☆55かいめ☆ 親父はつらいよ。パパを震撼させた『指定品』の恐怖
制服の採寸が一段落すると、上品な女性店員は分厚い革張りのカタログと、美しい色見本がずらりと並んだトレイをテーブルに運んできた。
「続いて、学園指定のランドセルのお色選びでございます。形と校章の刻印は統一されておりますが、お色は全二十四色の中から自由にお選びいただけます」
「に、二十四色!?」
カタログを覗き込んだ大地は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
そこに並んでいたのは、ダークグレーやネイビーといった落ち着いた色調から、パステル調のラベンダーやミントグリーン、さらにはパールがかった光沢のあるものまで、まるで宝石箱のようなカラーバリエーションだった。
(……おぉ、すげぇ。俺が子供の頃なんて、男は黒、女は赤って相場が決まってたのにな……。今はこんなに選べるのか)
色とりどりの小さな見本を前に、大地は時代の変化への驚きと、これから「小学生の親」になるのだという実感をひしひしと感じ、密かに感動を覚えていた。
しかし、大地のそんなエモい感慨をよそに、外野の三人はさっそく好き勝手なことを言い始めていた。
「うむ。やはり余が背負うからには、漆黒の闇に染まった革に、血のような真紅の刺繍が入ったものが相応しいであろう!それか、この夜空の如き濃紺のやつでもよいぞ!」
「選ぶ基準が中二病すぎんだろ……」
「えーっ、ダメダメ!せっかく清楚系のお嬢様なんだから、ここは絶対にパステルピンクか、フレンチホワイトの二択っしょ!ラビちゃん、絶対こっちの方が映えるって!」
「なんつーか、汚れが目立ちそうな色だな……」
「ハッハッハ!何を悩むことがある。月曜日は赤、火曜日は白と、日替わりで楽しめるように全色一つずつ注文すればいいじゃないか!」
「ちょっ!ランドセルを日替わりにする小学生がどこにいるんすか!!」
魔王の威厳を主張するラビリス、カワイイ至上主義のヒナ、そして財力で物理的に解決しようとする白川オーナー。
三者三様のカオスな主張が飛び交い、大地は必死にツッコミを入れて場を収めようと奮闘する。
「す、すいません。三人とも、落ち着きがなくって……」
大地が平謝りすると、女性店員は困るどころか、どこか微笑ましいものを見るような目でフフッと上品に笑った。
「いえ、お気になさらないでください。制服が厳格に指定されている分、ランドセルのお色は生徒様ご自身で自己主張できる数少ないアイテムでございます。……どのご家庭も、ここは皆様で熱弁を振るわれて、一番お時間がかかる場面なんですよ」
「自己主張、ですか」
「はい。これから卒業するまで、お嬢様の背中でずっと苦楽を共にする大切な『相棒』ですから。どうか、心ゆくまでご相談なさってくださいませ」
店員のプロフェッショナルで温かい言葉に、大地はホッと肩の力を抜いた。
「ちなみに……今時の女の子って、何色が人気なんですか?」
大地が尋ねると、店員はにこやかに答えた。
「現在はラベンダーなどの薄紫色が一番人気でございます。次いで、サックスと呼ばれる水色や、パステル調のピンク系を選ばれる方が多いですね」
「なるほど……」
大地は顎に手を当てて考え込んだ。人気色となれば、当然周りの子たちと被る確率が高くなる。
まぁ、銀髪に真紅の瞳という時点で、他の子と見分けがつかなくなる心配など皆無なのだが、それはそれとして。
ふと、大地の視線がトレイの隅にあったシックな色合いの見本で止まった。
「……この『キャメル』ってどうですか?なんか一番革っぽくて丈夫そうだし、野球のグローブみたいに汚れとかも目立ちにくそうっていうか……」
それは、あくまで実用性重視の39歳・独身男性のリアルな意見だった。
「――――」
その瞬間、VIPサロンに不自然な沈黙が落ちた。
ヒナも、オーナーも、店員までもがピタリと動きを止めている。
(や、やっちまった……!俺なんかが適当なこと言って、みんなの空気を完全に凍らせちまった……!)
「あ、いや!今のナシで! やっぱり俺のセンスなんて当てにならないし――」
大地が慌てて撤回しようとした、その時。
「……素晴らしい配色です、お父様!」
上品な女性店員が、パァッと顔を輝かせて両手を合わせた。
「はい?」
「お嬢様の制服は、漆黒と深紅という重厚で暗めのトーンです。そこに、あえて明るく上品なキャメルのランドセルを差し色として合わせる……。まさに、完璧な『抜け感』を演出する、計算し尽くされた高度なコーディネートでございます!」
「っ!?」
「待って店長、それマジで天才かも!」
ヒナが目を輝かせて、大地の背中をバンバンと力強く叩いた。
「ダークトーンだとちょっと重いかなって思ってたんだけど、キャメル入れたら一気に海外のセレブっぽくなる!ちょ、店長のクセにめっちゃいいセンスしてんじゃん!」
「ハッハッハ!奇をてらわず、本革の良さを最も引き出す王道の色!いやはや、新田君もたまにはやるもんだねぇ」
大地の「なんか丈夫そうだから」というただのおじさんの感想が、なぜかファッションの最適解として大絶賛の嵐を巻き起こしている。
「キャメル……。なるほど、黄金の毛皮をもつ獣たちの王、獅子の色か。ふん、悪くない」
ラビリスも腕を組み、うんうんと満足げに頷いている。
「……キャメルってラクダだけどな。でもまぁそうだろ?やっぱ最初からこれが一番いいと思ってたんだよなー」
内心の冷や汗を悟られないよう、大地は引きつった笑顔を必死にドヤ顔へと変換して言い放った。
こうして、激しい自己主張のぶつかり合いになるかと思われたランドセル選びは、大地の奇跡的なファインプレー(?)により、満場一致で『キャメル』に決定したのだった。
最大のイベントであったランドセル選びが終わると、そこから先の採寸は怒涛の勢いで進んでいった。
「こちらが制服に合わせるベレー帽と指定の靴、校章入りのハイソックスでございます」
「あ、はい」
「夏服と、指定の体操服上下セットですね」
「あ、はい」
「校章入りの通学用サブバッグと、上履き入れです」
「……はい」
次々と提示される「指定品」の数々。
最初こそ細かく確認していた大地だったが、途中から完全に思考回路が停止し、虚無の瞳でただただ「はい」と頷くマシーンと化していた。
――数十分後。
すべての採寸を終え、一行はレジカウンターへと向かった。
「ランドセルは私が出す。一括で頼むよ」
オーナーはブラックカードをスッと提示し、12万円の決済を涼しい顔で終わらせる。
(おぉ……かっけぇ……。マジで助かった……!)
大地が、背後からオーナーの頼もしい背中に後光を見て手を合わせていると、ランドセルの会計を済ませた店員が、極上のスマイルで大地に向き直った。
「それでは新田様。お待たせいたしました。こちらがランドセルを除いた、制服および指定備品一式の『ご注文明細書』でございます」
店員が恭しい手つきで、黒い革張りのバインダーを開いてテーブルに置いた。
そこには、ボレロジャケット、ジャンパースカート、ブラウスに指定の靴や靴下など、先ほど大地の思考を停止させたアイテムたちの名前と単価がズラリと並んでいる。
そして、大地の視線は、その一番下にある『合計金額』の欄に釘付けになった。
「……合わせて、『16万8千円』でございます」
「っ!!?じゅ、じゅーろくっ……!?」
彼の目が、カッと限界まで見開かれた。
ガタガタと震える手で「ご注文明細書」を自分に引き寄せ、穴が開くほど目を通す。
(……ハイソックス3足セットで6,000円。なんで靴下が1足2,000円もするんだ……?なんであんなちっちゃいブラウスが1枚8,000円……?……なんで地球は丸いんだ?なんで……)
オーナーのファインプレーがあってもなお、その金額は、39歳コンビニ店長が現実逃避するには十分すぎる破壊力を持っていた。
「お、おい……。パパよ。大丈夫か……?」
さすがの魔王の娘も、大地の顔から急速に血の気が引いていくのを見て、素で心配そうな声をかける。
「え?あ、あぁ。もも、もちろん大丈夫だ……」
大地はヒクヒクと頬を引きつらせながら、震える手でクレジットカードをトレーに差し出した。
心の中では、冬のボーナスが音を立てて崩れ去るのを見つめながら、血の涙を流している。
――カシャッ、と非情な決済完了の音がVIPサロンに響き渡った。
「…………」
会計が終わり、カードと控えを受け取った大地は、ゆっくりとラビリスの方へ振り向いた。
そして、魔王の娘すらも本能的な恐怖を覚えるような、深くて暗い、引きつった不気味な笑顔を浮かべて、静かにこう言った。
「……ラビリス。この服、ウサギウスより大事にしてあげてね」
「ひっ……わ、わかった……!」
こうして、大地の甚大な犠牲と引き換えに、ラビリスの「特待生」としての入学準備は、無事に(?)完了したのだった。




