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どうやら魔王の娘を拾ったようです。〜コンビニ店長(39)のほのぼの奮闘記〜  作者: 彩月鳴


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51/54

☆51かいめ☆ 理事長、7歳の『帝王学』に心酔す

腕を組み、ドヤ顔を全開にしてふんぞり返るラビリス。

その対面で、北条はデスクの上に並べられた解答用紙を見つめ、完全に言葉を失っていた。


(あ、ありえない……。たったこれだけの時間で、全科目のすべての解答欄を埋め尽くしたというのか……?)


常識外れにも程がある。

北条はゴクリと唾を飲み込み、必死に自分を落ち着かせた。



(……いや、慌てるな。相手は7歳の子供だ。苦し紛れに適当な文字や数字を書き殴った可能性が高い。そうだ、そうに決まっている)


北条は冷静さを装い、デスクの引き出しから採点用の赤ペンを取り出した。

そして、一番上にあった算数のプリントに視線を落とす。



「――――ッ!?」


その瞬間、彼の額からドッと冷や汗が吹き出した。


(な、なんだ、この美しい数式は……!?いや、それだけではない、この無駄のない完璧な論理構築……!)


北条は息をするのも忘れ、次々と解答用紙をめくっていく。


カツッ、カツカツッ。


静まり返った特別室に、赤ペンが紙を叩く音だけが異常な速さで響き続ける。



国語、理科、社会――。

採点を進めるごとに、北条の呼吸は荒くなり、赤ペンを握る手はカタカタと小刻みに震え始めた。

彼の長年の教育者としての常識が、目の前の紙切れによって音を立てて崩れ去っていく。



そして、最後。

英語のプリントの隅に、震える手で不格好なほど大きな『マル』を書き込んだ瞬間。


ポロリと。

北条の手から赤ペンが零れ落ち、デスクの上を転がった。


「…………っ」


彼はブルブルと震える両手で、解答用紙の束を強く握りしめた。



(なんという……なんというバケモノだ。これほどの圧倒的な思考力と知識量を持つ子供が、この世に存在していいはずがない……!)



北条の胸の内で、恐れはすぐに別の熱い感情へと変わっていった。


(ぜひとも……ぜひともウチに入学させねばっ!この逸材……いや、この『天才』を他の学校にくれてやるなど、絶対に許されん……!!)


教育者としての矜持も、経営者としての計算も、もはやどうでもよかった。


(これからの数年間……いや、その先すらも!我が枢星(くるるぼし)学園の進学実績とブランドは、この少女が一人いればすべてがひっくり返る!最高峰の大学への切符を、彼女は一人で何枚ももぎ取ってくるはずだ!どんな手を使ってでも、絶対に彼女を手に入れねば!!)


北条の脳内で、見事なまでの『手のひら返し』が完了した。




彼は目を閉じ、一度、二度と深呼吸を繰り返す。

そして乱れたネクタイをキュッと締め直し、いつもの『冷静で威厳ある理事長』の仮面を、必死に顔へと貼り付けた。


「……新田君。入ってきなさい」


北条が外の待合室に向かって声をかけると、重いドアがゆっくりと開いた。


「……し、失礼します」


入ってきた大地は、明らかに早すぎる呼び出しに、顔を真っ青にしていた。


(……終わった。あの量のテストをこんな時間で終わらせて呼ばれるなんて。やっぱり、話にもならなかったのか……)


完全に諦めムードで、肩を落として入室してくる大地。

その目の前には、勝ち誇ったようにふんぞり返るラビリスと、手元のプリントを握りしめ、顔を引きつらせながら必死に笑顔を作ろうとしている北条の姿があった。





「……新田君。まず最初にお伺いしたい」


沈黙が支配する特別室で、北条が静かに、そして重々しい口調で口を開いた。


「そちらのご家庭では……普段、このお嬢さんにどういった教育をしておられるのかな?」


ビクッと大地の肩が跳ねた。


(来た……!きっと、テストが白紙か落書きだらけで、親の教育方針を疑われてるんだ……!)


大地は完全に「怒られている」と勘違いし、胃の痛みを堪えながら、申し訳なさそうに頭を下げた。



「……あの、その……特別なことは、何もしていません。ただ、本人の好きなように、自由に過ごさせているだけで……。その、テレビを見たりとか……」


(魔法少女アニメをループ再生しているだけだなんて、口が裂けても言えねぇ……!)


大地の悲痛な弁明を聞き、北条は目を見開き、そして深く、深く息を吐き出した。


「……そうですか。特別なことは、何も……」



北条の頭の中は、さらなる衝撃でぐちゃぐちゃになっていた。


(ま、まさか、完全な天然の天才だというのか……!何か特別な教育法を隠している可能性もあるが……。いや、どちらにしても、もし我が校のカリキュラムでこの頭脳を磨き上げれば、一体どこまで化ける……!?)


だが、その北条の震えるような「絶句」を、大地は「呆れ果てたため息」だと受け取ってしまった。


(だよなぁ。……これ以上ここにいて、俺だけならまだしも、ラビリスまで惨めな思いをさせるわけにはいかない)


食い下がる余地など一ミリもないと悟った大地は、静かに席を立ち上がった。

そして、偉そうに腕を組んでいるラビリスに向かって、力なく声をかけた。



「……ラビリス。今回は、仕方ない。俺がまた別の方法を頑張って見つけるから……とりあえず、今日は帰ろう」


「む?なんじゃ、もう帰るのか?余はまだこの施設の全容を把握しておらんのじゃが」


「いいから、ほら、行くぞ」



大地がラビリスの手を引いてドアへと向かい歩き出した、その瞬間だった。

北条の顔から「冷静な理事長」の仮面が、音を立てて剥がれ落ちた。


「ま、待ってくれ新田君……いや!新田さん!!」


「――――……はい?」


裏返ったような北条の叫びに、大地はドアノブに手をかけたまま、間抜けな声を出して振り返った。



さっきまであれほど偉そうにふんぞり返っていた男が、デスクから身を乗り出し、まるですがり付くような必死の形相でこちらに手を伸ばしている。


「……えーっと……北条、さん?」


「お願いです、帰らないでください!話はまだ、何も始まっていません!!」


突如として立場が完全に逆転した特別室。

状況がまったく飲み込めず、ポカンと口を開ける大地と、「なんじゃこのじじは」と不思議そうに首を傾げるラビリスであった。




北条は慌ててデスクを回り込むと、大地の行く手を遮るように両手を広げ、ソファの方へと恭しく手で促した。


「ど、どうかもう一度お掛けになってください!いや、座ってください!お願いですから!」


「は、はぁ……」


気圧された大地は、促されるまま大人しくソファに座り直す。




すると北条は大事な宝物でも扱うかのように、採点し終えた解答用紙の束を胸に抱きかかえ、大地の目の前へと差し出した。


「新田さん。このお嬢さんは……ラビリスくんは、まさに百年に一人の『天才』です。……さらに指導者としての資質も備えておられる……!」


「……は?指導者?いや、確かに態度はデカいし変わった話し方ですけど、そこまで言わなくても……」


「違うんです!頭脳の話です!!」


北条は興奮冷めやらぬ様子で、束の中から一枚のプリントを抜き出した。国語の解答用紙だ。



「算数のニュートン算を暗算したのにも度肝を抜かれましたが……私が最も震え上がったのは、この国語の長文読解。童話の『道徳』を問う問題です。ウサギがキツネに食べ物を分けた理由……本来であれば、子供らしい優しさを問う設問なのですが……」


北条が読み上げる前に、大地は嫌な汗をかき始めた。


(ヤバい……。絶対、ろくでもないこと書いてる……!)



「彼女は、こう解答しました」


北条はゴクリと唾を飲み、演説でもするように両手を広げた。


「『あえて貴重な資源を無償提供することで強烈な恩を売り、心理的優位に立つ。そしてキツネという強力な戦力を自陣営に引き込む“食糧外交”を成功させた』……と!!」



「…………」



数秒の沈黙の後、大地の絶叫が特別室に響き渡った。


「おいバカッ!なんで童話読んでてそんな思考になるんだよ!!お前、道徳のテストになに書いてんだ!!」


「騒々しいぞパパ。余はパン一つで敵の忠誠を買う、極めて有効な人心掌握術を説いてやったまでじゃ。感謝の言葉なら後で聞くぞ」


「してねぇよ!普通に『かわいそうだから』でいいんだよ!!すみません理事長!こいつ、ちょっとアニメの影響受けすぎてて……っ!」


必死に頭を下げる大地。



だが、北条はそれを全力で制止した。


「いや、新田さん!彼女を叱らないでください!」


「……はい?」


「おっしゃる通り、一般的な小学生の『道徳』のテストとしては、これは文句なしの0点です。出題者の意図からは完全にズレている」


北条の眼鏡が、ギラリと怪しく光った。


「しかし!弱者が強者を支配するための高度な情報戦、そして冷徹な政治力学として見れば……この解答は、人の上に立つ者としては100点満点……いや、『マキャベリズム(目的のためなら手段を選ばない現実主義)』の手法を使い、『帝王学』の目的を果たす解答としては120点と言っても過言ではない!!」


「???……ま、まきゃ??」


「セオリーに囚われず、自らの圧倒的な論理で世界を定義する。我が枢星学園が本当に求めていたのは、こういう『既存の枠に収まらないバケモノ』だったんです!!」



完全に熱に浮かされた北条は、ついに大地の両手をガシッと握りしめた。


「新田さん!彼女を、ラビリスくんを何としてでも我が校に迎え入れさせてください!……書類?戸籍? そんなものは後回しで構いません!だからどうか、我が校に……ッ!!」


「…………」


狸親父の面影など微塵もなく、鼻息を荒くして迫りくる理事長。

「ふん、余の才にひれ伏したか」と、満足げにふんぞり返る魔王の娘。



(……なんだこれ。どうなってんだよ、マジで……)


その間に挟まれた大地は、一人だけ完全に置いてきぼりを食らい、ただただ宙を見つめることしかできなかった。

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