☆40かいめ☆ 魔王の娘陥落?防御不能のトリプルマジック!
「冷めないうちに、さっそく食べよ!はい、手ぇ合わせて?せーの、いただきまーす!」
「い、いただき……ます?」
ヒナに見よう見まねで手を合わせ、ラビリスは目の前に鎮座する『黄金の盾』ことかき揚げと対峙した。
「とりま、最初はコレ!お塩でいってみて。かき揚げのサクサク感と野菜の甘みがガチで引き立つから!」
ヒナが小皿に差し出したのは、真っ白でサラサラとした細かい粉末だった。
「ふむ……。まずはこの塩をまぶすのじゃな。歴戦の勇者であるそなたが言うなら、間違いあるまい」
ラビリスは指先で塩をひとつまみ取ると、分厚いかき揚げの表面にパラパラと振りかけた。
そして、慣れない箸先でその巨大な円盤を持ち上げ、大きく口を開けてかじりつく。
サクッ……!!ザクザクザクッ!!
「――っ!!?」
あまりの軽快な音に、ラビリスの肩がビクッと跳ねた。
(な、なんじゃこの心地よい破壊音は……!?)
口に入れた瞬間、硬そうに見えた黄金の盾は、空気を孕んだようにホロホロと崩れ去った。
そして噛み締めるたびに、衣の香ばしい油の風味と、塩の鋭さが舌を打つ。
しかし、驚くべきはその直後だった。
「……あ、甘いっ!?この細い糸のような野菜から、信じられぬほどの濃厚な甘みが溢れ出してくるぞ!」
「っしょ!?じっくり揚げてるから甘いんだよね。それをお塩がさらにブーストさせてる感じでしょ?」
「ぶーすと……!?い、いかにも!この浄化の結晶が油の重さを打ち消し、野菜たちの内に眠る真の力を解放しておる!なんと恐るべき錬金術……噛めば噛むほど、口の中で大地の恵みが大合唱をしておるわ……!」
「あははっ!『大地の恵みが大合唱』とか、食レポの語彙力バグりすぎ!ガチで才能の塊なんだけど!」
感動に打ち震える魔王の娘を見て、ヒナは手を叩いてケラケラと笑った。
「……くく、しかしヒナよ。この余を甘く見るでないぞ。これしきの『サクサク』の幻惑魔法で、この余が完全に屈服すると思ったら大間違いじゃ!」
半分ほどかき揚げを食べ進めたところで、ラビリスはふんぞり返って見せた。
確かに美味い。だが、まだ自分の理性は保たれている。そう誇示するように。
しかし、ヒナはニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべた。
「おっ、言うねぇ。じゃあラビちゃん、そろそろ『第二形態』いっとく?」
「だ、第二形態じゃと……!?」
ヒナはテーブルの中央に置かれていた、湯気を立てる黒っぽい液体の入った小鉢を、ラビリスの前にドヤ顔でスッと押し出した。
「これ、アタシ特製の『天つゆ』。ちょっと甘辛く出汁を効かせた、かき揚げ専用のチートアイテム。これに、残ったかき揚げをダイブさせてみ?」
「……てんつゆ、じゃと?」
ラビリスはゴクリと唾を飲み込み、半分になった黄金の盾を、その温かい泉の中へゆっくりと沈めた。
ジュワァァァ……。
衣がたっぷりと汁を吸い込み、先ほどまでの硬質な手触りが、みるみるうちにずっしりとした重みに変わっていく。
(こ、これは……!せっかくの強固な盾が、自らその防御力を捨て去っておる……!?)
「それ!しみしみのとこ、ガブッといっちゃって!」
ヒナに促されるまま、ラビリスは汁気の滴るかき揚げを口に運んだ。
ジュワッ……!
「~~~~~~っっ!!!!」
ラビリスの真紅の瞳が、限界まで見開かれた。
先ほどの『サクッ』という軽快な音は鳴りを潜め、代わりに口の中を満たしたのは、衣から溢れ出す圧倒的な『旨味の洪水』だった。
カツオや昆布の出汁の香りと、甘辛い醤油の風味が、油のコクと完璧に融合している。
サクサクだった衣は、汁を吸ってトロトロの『衣の化身』へと変貌を遂げ、野菜たちを優しく包み込んでいた。
「な、なんじゃこれはぁぁっ!!?」
ラビリスは、バンッとテーブルを叩きながら立ち上がった。
「防御を犠牲にして、攻撃に全振りしたというのか!?この漆黒の泉……いや、深淵の霊薬が、衣の隙間という隙間に染み渡り、全く別の狂暴な美味さへと進化しておる!『サクサク』と『トロトロ』が同居するこの食感……もはや反則級の破壊力じゃ!!」
「あはははっ!『反則級』あざーっす!やっぱ天つゆは正義っしょ!ご飯にもガチで合うから、一緒にいっちゃって!」
「お、おのれヒナ……!余をここまで唸らせるとは……!もごっ、むぐむぐ……っ!……ゴクン。ぐぬぬ……美味い!えぇい、この白き米の山も、余の胃袋に呑み込んでくれるわ!!」
もはや魔王の娘の威厳も何もなく、ラビリスは顔をツヤツヤに輝かせながら、かき揚げと白米を交互に猛烈な勢いで掻き込み始めた。
「ちょ、ゆっくり食べなよー!豚汁もまだあるんだからね!」
ヒナは美味しそうに食べるラビリスの頭をポンポンと撫でながら、自分の分のかき揚げに嬉しそうに箸を伸ばした。
「……喉詰まるから、こっちの豚汁も飲んでみ?ガチで体あったまるから!」
かき揚げと白米の無限ループに陥りかけていたラビリスに、ヒナがお椀を差し出した。
「む……。そうであったな。この『とんじる』なる茶色い汁。先ほどから、余の鼻をくすぐる凶悪な匂いを放っておったわ」
ラビリスは一旦箸を止め、両手でずっしりと重みのあるお椀を持ち上げた。
覗き込むと、濁った茶色の水面の表面に、キラキラと黄金色の脂が小さな円を描いて浮いている。
(ふむ……。天つゆのような澄んだ泉とは違い、こちらは底が見えぬ混沌。中には様々な具材が沈殿しておるようじゃが……)
警戒しつつも、その食欲をそそる香りに抗えず、ラビリスはお椀の縁に口をつけ、ズズッと汁をすすった。
「――――っ!!」
その瞬間、ラビリスの動きがピタリと止まった。
「……どしたの?熱かった?」
「……ち、違う……。なんじゃ、これは……!!」
ラビリスは震える手でお椀を下ろすと、信じられないものを見るような目でヒナを見つめた。
「先ほどの『てんつゆ』が研ぎ澄まされた鋭い刃だとするなら、こちらは……まるで母なる大地そのもの!圧倒的な包容力で、余の胃袋を、いや、魂までをも温かく包み込んでくるではないか……!!」
「それな!てかスケールでかすぎ!でも、豚汁ってガチでホッとする味だよね」
「この奥深いコク……そして、表面に浮いていた黄金の雫が、強烈な旨味を汁全体に与えておる!」
「それお肉から出た脂が浮いてるんだよ。特売の豚バラだけどね!」
ヒナが得意げに胸を張ると、ラビリスは慌ててお椀の中に箸を突っ込み、底に沈んでいた具材を掬い上げた。
「これか!この薄切りの肉が……!」
震える箸先でパクッと口に入れた途端、ラビリスの顔がだらしなく綻んだ。
「んんんんんぅぅ……っ!噛むまでもない!舌の上に乗せた瞬間、甘美な脂が溶け出してきおるわ!特売の『ぶた』とやら……恐るべきポテンシャルを秘めた魔獣よ……!」
「特売の豚肉にそこまで感動してくれるとか、作った甲斐ありすぎてマジ泣けるんだけど!」
ヒナはケラケラと笑いながら、自身も豚汁をひとすすりして「あー、染みるわー」と息を吐いた。
「お、おいヒナ!肉だけではないぞ!この茶色い根っこやオレンジの棍棒を見よ!」
ラビリスは興奮冷めやらぬ様子で、箸の先でくたくたに煮込まれた野菜たちをつまみ上げた。
「先ほどの『かき揚げ』では、あのようにサクサクと小気味良い抵抗を見せておったというのに……。この混沌の鍋の中では完全に骨抜きにされ、自ら進んで汁の魔力を限界まで吸い込んでおる!同じ素材でありながら、全く異なる顔を見せるとは……」
「そそ!揚げるのと煮込むのじゃ、全然違ってくるからねー。野菜もガチで柔らかくなってるから、無限に食べれちゃう的な?」
「いかにも!そなた、もしや野菜たちの魂を自在に操る、死霊術師でもあるのか!?」
「あははっ!ネクロマンサーとかガチで盛りすぎだってば!語彙力がヤバすぎてマジしんどいんだけど……!!アタシ、ただのJKだし!」
お腹を抱えて爆笑するヒナの横で、ラビリスはもはや威厳を取り繕うことすら完全に放棄していた。
「ぐぬぬ……!よもやこれほどの腕を見せつけられるとは……!人間どもの底が一向に見えてこぬぞ……」
ラビリスはかき揚げを齧り、白米を頬張り、熱々の豚汁でそれを一気に流し込むという『黄金の三角食べ』へと突入した。
「ちょ、だからゆっくり食べなよ!喉詰まらせたら、店長にガチで怒られるから!」
「もごっ、むぐむぐ……っ!美味い!止まらぬ!ヒナよ、そなたの錬金術は世界を救うぞ!!おかわりじゃ!!」
「はいはい!お鍋にいっぱいあるからねー」
狭いアパートの部屋には、かき揚げをサクサクと噛み砕く心地よい音と、豚汁をすする音、そしてギャルの明るい笑い声が、いつまでも温かく響き渡っていた。




