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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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☆56かいめ☆ いざゆかん!憧れの学園生活へ!

指定品の絶望のお会計から数日後。

いよいよ明日は、ラビリスが枢星(くるるぼし)学園へと初登校する日だ。



この数日間、大地の生活は文字通り嵐のように過ぎ去っていった。

仕立て上がった制服の受け取りに始まり、指定された細かい文房具の買い出し。

さらに学校側からは、授業で使う最新型のタブレット端末や、ランドセルに取り付ける防犯用のGPSタグなどがドサリと支給され、その設定だけでも一苦労だった。


そして、小学生の親が必ず通る地獄の登竜門――「お名前シール貼り」である。

米粒のような備品に至るまで、極小のシールを一つ一つ貼っていく狂気の作業だ。

こればかりは大地一人でどうにかなる量ではなく、蓮の精密機械のような作業効率と、ヒナの「デコる」勢いを借りて、数日がかりでなんとか終わらせたのだった。



「……よし。これで全部、か」


初登校前日の夜。

アパートの部屋で、大地は最後のノートに名前シールを貼り終え、大きく背伸びをした。

テーブルの上には、これからラビリスが使う真新しい教科書や文房具が綺麗に揃えられている。


ふと見ると、隣に座っていたラビリスが、自分の筆箱に貼られた名前シールをジッと不思議そうに見つめていた。


「どうした?曲がってたか?」


大地が尋ねると、ラビリスは首を傾げてシールを指差した。


「大地よ。なぜ余の持ち物には、すべて名の上に『あらた』という文字が刻まれておるのだ?」


「あぁ、それか」


ラビリスの世界、もしくは魔族には、おそらく「ファミリーネーム(苗字)」という概念がなかったのだろう。

彼女自身、この世界に来てからずっと「ラビリス」としか名乗っていなかった。



「この国ではな、名前の前に『苗字』がないと色々とおかしい……というか存在しないんだよ」


「ふむ……。しかし、これはそなたがじじに呼ばれていた名であろう?なぜ、同じ名を使うのじゃ?そもそもなぜ、魔王の娘たるこの余が、人間の名を冠さねばならぬのじゃ」


ラビリスの当然の疑問に、大地は少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。


「そりゃまぁ、なんつーか、宣誓供述書まで出して俺がお前の『正式な保護者』として責任を持つって決めたからな。……それに」


彼は筆箱を取り上げ、そこに貼られた『あらた らびりす』という少し不格好なひらがなのシールを指でそっと撫でた。


「『新田』って同じ苗字を名乗るのは、その……お前が俺の『家族』だって意味になるんだよ。……なんか、文句あるか?」


照れくさそうに、けれどまっすぐに見つめてくる大地の言葉に、ラビリスはパチクリと目を瞬かせた。

そして、じっとシールの文字を見つめ返し――やがて、フイッとそっぽを向いて腕を組んだ。



「……ふ、ふんっ。魔王の娘たるこの余が、下等な人間の名を冠するなど、本来であれば万死に値する大罪じゃぞ」


口を尖らせて偉そうに言い放つが、その真紅の瞳はどこか嬉しそうに揺れている。


「じゃが……まぁよい!そなたはパパとして余を保護するという大義をこなしておる。これまでのそなたの働きと忠義に免じて、特別に余がその名を名乗ることを許してやろう!」


「へいへい。そいつは光栄なこってすね」


素直じゃない魔王の娘の態度に、大地は思わず苦笑しつつも、ポンッと彼女の銀色の頭を撫でた。


「おい、気安く触るな!余の髪が乱れるではないか!」

「いいから早く寝ろ。明日は始業式の後に登校する予定だけど、遅刻はできないんだからな」

「むぅ……覚えておれよ!」



真新しいランドセルと、少し大きめの制服。

そして、「新田 ラビリス」という新しい名前。


いよいよ異世界から来た魔王の娘の小学生ライフが幕を開ける。

大地の胸の中には、不安と、それ以上のじんわりとした温かい期待が入り混じっていた。





翌朝。

爽やかな朝日が差し込むアパートで、大地の足元を黒猫のリキがすりすりと通り抜けていく。

「にゃあ」というのんびりした鳴き声をBGMに、彼は少しソワソワしながら身支度を整えていた。

その平和な朝の空気を切り裂くように、パタパタと慌ただしい足音が響く。



「大地よ!どうじゃ!」


バタンッと勢いよく扉が開き、ラビリスが登場した。

漆黒と深紅の制服に身を包み、背中にはあの真新しいキャメル色のランドセルを背負っている。

白銀の髪によく似合っており、親バカを抜きにしても非の打ち所がないほど可愛らしい。



「おぉ、完璧じゃん。似合ってるぞ」


「くくく、完璧な出陣の装いじゃ!……じゃが、少々不満がある。この背中の箱、中身がスッカスカのわりに無駄にデカくはないか?歩くたびにカパカパするぞ。これでは機動力が削がれるわ」


ラビリスは背中のランドセルを揺らしながら、ムスッと口を尖らせた。


「今日は始業式だけで授業がないからな。筆箱と連絡帳くらいしか入ってねぇんだよ」


「なんと。無駄な空間ばかりではないか」


「明日からはそこに教科書やらノートやら、あとは昨日設定した学校用のタブレットまでみっちり詰まるんだ。めちゃくちゃ重くなるから覚悟しとけよ」


脅かすように言うと、ラビリスは「むぅ」と眉をひそめた。



そこにリキがトコトコと近づき、真新しい本革の匂いをフンフンと嗅いでから、興味なさそうにベッドの上に飛び乗った。

ラビリスはその様子を視線で追うと、リキの隣に鎮座する真っ白なウサギのぬいぐるみに向かって、ビシッと指を突きつけた。


「ウサギウスよ!余が不在の間、この城の防衛を任せる!リキと共に、決して敵の侵入を許すでないぞ!」


もちろん忠臣からの返事はなかったが、リキが気の抜けた大あくびで見送ってくれた。


朝から元気いっぱいの魔王の娘に苦笑しつつ、大地は車の鍵を手に取った。

初日である今日は、編入生として先生方に挨拶をする必要がある。

そのため大地は白川オーナーに頼んで休みを入れ、朝の付き添いと、昼前の迎えの時間を確保していた。


「よし、行くぞ!」


「うむ!いざ出陣じゃ!」





大地の車に乗り込み、数十分後。

高級住宅街の奥にそびえ立つ『枢星学園』の来客用駐車場に車を停めると、大地はエンジンを切って大きく息を吐いた。



いよいよだ。

車を降りた直後、大地はラビリスの前にしゃがみ込み、その両肩をガシッと掴んで真剣な顔で言い含めた。


「いいか、ラビリス。昨日の夜も何回も言ったけど、学校に入ったら絶対に『魔王の娘』発言はやめろよ。ただでさえお前は編入生で目立つんだ。極力おとなしく、目立つ行動は控えて、とにかく『普通の小学生』として振る舞うんだ。わかったな?」


大地の必死の念押しに、ラビリスはふんっと偉そうに胸を張った。


「わかっておる!余は世を忍ぶ仮の姿、賢く慎ましい人間の『あらた らびりす』として振る舞えばよいのであろう?案ずるな!余の完璧な擬態、とくと見るがよい!」


(……その態度の時点で不安しかないんだが)


内心で特大のため息をつきながらも、大地は「頼むぞ、ホントに」とだけ返し、ラビリスの小さな手を引いた。

朝の陽光に照らされた立派な校舎を見上げながら、二人はまず、北条理事長が待つ理事長室へと足を進めた。




重厚な扉の前に立つと、大地はゴクリと唾を飲み込んだ。


(……よぉし。とにかく粗相のないように。初日の挨拶が肝心だからな)


コンコンとノックをして扉を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた北条理事長が待っていた。


「おぉ!お待ちしておりましたよ、新田さん!そして我らがラビリスくん!制服姿も実に見事だ、素晴らしい!」


「ふん、当然じゃ」


相変わらずの魔王の娘の態度に大地が青ざめるが、北条は全く気にする様子もなく「ハッハッハ!」と上機嫌に笑っている。



「……さて、本日は編入初日ということで、まずはラビリスくんのクラス担任を紹介しておきましょう。……鬼頭先生、こちらへ」


(……き、鬼頭先生?)


その厳格でいかにも恐ろしげな名前に、大地の肩がビクッと跳ねた。

竹刀を持った熱血指導のベテランか、あるいは氷のように冷徹なエリート教師か。

大地の脳内に謎のシミュレーションが駆け巡る。



しかし、奥のパーテーションから「はぁーい」という間延びした声と共に現れたのは、大地の想像とは180度異なる人物だった。


「初めましてぇ。ラビリスさんの担任になります、鬼頭 早霧(きとう さぎり)です。よろしくお願いしまぁす」


ニコニコと、いや「ほわほわ」と擬音符がつきそうなほど柔らかい笑顔を浮かべる女性。

年齢は大地より一回りほど下、おそらく20代半ばくらいだろうか。

可愛らしい童顔に、少しダボッとした大きめのカーディガンを羽織っているのだが……その下からでもハッキリと主張してくる暴力的なまでの胸の膨らみが、完全に隠しきれていなかった。


(な、なんだこのほわほわした先生!?しかも、その……何とは言わんが……デカい!)



あまりのギャップと別の意味での目のやり場への困惑に、大地がドギマギしていると、隣にいたラビリスが「む?」と小さく眉をひそめた。


(……なんじゃ、この女。へらへらと笑っておるが、なんと言うか……隙が一切見当たらぬような。……タダの人間ではないのか?)


鬼頭先生から無意識に漏れ出ているその『不思議な気配』を、魔王の娘の研ぎ澄まされた勘が敏感に察知したのだ。



「……おい貴様。ただの指南役ではないようじゃな。余は魔王の娘、ラビリス!余の指南役として、何を教えるつもりか申してみよ!」


ラビリスは少しだけ警戒しつつも、相手を試すように偉そうに腕を組み、不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「ばっ……お前、さっき約束したばっかだろ!?」


初手からの魔王ムーブに大地が頭を抱えて絶叫する。

だが、鬼頭先生は一切動じることなく、パチクリと目を瞬かせた後、さらに顔を綻ばせた。



「ほわぁ〜……。ラビリスちゃん、なんだかお殿様みたいでかっこいいねぇ。先生、そういう素敵な個性、だぁい好きだよぉ」


「……お、おとの……?」


彼女はふわりとラビリスの前にしゃがみ込み、まるで子猫を愛でるように、その銀色の髪を優しく撫でた。


「な、ななななっ!気安く触るな!余の威厳が……!」


「ふふっ、髪の毛さらさら〜。これから一緒に、いっぱいお勉強して、いっぱい遊ぼうねぇ」


「えぇい、話を聞かぬか!余の覇気を前にして、なぜそのように気が抜けた顔ができるのじゃ!」


抗議するラビリスの言葉など風の如くスルーし、鬼頭先生は「よろしくねぇ」とニコニコし続けている。

先ほどまで感じていた気配はどこへやら、圧倒的な天然ほわほわパワーを前に、ラビリスの毒気は完全に抜かれてしまっていた。


(……す、すげぇ。あのラビリスを完全に圧倒してる……かも!?)


大地は安堵の息を吐きつつ、この底知れぬ包容力を持つ担任教師に、密かに深い感謝と尊敬の念を抱くのだった。




「……それでは、ラビリスくんのことは鬼頭先生、よろしく頼んだよ」


北条理事長が満足げに頷き、顔合わせは無事に終了した。


「はいっ。ラビリスちゃん、これからよろしくねぇ」


「ふん、余の足を引っ張らぬよう精進するがよい!」


偉そうなラビリスに、鬼頭先生は「ほわぁ〜、頼もしいねぇ」とニコニコ笑っている。

大地はその様子を見てホッと胸を撫で下ろし立ち上がった。



「じゃあ先生、こいつのこと……よろしくお願いします。ご迷惑をおかけするかもしれませんが」


「いえいえ〜、任せてくださぁい」


鬼頭先生がぺこりと頭を下げる。

その瞬間、ダボダボのカーディガンの下で、暴力的なまでの質量が『たゆんっ』と重力に従って揺れた。


「っ!?」



(……はっ!!いかんぞ新田大地39歳!!俺は親としてここに来てるんだぞ!なに保護者のクセに担任の『素晴らしいモノ』に釘付けになってんだ!)


大地は慌てて視線を明後日の方向へ逸らし、コホンと不自然な咳払いをして己の煩悩を必死にかき消した。



「そ、それじゃあラビリス。俺は昼前に迎えに来るからな。……絶対に、問題起こすなよ?」


「くどいぞパパよ!この余がそのようなミスを犯すはずがなかろう!とっとと行くがよい!」


シッシッと犬を追い払うような手つきをする魔王の娘。

大地は最後に「はぁ……」と深いため息をつき、一抹の不安と少しの煩悩を抱えながら理事長室を後にした。



残されたラビリスと鬼頭先生は、連れ立って2年生の教室があるフロアへと向かった。


「ラビリスちゃんの入るクラスはねぇ、こっちだよぉ」


「うむ、案内ご苦労」


ほわほわと歩く鬼頭先生の隣を、真新しいキャメル色のランドセルを背負ったラビリスが、堂々たる足取りでついていく。



やがて、ひとつの教室の前にたどり着いた。



廊下に響く、子供たちの楽しげなざわめき。

そのドアの前に立ったラビリスは、深呼吸をするように小さく息を吸い込んだ。


「ラビリスちゃん、準備はいいかな?先生が名前を呼んだら、入ってきてねぇ」


「う、うむ。大義である」


鬼頭先生が優しく微笑み、教室のドアに手をかける。




魔王の娘が、人間の教育機関に降臨する歴史的瞬間。

ランドセルにつけられた『あらた らびりす』のひらがなの名前シールが、誇らしげに揺れていた。


「――それじゃあみんな、席についてぇ〜。なんと、今日からこのクラスに新しい仲間が増えます。これからそのお友達を紹介しまぁす。……それじゃあ新田さん、入ってきてもらえるかな?」


ガラッと教室のドアが開かれる。

さぁ、異世界から来た魔王の娘の、華麗なる学園生活の幕開けだ。

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