☆53かいめ☆ パパの誓いとじじの特権
少しだけ照明の落とされた、落ち着いた雰囲気のちょっと高級なレストラン。
白川オーナーの奢りで開かれた『入学祝賀会』のテーブルには、厚切りのステーキや彩り豊かな料理が並び、ラビリスとヒナが目を輝かせている。
「うむ!この肉料理、見事な焼き加減じゃ。シェフを呼ぶがよい!余が直々に褒めてつかわす!」
「あはは!ホント美味しそうに食べるよねー!ラビちゃん、遠慮しないでいっぱい食べなよ?足りなかったらアタシのもあげるから!」
「ラビリスちゃん。こちらのサラダも新鮮そのもの。ぜひご賞味下さい」
「ハッハッハ!今日は『じぃじ』のおごりだからね、遠慮はいらないよ!」
「っ!?ゲホッ、ゲホッ!!」
(い、いつからじぃじになったんだ……?)
盛大にむせ返る大地を尻目に、ラビリスを囲む3人の信者たちは次々と料理をラビリスに献上していた。
――そしてしばらく後。
和気あいあいとした空気の中、大地は食後のコーヒーを飲みながら、向かいに座る蓮に昨日のお受験のドタバタ劇――特に、北条理事長の『常軌を逸した手のひら返し』について語り終えたところだった。
「……とまぁ、こんな感じでさ。あの狸親父、ラビリスを『100年に一人の逸材だ!』とか言って、『とにかくウチに来てくれ!』って頭を下げてきたんだぜ?確かに頭は良いと思うけど、さすがに大げさすぎるだろ」
大地が呆れ半分でそう締めくくると、静かに話を聞いていた蓮の眼鏡の奥で、鋭い理知の光が瞬いた。
「なるほど……。全くもってわかっていないですね。ラビリスちゃんは頭だけでなく容姿も……コホン、それより店長。理事長がそのスタンスなら、例の『戸籍問題』、突破できますよ」
「え、マジで?なにか方法があんのか?」
蓮はナプキンで口元を拭い、淡々と、しかし確信に満ちた声で切り出した。
「えぇ。以前店長から相談を受けた時点では、戸籍がないまま学校に通わせるのは不可能に近いと考えていました。ですが、学校側が彼女の才能を欲しがり、『特例として受け入れる口実』を探している状況なら話は別です。……『宣誓供述書』を作成しましょう」
「せんせい……きょうじゅつしょ?」
「公証役場へ出向き、店長が自分の名前で『この書類の内容は真実です』と誓ってサインし、公証人に認証してもらう公的な書類です。これを使って、理事長に『法的な免罪符』を渡してやるんです」
蓮の説明に、ヒナやオーナーも食事の手を止めて聞き入った。
「書く内容は至ってシンプルです。ラビリスちゃんは複雑な事情により現在母親の保護が受けられないこと。そして――店長が名実ともに『父親』として、今後の彼女の教育と生活、そして彼女が起こす全行動の責任を負うということ」
「俺が……父親として、責任を負う」
「はい。学校側は、監査に対して『責任を負う大人の正式なサイン』さえあれば、あとは理事長の権力でどうとでも強弁できます。嘘を書くわけではないので偽造にもなりません。……ただ、店長」
蓮は少しだけ声を落とし、大地の目を真っ直ぐに見据えた。
「これを提出するということは、戸籍の有無に関わらず、社会的に店長が彼女の『父親』になるという正式な宣言です。学校で何かあればすべて店長が呼ばれ、責任を問われる。……書類一枚ですが、その重さは戸籍謄本となんら変わりませんよ。覚悟は、ありますか?」
レストランの穏やかなBGMが、大地の耳から遠のいた。
(……覚悟、か)
視線を移せば、隣の席でラビリスが「パパよ!余の肉がもうないぞ!そなたの分を献上しろ!」と偉そうにフォークを突き出している。
態度はデカいし、世間知らずだし、口を開けば魔法だの魔王だのとうるさい居候。
けれど、その小さな肩で、彼女は未知の世界の知識を吸収し、自らの力で未来を切り開こうとしているのだ。
大地は小さく息を吐き、口元に確かな笑みを浮かべた。
「わかった。……元より、そのつもりだ。誰に何を言われようと、俺がこいつの親父だよ」
彼は蓮に向き直り、力強く頷いた。
「書類の作成、手伝ってくれるか。蓮」
「……はい。任せてください、店長」
法学部の優秀なアルバイトは、どこか満足げに口角を上げた。
最大の懸案事項がクリアになったことで、テーブルの空気は再びパッと明るさを取り戻す。
「よし!これで心配事は全部なくなったな!」
大地は大きく伸びをして、学校から渡された『入学準備の手引き』という分厚い冊子をペラペラとめくり始めた。
「あとは明日、指定の百貨店に制服の採寸に行くだけだ。えーっと、冬服一式に、夏服、体操着、上履き……って、うおぉっ!?」
手引き書の末尾に小さく書かれた『概算費用』の欄を見た瞬間、大地の目玉が飛び出そうになった。
「な、なにこの金額……?……授業料タダで喜んでたけど、初期費用だけで、お、俺の冬のボーナスが……!」
紙を両手で掴みながら、ぷるぷると震えだす大地。
すると、向かいに座っていた白川オーナーが、ニコニコと満面の笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「新田君!ランドセルはどうなっているんだね!?やっぱり学校の指定品かな!?」
「え?あ、はい。指定の最高級本革ランドセルで、一つ『12万円』って書いてありますけど……」
「よしきた!!」
オーナーはドンッ!と力強く自分の胸を叩き、輝くような笑顔で言い放った。
「そのランドセル代は、私が全額出そう!」
「は?……えっ!?い、いやいやいや!さすがに12万は申し訳なさすぎますって!」
慌てて遠慮する大地を、オーナーはビシッと指差して制止した。
「何を言うんだね!ピカピカの小学生になる孫娘にランドセルを買ってやるのは、世のじぃじの最大の夢にして特権なんだよ!こればかりは、いくらお父さんでも譲るわけにはいかないからね!」
(だから、いつから孫娘に……!?)
「いーじゃんいーじゃん!オーナーがいいって言ってんだし!」
「あ、あほか!12万だぞ!?お前の給料よか高ぇじゃねぇか!!」
「……いいじゃないか新田君。私は子供も孫もいないんだ。一度くらいはそういう経験をしてみたいものなんだよ」
ヒナに説教をしようとする大地に、白川オーナーは優しく微笑む。
「お、オーナー……っ」
「ラビちゃん、やったね!オーナーがランドセル買ってくれるって!」
ヒナが自分のことのようにパチパチと拍手をする。
「む?らんどせる?なんじゃそれは。新たな魔導具か?」
首を傾げるラビリスに、オーナーは優しく目を細めた。
「学校に行くときに背負う、とっても丈夫で大切な鞄だよ」
「ほほぅ。この余に献上するというわけじゃな?じじ、よい心がけじゃ!褒めてつかわす!」
偉そうにふんぞり返る魔王の娘と、「ハッハッハ!さすがは私の孫娘だ!」と嬉しそうに笑うオーナー。
(……12万の買い物させて『褒めてつかわす』とか言う小学生、絶対にコイツだけだよな……)
相変わらずズレた会話を繰り広げる二人の姿に、大地は呆れながらも、その胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。




