んでみるがよい!」
ドヤ顔で促す先輩に見守られながら、六華は恐る恐るボトルを傾け、その漆黒の液体を一口、口へと含んだ。
「――――ッ!?」
次の瞬間、六華の清楚な瞳が限界まで見開かれた。
(な、なんなんですの、この飲み物は……!?口の中で弾けて、チクチクと刺激してきますわ!?新田さんの言っていた通り、まるで本当に噛み付かれているような……!!)
炭酸の強烈な刺激に驚き、思わず吐き出しそうになるのを、お嬢様としての意地と品格でギリギリ堪えて飲み込む。
しかし、喉元を過ぎた後に訪れたのは、痛みではなく、突き抜けるような爽快感だった。
「……ふぅっ」
カラメルのような独特の甘い香りが鼻に抜け、喉の奥がスッキリと冷やされる感覚。
「どうじゃリッカ!驚いたであろう!?」
ラビリスが身を乗り出して感想を求める。
六華は小さく咳払いを一つすると、ほんのりと頬を赤く染めながら、ゆっくりと口を開いた。
「……驚きましたわ。最初は口の中が弾けて痛いと感じましたけれど……その後のスッキリとした感じが、なんだか……とても、クセになりそうですわ」
「ふははは!そうじゃろう、そうじゃろう!余が認めた代物じゃからな!」
まるで自分の手柄のように大威張りするラビリス。
彼女はふんぞり返ったまま、得意げに鼻を鳴らした。
「くくく。まぁ、余ぐらいの強靭な精神力であれば初見でも驚きもせなんだが(大嘘)、そなたはきっと驚くと思うておったぞ」
「まぁ……。新田さんはこれを初めて飲んだ時も、まったく動じなかったんですの?」
六華が感心したように目を丸くして尋ねる。
実際には、初めてコーラを飲んだ時のラビリスは、喉を押さえて「毒を盛ったな!」と大騒ぎしていたのだが、ここでそんな真実を語る魔王の娘ではない。
「当然じゃ!余にかかればこの程度の刺激など、心地よいそよ風のようなものよ!」
とんでもない見栄を張って言い切るラビリス。
しかし、その場にいるめるも六華も、そしてレジの奥で壁に寄りかかっている限界紳士も、誰もその嘘を指摘できるはずはなかった。
唯一の目撃者であり真実を知る大地だけが、レジカウンターの中で(どの口が言ってんだ……)と呆れながら肩をすくめていた。
「すごいですわね。わたくしなんて、さっきは少しドキッとしてしまいましたのに」
「ふふん!まぁ、そなたも精進することじゃな!」
素直に感心する六華に対し、ラビリスはますます上機嫌でメロンソーダのペットボトルを傾けた。
「私は炭酸苦手だから、二人ともすごいよ!」
上品に笑う六華と、自分のリンゴジュースをちびちび飲みながらニコニコしているめる。
その平和で可愛らしい三人の姿を、少し離れたレジの中から、大地は優しい眼差しで見守っていた。
(そしてその後ろでは、限界を迎えた蓮が「奇跡のティーパーティー……尊い……」と壁に寄りかかって天を仰いでいた)




