☆58かいめ☆ 開かれた聖典。それは少女を救う希望の言葉?
「はぁーい。それじゃあ、新田さんの席は……あそこの、天羽さんの後ろだねぇ」
鬼頭先生が手で差したのは、六華の後ろの空席だった。
クッキーを握りしめた少女の隣でもある。
ラビリスは「うむ」と頷き、堂々とした足取りで自分の席へと向かった。
そして、彼女がランドセルを机の上に置いて座ると、前に座るお嬢様がわくわくした様子で振り向いた。
「素晴らしい自己紹介でしたわ。私は天羽六華。何かわからないことがあれば、なんなりと聞いていただければ結構ですわ」
その堂々とした態度と、キラキラと自信に満ちた瞳。
ラビリスは「ほぅ」と感心したように顎に手を当てた。
「あもー……リッカ、か。ふむ、よい面構えじゃ。そなた、(人間にしては)中々の覇気を持っておるな。……くくく、よかろう。そなたの実力、余が直々に見極めてやろうではないか」
「あら、光栄ですわね。 私、これでも一年生の時は学年主席でしてよ?……ふふふ、あなたこそ私のライバルに相応しいかどうか、見極めさせていただきますわね」
「くくく」「ふふふ」と不敵な笑みを向け合う二人。
バチバチ……に見えなくもないが、何か通じ合うものがあるのだろうか、むしろ、お互いに「面白くなってきた」とばかりの様子だ。
「……まぁいいですわ。その独特な世界観、大物感があって嫌いじゃありませんわ。これからよろしくお願いいたしますわね、新田さん」
「うむ!苦しゅうないぞ」
早くもエリートお嬢様と謎のライバル関係を築き上げていると、ふいにラビリスの鼻がピクッと動いた。
「……む?なにやら、ふんわりと甘く、食欲をそそる匂いがするな……」
彼女が視線を横に向けると、隣の席でビクッ!と肩を跳ねさせた小動物のような少女と目が合った。
クッキーを握りしめていた少女である。
「ひっ!?あ、えと……そ、その……っ」
突然魔王の娘に見つめられ、彼女はパニックになりながら机の下でクッキーの袋をギュッと抱きしめる。
(ど、どうしよう!?匂いが漏れないように、しっかりと縛ってきたはずなのに……!)
ハラハラと涙目になる少女。
しかし、ラビリスは怯える彼女をじっと観察した後、続けて声をかけた。
「……そなた、名はなんという?」
「つ、『露原……める』……」
「ふむ……。メルよ、そう怯えるでないわ。余は、そなたの持つその甘い匂いに……ひじょーに興味がある。後程詳しく聞かせてもらうぞ」
ラビリスは腕を組んでニヤリと笑みを浮かべた。
めるはパチクリと目を瞬かせ、恥ずかしそうに俯いた。
「……う、うん」
(……やっぱり、怖くなさそう)
その裏表がなく自信に満ちた笑みに、めるの表情が少しだけふわりと綻んだ。
「うんうん、みんな仲良くなれそうでよかったねぇ。それじゃあ、配り物するから前を向いてねぇ〜」
鬼頭先生ののんびりした声で、ラビリスの初めての「クラスメイトとの会話」は一旦幕を閉じた。
前に座るは、強気で真っ直ぐなお嬢様。
隣に座るは、甘い匂いを漂わせる小動物のような少女。
大地の心配をよそに、魔王の娘はさっそく、これからの学園生活を共に歩む強烈な「仲間たち」と奇妙なスタートを切っていた。
――十数分後。
今日は始業式のみで授業はないため、明日からの時間割や給食の献立表などのプリント類が配られ、あっという間に終わりの会となった。
(配られたプリントの中で、ラビリスが『献立表』という謎の予言書に凄まじい執着を見せていたのはまた別の話である)
「それじゃあみんな、また明日ねぇ。さようならぁ〜」
鬼頭先生がほわほわと手を振って教室を出ていくと、同時に子供たちの緊張も解けた。
そして、当然のように――。
「ねぇねぇ!新田さんってどこから来たの?」
「髪の毛すっごい綺麗!地毛なの!?」
「ハーフ?ねぇ、英語しゃべれる!?」
ラビリスの席の周りには、新しく加わった仲間に興味津々のクラスメイトたちが、わっと群がってきた。
「おぉ……な、なんじゃなんじゃ!?……えぇい、近う寄るな!余は見世物ではないぞ!」
威厳を保とうとするものの、次から次へと飛んでくる無邪気な質問攻めに、さしもの魔王の娘も完全にたじたじになっていた。
一人一人に言い返す暇もなく、小さな肩が子供たちの波に揉まれていると、バンッ!と前に座っていた六華が机を叩いて立ち上がった。
「皆様、少し落ち着きなさいな!新田さんが困ってらっしゃるでしょう!?」
凛とした声に、群がっていたクラスメイトたちがピタリと動きを止める。
「今日は慣れない学校で疲れているはずですわ。どうしても聞きたいことがあるなら、明日以降にするべきではなくて?」
なぜか当然のようにリーダーポジションに収まっている六華だが、その堂々たる仕切りのおかげで、わちゃわちゃとしていたクラスメイトたちも「ごめーん」「また明日ね!」と散っていった。
「……ふぅ。大儀であったぞ、リッカよ。危うく飲み込まれるところであったわ。……恐るべし、人間の子供」
「ふふん。これくらい当然ですわ」
やれやれと息を吐くラビリスと、ふんぞり返る六華。
そんな教室の中心の騒ぎを、めるは自分の席からそっと見つめていた。
(……やっぱり、私なんかが入っていけないよね)
六華のように堂々と助け舟を出すこともできず、ただ見ているだけだった自分。
手に握りしめた手作りクッキーの袋が、急に場違いなものに思えてくる。
(……クッキーは、また今度にしよう。はぁ、また誰にも渡せなかったな……)
めるは小さく息を吐くと、ランドセルを背負い、二人に気づかれないようにそっと教室の後ろの扉へと向かって歩き出した。
しかし。
「――おい。どこへ行くつもりじゃ、メル」
「ひゃっ!?」
帰りかけた彼女の腕を、ガシッと掴んだ手があった。
振り返ると、そこには真紅の瞳をギラつかせたラビリスが立っていた。
「あ、えっと……」
「忘れたとは言わさぬぞ。……さぁ、そなたの隠し持っているその『甘い匂いの正体』、とくと見せてもらうとしようか!」
見世物にされて困っていたはずの魔王の娘は、絶対に見逃さないとばかりの鋭い笑みを、小動物のようなめるに向けていた。
「あ……こ、これは、その……」
腕を掴まれためるは、咄嗟に両手を後ろに回し、可愛らしくラッピングされたクッキーの袋を背中に隠した。
その姿は、キツネに追い詰められたウサギそのものだ。
「……?そなた、先ほどから何をそう怯えておる?言いたいことがあるならハッキリと申せ」
逃がさないとばかりに見つめてくる真紅の瞳。
そこに悪意や威圧感はないのだが、あまりにも真っ直ぐすぎる視線が、生来の引っ込み思案である彼女を、さらに萎縮させてしまう。
「えっと……あの……」
言葉を紡げず、視線を泳がせてハラハラと涙目になる少女。
そんな彼女を見かねて、六華が横からスッと割って入った。
「新田さん、露原さんはとっても人見知りなんですの」
六華は困ったように肩をすくめ、めるを庇うように少しだけ前に出た。
「私も一年生の時に何度かお話ししようと話しかけたりしましたが、ずっとこんな感じでおどおどとしていましたもの。悪気はないのでしょうけれど、無理に聞き出そうとせず、そっとしておいてあげたほうがよろしいのではなくて?」
それは、六華なりの優しさだった。
めるがクラスで孤立しているわけではないが、誰に対しても怯えたように接してしまうため、周囲も「そういう子」として適度な距離を保っていたのだ。
しかし、その言葉を聞いたラビリスは、鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ふん、解せぬな。気を使って距離を置くなど、それではいつまで経っても平行線ではないか」
そして、彼女は「仕方あるまい」とため息混じりに呟くと、ビシッとめるを指差し、ひときわ威厳に満ちた声で言い放った。
「……おい、メルよ。そなたに、『マジプリ』第52節『深淵に沈む真実』にて、ヴィオレが言うておった言葉を聞かせてやろうではないか!」
「……は?」
「マ、マジ……プリ?」
突然飛び出した謎の単語に、六華はポカンと口を開け、めるも涙を引っ込めてきょとんとした。
そんな二人の戸惑いなどお構いなしに、ラビリスは「うむ。心して聞くがよいぞ」と重々しく頷き――コホンッ、とわざとらしく咳払いをした。
そして、まるで大舞台に立つ役者のように天を仰ぎ、アニメのキャラクターの真似をした少し大人びた声色で、高らかに詠唱を始めた。
「……『沈黙は盾じゃない、自分を閉じ込める檻だよ。本音をぶつけ合うのは「拒絶」のためじゃない。お互いの色を知って、もっと眩しい色を見つけるための「輝き」なんだ。……だから、君が声を上げない限り、世界は灰色のまま動かないんだよ!』」
「「…………」」
静まり返る教室。
窓から降り注ぐ春の陽光に照らされながら、魔王の娘が放った女児向けアニメのセリフは、不思議なほどの熱量と謎の説得力を持って、めるの小さな胸の奥底へと真っ直ぐに突き刺さったのだった。




