☆57かいめ☆ ドキドキの自己紹介?これが余の覇道なり!
少しだけ時間を遡る。
始業式を終えた直後、枢星学園小等部の二年生の教室では、久しぶりに再会した子供たちの楽しげな声が響いていた。
「春休みは軽井沢の別荘に行っててさ。乗馬のライセンスを取ったんだ」
「へぇ、いいな。僕は春の全国模試の成績が良かったから、パパに最新スペックのパソコンを買ってもらったよ。これでプログラミングの勉強をするんだ」
小学二年生とは思えない、エリート校特有のハイレベルな会話が飛び交う教室内。
「ふふん、皆様それぞれ充実した春休みを過ごされたようですわね!ですが、今年の学年首席もこの私、『天羽 六華』がいただきますわ!」
ひときわ通る自信に満ちた声で言い放ったのは、美しいツヤのある髪を揺らす少女。
嫌味のない堂々としたお嬢様っぷりに、周囲のクラスメイトたちも「六華ちゃんには負けないよ!」と笑い合い、良いライバル関係を築いていることが伺える。
一方、その六華の斜め後ろの隅の席で、小動物のようにキュッと肩を縮めている少女がいた。
(……みんな楽しそう。私も一緒にお話ししたいな……)
一年生からの持ち上がりクラスとはいえ、生来の引っ込み思案である彼女にとって、教室の眩しいほどの活気に飛び込むには勇気が必要だった。
彼女は机の下で、可愛らしくラッピングされた小さな袋をぎゅっと握りしめていた。
中に入っているのは、春休みに試行錯誤して焼き上げた自信作のクッキーだ。
(こ、今年こそ、自分から『これ、作ってきたの』って渡すんだから……!うぅん、やっぱり無理かも……)
一人でハラハラと葛藤している少女。
そんな教室の平和な空気が、ガラガラと前扉が開く音でピタリと止まった。
「はぁーい、みんなぁ。少しお話しするのをストップしてもらえるかなぁ?」
ほわほわとした空気とともに現れた鬼頭先生の間延びした声に、優秀な生徒たちはスッと私語をやめ、姿勢を正して彼女に視線を向ける。
「えっとねぇ、今日はみんなに、重大なお知らせがありまぁす」
ニコニコと笑顔で話す彼女から、次に続く言葉を待つ生徒たち。
静かになった彼らを見渡すと、鬼頭先生は満足そうに目を細めた。
「うん。それじゃあみんな、席についてぇ〜。なんと、今日からこのクラスに新しい仲間が増えます。これからそのお友達を紹介しまぁす」
その言葉に、教室内が再びざわめいた。
新設校とはいえ、エスカレーター式のエリート校において、このタイミングでの編入生は極めて珍しいからだ。
(編入生……!途中から進学校に入るなんて、一体どれほどの学力を持ったライバルですの!?)
六華が、期待に満ちた鋭い視線を入り口に向ける。
(新しい仲間……。や、優しい子だといいな……)
隅にいた少女が、不安そうに手元のクッキーの袋を握り直す。
それぞれの期待と好奇心が入り混じる中、鬼頭先生が廊下に向かって優しく声をかけた。
「……それじゃあ新田さん、入ってきてもらえるかな?」
その声に応えるようにガラッと教室のドアが開かれる。
そして、少し緊張した面持ちをしつつも、堂々とした足取りで一人の少女が教室へと入ってきた。
教壇の前に立ち、ラビリスはゆっくりと顔を上げた。
(……おぉ)
30人ほどの、自分と同じくらいの背丈の子供たちが、整然と並んだ机に座り、一斉にこちらを見つめている。
人形のように端正な彼女の容姿に見惚れる者。興味津々に目を輝かせている者。あるいは、編入生の力量を推し量るように観察している者……。
いくつもの視線、いくつもの意志。
それは、城の奥深くで「魔王の娘」として孤独に生きてきた彼女にとって、初めて体験する『同年代の集団』という未知の光景だった。
(これが……これが学校……。この中に余の友となるものが本当にいるというのか……?)
大きな期待と少しの不安。
ラビリスは、一人ひとりの表情からその心中を窺うように、ゆっくりと教室を見渡す。
「……えっとねぇ、この子が今日からみんなと一緒に勉強することになった、『新田ラビリス』さんです。みんな、仲良くしてあげてねぇ」
ほわほわとした鬼頭先生の声が、静まり返った教室に響く。
特待生であるという事実は、大地の「普通の生徒として接してあげてほしい」という願い通り、伏せられているようだった。
「それじゃあ新田さん。みんなに、ご挨拶できるかな?」
鬼頭先生に促され、ラビリスは「うむ」と頷いた。
そして、前列の生徒たちを見据え、大きく息を吸い込む。
(大地よ、見ておれ。余の完璧な擬態、見事やり遂げてみせようぞ)
車の中での「普通の小学生として振る舞え」という大地の必死の形相が脳裏をよぎる。
そう。彼女は今、世を忍ぶ仮の姿。
ここはただの『あらた らびりす』として、無難かつ平和的な挨拶をしなければならない。
「よ、余は……あ、いや……余の名は……」
しかし、いざ言葉を発しようとした瞬間。
慣れない「普通」を演じようとするプレッシャーと、生まれて初めて同年代の視線を一身に浴びるという未知の緊張感が、彼女の喉をカラカラに乾かせた。
(……えぇい、なんじゃ!たかが人間の子供を、魔王の娘たるこの余が恐れているというのか!?……普通とは一体なんじゃ?どうすれば……)
頭の中で言葉が空回りし、魔王の娘は不覚にもキュッと唇を噛んで俯いてしまった。
ざわざわと教室が小さく揺れる。
「緊張してるのかな」「外国人?ハーフかな?」「名前、かっこいいですわね」と、子供たちの無邪気なさざ波が広がる。
(……くっ、この余が、たかが挨拶ごときで……)
その時だった。
ポン、と頭の上に柔らかい感触が乗った。
「だぁいじょうぶだよぉ、ラビリスちゃん」
鬼頭先生が、しゃがみ込んでラビリスと視線を合わせ、ほわほわとした笑顔を向けた。
「先生にお話ししてくれた時みたいに、自分らしく、自分のことを紹介すればいいんだよぉ」
「……自分らしく」
それは、先ほどの理事長室で、ラビリスが名乗った時のことを指しているのだろう。
鬼頭先生の、一切の嘘偽りがない、すべてを包み込むような全肯定の笑顔。
その言葉に、ラビリスの肩からスッと無駄な力が抜けた。
(……そうじゃ。自らの姿を偽るなど、それこそここに来た意味がなくなるではないか!)
ラビリスは顔を上げ、小さく「ふっ」と息を吐いた。
真紅の瞳に、本来の力強い光がスッと宿る。
「よく聞け、人間ど……あ、いや、同胞たちよ!」
ラビリスは堂々と胸を張り、教室中に響き渡る声で高らかに宣言した。
「余は『新田ラビリス』!この世界の理を学び、さらなる高みへと至るためにここへやってきた!じゃが案ずるな!いかに余の力が強大であろうとも、そなたらを置いていくことはない!共に競い、共に研鑽を積もうではないか!」
ビシッと前方の生徒たちを指差し、魔王の娘らしい(少しだけ妥協した)完璧な自己紹介をキメる。
「………………」
その瞬間、教室は静寂に包まれた。
エリート小学生たちは、目を丸くして教壇の上の銀髪の少女を見つめている。
大地の言いつけである『普通の小学生』という枠からは、遥か銀河の彼方まで逸脱した挨拶であった。
しかし、一瞬の静寂の後。
教室には「なんだかすごいヤツが来た」という、戸惑いと、それ以上の期待が入り混じった熱を帯びたざわめきが広がっていった。
「高みって……つまり、トップを目指すってことだよね?」
「強大な力って、何かスポーツとか武道とかやってるのかな……!?」
「一緒に研鑽を積もうだなんて、すっごく立派だよね!」
「なんか変な話し方だけどかっけぇ!!」
「ほわぁ〜。ラビリスちゃん、とってもかっこいいご挨拶だったねぇ。えらいえらい」
ざわつく教室の中で、鬼頭先生だけは変わらぬ笑顔でパチパチと拍手し、彼女の『個性』を全肯定して受け入れていた。
そして、その言葉を誰よりも好意的に解釈した者が、教室内にもう一人いた。
(この世界の理を学び、さらなる高みへ……。そして共に、ですって?)
天羽六華は、教壇でふんぞり返るラビリスを真っ直ぐに見つめ、口元に好戦的な笑みを浮かべた。
(なんという意識の高さですの!?途中からこの学園に入ってくるだけあって、相当な自信と向上心の持ち主のようですわね……。ふふっ、この天羽六華のライバルとして不足はありませんわ。……これは面白くなってきましたわ!)
「覇道」という魔王ムーブな主張を、「向上心」というベクトルで完全に受け止めた六華の瞳に、ギラギラとしたライバル心が燃え上がる。
一方、教室の隅の席に座る少女は、パチクリと目を瞬かせていた。
(……なんだか、とっても不思議な人。でも……)
「人間ども」と言いかけて慌てて訂正したり、「置いていくことはない」と謎の上から目線で優しさをアピールしたりするその姿に、彼女はクスッと小さく微笑んだ。
(……怖い人じゃなさそうで、よかった)
握りしめていたクッキーの袋から、少しだけ力が抜ける。
大地の心配をよそに、ラビリスの初登校・初挨拶は、エリート校の子供たちの前向きな(?)勘違いと、天然教師の圧倒的な包容力によって、見事な大成功を収めたのだった。




