☆52かいめ☆ 理事長からの甘い罠?タダより高いものがそこにある!
北条に両手をガシッと握られたまま、大地は引きつった愛想笑いを浮かべるしかなかった。
横を見れば、ラビリスが「苦しゅうない、もっと褒めるがよい」と言わんばかりのドヤ顔でふんぞり返っている。
(……いや、入学できるのはめちゃくちゃ嬉しいし、信じられないくらいの奇跡なんだが……)
大地の脳裏に、突如として極めて現実的な問題が急浮上した。
ここは、白川オーナーのコネがなければ足を踏み入れることすらなかったであろう、ピカピカの新設エリート私立校だ。
建物の内装や北条の着ているスーツからして、公立の小学校とは桁違いの金がかかることは想像に難くない。
39歳、コンビニ店長。養うべき(よく食べる)居候が一人。
(……学費、いくらなんだ?入学金とか制服代とか、全部合わせたら俺の貯金が一瞬で吹き飛ぶレベルなんじゃ……)
折角ラビリスが自力でこじ開けたチャンスだ。
簡単に断るつもりはないが、万が一「年間数百万」などと言われたら、物理的に通わせることができない。
「あー……その、北条理事長。大変ありがたいお話ですし、俺としてもぜひお願いしたい気持ちでいっぱいなんですが……」
大地は恐る恐る、北条の手から自分の手を引き抜きながら尋ねた。
「あの……ぶっちゃけた話、こちらの学園の『学費』というのは、おいくらくらい……?その、お恥ずかしい話ですが、うちはあまり裕福な家庭ではないので、あまりに高額だと……」
「学費!あぁ、学費ですね!!」
大地の懸念を察した北条は、食い気味に、そしてこれ以上ないほどの大声で叫んだ。
金のせいでこの『百年に一人のバケモノ』を取り逃がすなど、彼にとってはあり得ない損失だったのだ。
「ご心配には及びません!ラビリスくんには、我が枢星学園が創立して以来初となる『特待生』として入学していただきます!」
「……と、とくたいせい?」
「えぇ!入学金はもちろんのこと、授業料、および施設維持費、さらには授業で使用する最新型のタブレット端末などの備品代は、すべて学園が負担いたします!つまり、月々の固定費用については実質免除、とお考えいただいて構いません!」
「……えっ。授業料が、タダ?」
大地は目を丸くした。
特待生。その甘美な響きに、思わず「よろしくお願いします!」と即答してその手を取りそうになった。
戸籍の壁も消え、最大の懸念だった高額な授業料という壁すらも消え去ったのだ。
(……マジか。制服とか鞄、ノートなんかの文房具代はさすがに自腹だろうけど、それでも年間で考えればとんでもない額が浮くことになる。浮いた分を飯代とか、制服代に回せるのはデカい……。デカすぎる……!)
だが。
39年間、酸いも甘いも噛み分けてきた大地の防衛本能が、ここで警鐘を鳴らした。
(……いや、待て待て待て。落ち着け俺。いくらなんでも、話が美味すぎるだろ)
戸籍がないという本来なら絶対NGの身元不明児を、書類の提出も後回しで受け入れる。
その上、本来なら高給取りの親たちが必死に払う授業料を全額免除。
大地は北条の、血走ったギラギラとした瞳を改めて見つめ返した。
(ただテストの点が良かっただけで、私立の理事長がここまで必死になるもんなのか?……もしかして、何か裏があるんじゃないか?臓器売買?怪しい人体実験?それとも、俺が知らないだけで、ラビリスが異世界人だってことに気づいてて、何かの研究機関に売り飛ばす気か……!?)
目の前の鼻息荒い狸親父が、急に『狂気のヤバいマッドサイエンティスト』に見えてきた大地は、サッとラビリスを背中に庇うように身を乗り出した。
「……あの、北条理事長。そこまでしていただくのはその……。何か、裏の条件とか、俺たちが背負うリスクとかがあるんじゃないですか……?」
大地がジト目で探りを入れると、北条はハッとして、コホンと一つ大きな咳払いをし、慌ててネクタイを締め直した。
そして、先ほどまでの熱狂をどうにか腹の底に押し込み、教育者としての威厳ある顔を必死に取り繕う。
「……失礼。少しばかり浮足立ってしまいましたな。新田さん、疑念を抱かれるのはごもっともです。しかし、先ほども申し上げた通り……彼女の持つ圧倒的な思考力と才能は、どれだけのお金を積んでも買えるものではありません」
北条は真剣な眼差しで、大地の目を真っ直ぐに見据えた。
「授業料を免除するだけで、これほどの逸材が我が校に在籍し、学園の実績となってくれる。……正直に申し上げましょう。彼女の存在がもたらす宣伝効果とブランド価値を考えれば、どこの進学校の理事長であっても、私と同じ判断を下すはずです」
(……なるほど。要するに、学園のブランド作りのための『客寄せパンダ』……いや、この場合は『最強の広告塔』になってほしいってことか)
大地は内心で深く納得した。
ただの善意や怪しい裏社会の取引などではなく、純粋に「学校の利益」というビジネスライクな理由であれば、逆に信用できる。
「……事情はわかりました」
大地は一つ頷き、北条に向き直った。
「ただ……俺はこの子に、できるだけ『普通の学校生活』を送らせてやりたいんです。まぁ、こんな進学校に入学する時点で普通から少しズレちゃうのはわかってますけど……。それでも、変に特別扱いしたり、無理にプレッシャーをかけたりせず、可能な限り『一人の普通の生徒』として扱ってほしいんです」
それは、大地がラビリスの「友達が欲しい」「普通の日常に行きたい」という願いを叶えるための、絶対に譲れないラインだった。
「えぇ、それは構いません。学園生活においては、彼女を一般の生徒と何ら変わりなく、特別扱いせずに指導することをお約束しましょう」
北条はあっさりと頷いた。
だが、その眼鏡の奥の瞳が、再びギラリと計算高い光を帯びる。
「ただし。特待生として迎え入れる以上、学園からも一つだけ『条件』を出させていただきます」
「……条件?」
「はい。学園が指定する大手の全国模試を、定期的に受験していただきます。そして――『常に全国トップ10以内に入り続けること』。成績優秀者名簿の最上位に、我が『枢星学園』の名を刻み続けてください」
「は……っ!?」
大地は絶句した。
全国模試のトップ10。それはつまり、全国の英才教育をゴリゴリに受けた神童たちを相手に、常に無双し続けろという意味だ。
昨日まで『マジプリ』を見てドヤ顔をしていた7歳の子供に課す条件としては、あまりにもイカれている。
「な、無茶苦茶言わないでくださいよ!全国トップ10なんて、いくらなんでも――」
「む?パパよ。その『もし』とはなんじゃ?新たな魔法陣の構築テストか?」
大地が抗議しようとした横から、ラビリスが不思議そうに首を傾げて口を挟んだ。
彼は頭を抱えながら、ラビリスに向かって呻くように説明した。
「……あのな。この国中のすげぇ頭のいい奴らが受ける、超絶難しい試験があるんだよ。お前はそこで、毎回必ず『10番目以内』に入れって言われてるんだ」
「ほぅ。新たなる試練というわけか……」
その説明を聞いた瞬間。
ラビリスの真紅の瞳が、戦場を見据える魔王の如く、ギラリと猛烈な光を放った。
「ふ、ふははははっ!馬鹿め、10番目以内じゃと?そのような生ぬるい目標で、この余が満足するとでも思うたか!」
ラビリスはビシッと北条を指差し、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「よいかじじちょー!余は魔王の娘!常に他者を蹂躙し、頂点に君臨する者じゃ!10番目などという中途半端な順位などありえぬ!余が受けるからには、常に『1位』の座を我が物としてくれるわ!!」
「おおおお……っ!!さすがはラビリスくん!実に頼もしい!!」
北条は両手を握り拳にして顔の前に掲げ、感動のあまり瞳をキラキラと輝かせている。
(いやお前……全国模試のヤバさを1ミリもわかってねぇだろ……!!)
「おお!」「ふははは!」と謎の意気投合を果たしている理事長と魔王の娘を前に、大地は「これ、本当に大丈夫なのか……?」と、ズキズキ痛む胃と頭を同時に抱え込むしかなかった。




