☆44かいめ☆ 定番か分析か?白き秘薬と至高のマスターピース
「れ、れんにゅう……?一体、それはどのような錬金薬なのじゃ!?」
ヒナがカバンから取り出した、先端が細いチューブ型の容器。
そこから、摘み立ての真っ赤なイチゴの先端へ、とろりとした白い液体が絞り出されていく。
「なっ……!この粘り気のある液体……!ヒナよ、そなた、スライムの体液を塗布したのか!?」
「ちょ、その例えは斜め上過ぎる!食べ物なんだから!これはイチゴの美味しさをブーストさせる、魔法のアイテムだよ!ま、騙されたと思って、はい、あーん!」
「む、むぐっ……!」
ヒナに強引に口へ放り込まれ、ラビリスは眉間を寄せて咀嚼した。
しかし次の瞬間、彼女の真紅の瞳が見開かれ、頭のてっぺんまで突き抜けるような衝撃に全身が震えた。
「――っっっ!!?」
「どぉ?ヤバくない?」
「な、なんじゃこれはっ!!あ、甘い……さらにこのコク……!イチゴの酸味を、この白き秘薬が完全に包み込み、とてつもない甘さとなって脳天を突き抜けるぞ!!ヒナよ、この『れんにゅう』なる秘薬、ここにあるイチゴすべてに――」
「ストップ。ラビリスちゃん、ストップです」
練乳の魔力に魂を引かれかけた魔王の娘を遮ったのは、静かに、しかし絶対的な威圧感を放って進み出た二階堂 蓮だった。
「む?なんじゃ、メガネよ。余はこれからこの秘薬を堪能しようと……」
蓮はタブレットの画面をスワイプし、ハウス内の温度計と日照センサーの数値を鋭い目つきで睨みつけている。
「……千家さんの『練乳』というアプローチ、味覚のバリエーションとしては否定しません。しかし……初手からその劇薬に頼るのは、この農園が長年蓄積してきた土壌データと品種改良の歴史に対する冒涜です」
「なっ!冒涜、じゃと?」
「えー、美味しければ全然よくない?ねー、店長もそう思うっしょ?」
「俺に振るな。そもそも俺は牛乳が苦手だから練乳は使わないんだ。だからどっちがいいとは言えん」
「え、ガチで!?店長、練乳の良さわかんないとか人生の半分くらい損してるよ!信じらんないんだけど」
「お前の人生、半分練乳なのか……」
ヒナの口を尖らせた抗議と、大地のドライなツッコミを完全にBGMとして処理し、蓮はハウスの奥、南東の角地へとズンズン歩いていく。
そして、一つの畝の前でピタリと足を止め、恭しく片膝をついた。
「……見つけました。ハウス内南東部、午前中の日照量最大値、かつ土壌水分量が最適化された奇跡の座標。さらに、先ほどの『ミツバチ』の受粉タイミングから逆算された、本日最も糖度が高いと推測される……マスターピース」
蓮の指先が、葉の影にひっそりと隠れていた、ひと際大きく、深い紅玉のように輝く一粒をそっと摘み取った。
それは素人目に見ても、圧倒的なオーラを放つ完熟のイチゴだった。
蓮は立ち上がり、その一粒を両手で包み込むようにして、ラビリスの御前へと歩み寄る。
「ラビリスちゃん。私のデータ分析のすべてを懸けた、至高の一粒です。……どうか、これだけは『何もつけずに』、そのままの真実をご賞味ください」
それはまるで、王女に伝説の宝玉を献上する騎士のような、狂気に満ちた真剣な眼差し。
その尋常ではない熱意に当てられ、ラビリスもゴクリと息を呑んで居住まいを正した。
「……よかろう。そなたがそこまで言うのなら、この白き秘薬の力は借りず、そのまま頂こうではないか」
ラビリスは、蓮の震える手から大粒のイチゴを受け取った。
ヒナも大地も、謎の緊張感に包まれてその瞬間を見守る。
ラビリスが、小さな口を大きく開け、その一粒を丸ごと頬張った。
かぷっ。
「…………っ!!」
瞬間、ラビリスの動きが完全に止まった。
風が吹き抜けるビニールハウスの中で、彼女の真紅の瞳から、ポロリ……と、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ラ、ラビちゃん!?」
「おい、大丈夫か!?」
ヒナと大地が慌てる中、ラビリスはふるふると首を横に振り、静かに、しかし震える声で呟いた。
「……余の負けじゃ」
「「え?」」
「『れんにゅう』は確かに美味い。見事な秘薬じゃ。……しかし、この果実が本来持つ、圧倒的な生命力の前では完全に不要であった……!甘い。先ほどよりもさらに深く、清らかで、脳がとろけるような極上の甘み……っ!!」
ラビリスは両手で頬を包み込み、とろけるような恍惚の表情を浮かべた。
「でかしたぞ、メガネ!そなたの持つ『でーた』なる千里眼……見事なり!!」
「――――ッ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、蓮の顔が天を仰いだ。
彼の黒縁メガネが柔らかな陽光を反射してキラリと光り、そのまま彼の手からタブレットが力なく滑り落ちる。
「……演算は、完璧だった……。私の、神への奉仕は……ここに結実、した……」
ドサァッ。
「え、は?おい蓮!?満足げな顔して急に昇天すんな!!」
大地が慌てて駆け寄る中、事切れたように仰向けに倒れた蓮(※生きてます)の顔には、この世のすべての真理を悟ったかのような、穏やかでキモい、仏の笑みが浮かんでいた。
「いいなー!ラビちゃん、アタシの分もその『でーた』のイチゴ見つけてー!」
「ふははは!よかろう!余のすべてを見抜く瞳と、今は亡きメガネの遺志を継ぎ、この宝物庫を喰らい尽くしてくれるわ!!」
「勝手に殺すな!お前ら、とりあえず蓮を日陰に運ぶの手伝え!!」
春先の穏やかな休日。
郊外のイチゴ農園に、39歳コンビニ店長の悲痛なツッコミが虚しく響き渡っていた。
その後、見事に現世へと復活を果たした蓮の完璧なナビゲーションと、ヒナの練乳アシストにより、ラビリスは残りの制限時間をフルに使って『紅い宝石の群生地』を文字通り蹂躙した。
大地の財布からは、入場料という名のお布施が容赦なく飛んでいったが、満足そうに膨らんだ魔王の娘のぽっこりお腹と、口の周りを真っ赤にした無邪気な笑顔を見れば、『安い買い物だ』と口元を緩めることしかできなかった。
――数分後。
「――というわけで、本日のミッションは無事コンプリートだな」
イチゴ農園を後にした一行は、帰り道に立ち寄った近所の川沿いにある『道の駅』へと寄り道し、併設されたオープンテラスのカフェで遅めの休憩を取っていた。
穏やかな風が吹き抜け、目の前には太陽の光を反射してキラキラと輝く大きな川がゆったりと流れている。
「ふふん、容易い試練であったわ!余の胃袋をもってすれば、あの程度の宝物庫など一飲みよ!」
「いや、最後の方、腹がはち切れそうになって『至高の紅玉が……余の魔力を圧迫して……』とか言ってしゃがみ込んでたやんけ」
大地の冷静なツッコミを華麗にスルーし、ラビリスはストローでアイスティーを啜る。
その隣では、蓮がいつの間にかタブレットからノートパソコンへと切り替え、猛烈な勢いでタイピングをしながら『本日のラビリスちゃんイチゴ摂取量と幸福度相関データ』のレポート作成に入っていた。
「はー、マジでお腹パンパン。ビタミン爆摂りしたし、明日にはアタシとラビちゃん、お肌ツヤツヤすぎてヤバいことになってるかも」
ヒナは大きく伸びをすると、テラス席の柵から身を乗り出し、目の前を流れる広大な川をぼんやりと見つめた。
「ねー、店長。あの川見てたらさ、マジで神プラン降臨したんだけど」
「……なんだよ。嫌な予感しかしないぞ」
「今度さ、みんなで『魚釣り』とかやってみない!?アタシ、釣りって一回もやったことないんだよねー!」
「なんだ、釣りか。……まぁ、これから暖かくなってくるし、悪くないかもな」
「だよね!自分で釣ったお魚をその場で塩焼きにして食べるとか、ガチでエモくない!?絶対楽しいって!」
「さ、魚釣り……じゃと?」
ヒナの何気ない提案に、ラビリスがアイスティーから口を離し、真紅の瞳をギラリと光らせた。
「『マジプリ』の第十八節で『紫藤レイ』がやっておったアレか!!?」
「ちょ、話数まで把握してんのガチ勢すぎでしょ!さすがにアタシもそこまでは覚えてないわー。でもそう!ヴィオレって釣りが趣味だもんね。竿出してじーっとして、ググッときたら一気に巻いてバシャーン!って釣り上げるやつ!」
「ほほぅ……。ヴィオレは高貴なるオーラを放つ孤高の戦士……余に通ずるものがある。ならば余もやらぬわけにはいくまい……!」
ラビリスは小さな拳を握り締め、川の水面に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「あはは!ラビちゃんマジでガチ勢じゃん!釣竿とか、店長に買ってもらわなきゃね!」
「いや……。そこはレンタルでいいだろ……」
大地が苦笑していると、横でノートパソコンを操作していた蓮が、スッとメガネを押し上げた。
「……近隣の河川および海釣り施設の釣果データ、ならびに気象庁の長期予報を取得しました」
彼はいつの間にか、釣り場のリサーチを完了させていた。
「初心者が最も安全かつ高確率で釣果を上げられるのは、5月上旬の気温上昇のタイミング。ならびに、狙うべき魚種の回遊ルートの予測も完了しています」
「……お前、なんで法学部なの?」
「おっ、さすが蓮パイ!頼もしー!」
ヒナがケラケラと笑い声を上げる。
「おっしゃ、じゃあ今度は『釣り』で決定だね!ラビちゃん、楽しみだねー!」
「うむ!待っておれ、水底の魔獣ども!この余が根こそぎ釣り上げて、塩焼きの刑に処してくれるわ!!」
穏やかな風が吹き抜ける川沿いのテラス。
コーヒーの香りと賑やかな笑い声。
(……やれやれ。また俺の休日と財布が削られていくな)
そう心の中でぼやきながらも、大地の顔には、どうしようもなく優しい笑顔が浮かんでいた。
果物狩り編、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
実は以前いただいた感想で「ラビリスを果物狩りに連れていってほしい」というアイデアをいただき、想像を膨らませて今回のエピソードを書いてみました。
イチゴを前にしたラビリスの反応、楽しんでいただけていれば嬉しいです。
素敵なきっかけをくださり、本当にありがとうございました!




