☆38かいめ☆ 混ぜるな危険!アニメオタクの娘×世話焼きギャル
――夕方。コンビニ近所のスーパーマーケット。
「さぁ〜て、何作ろっかな〜♪」
私服に着替えたヒナは、意気揚々とショッピングカートに黄色い買い物カゴを乗せ、鼻歌交じりに野菜コーナーを歩いていた。
ずらりと並んだ色鮮やかな野菜たちを品定めしながら、頭の中で本日の『ラビちゃん特別ディナー』のメニューを思案する。
「ま、とりま野菜はガチで外せないっしょ。ラビちゃんのお肌にビタミンとか、もはや全人類の義務だし。てか店長、好き嫌いないって言ってたけど……そもそも野菜食べさせてない状態でそれ言うの、判定ガバすぎ」
ヒナは、手に取った真っ赤なパプリカと真剣な顔でにらめっこをしながら呟いた。
相手は小さな女の子だ。いくら栄養満点でも、ピーマンやニンジンの味が全面に出た料理は、食べてくれない可能性が高い。
「……う〜ん、どっちにしろ食べやすさ重視かなー。ビジュも大事だけど、まずは食べてくんないと話になんないし。……あ!待って、神案きた!アレなら100パー、や、5000兆パー食べれるはず!」
ヒナは顔を輝かせ、手に持っていた真っ赤なパプリカをそっと棚に戻した。
そして、カートを方向転換させ、まっすぐに突き進む。
「これとこれと……これも入れとくか。はい天才!これで栄養バランスもカンペキっしょ!」
ヒナはウキウキとした手つきで、野菜たちを次々とカゴへ放り込んでいく。
さらに精肉コーナーで特売の豚バラ肉をゲットし、大地の財布(おつりは貰っていいと言われている)を気遣う主婦のような堅実さも見せつけた。
「ま、ビジュは地味めだけど、こんぐらいかな!待っててラビちゃん!アタシが今から、秒で美味しいご飯を作りにいくからね!」
ヒナは弾むような足取りでレジへ向かい、パンパンになったスーパーの袋を提げて、夕暮れ時の住宅街へと歩き出した。
――数分後。
大地から預かった鍵を手に、ヒナはアパートの扉の前に立っていた。
ガチャリと鍵を開け、そっとドアノブを回す。
「おっじゃましまーす。ラビちゃーん、遊びに来たよー……って、うおっ」
玄関に足を踏み入れた瞬間、ヒナは目を丸くした。
奥の室内から、ド派手な魔法のエフェクト音が鳴り響いていたからだ。
靴を脱いで部屋を覗き込むと、テレビの真ん前に陣取ったベッドの上で、相変わらず漆黒のドレスを着たラビリスが、ウサギのぬいぐるみを抱きしめながら画面を食い入るように見つめている。
「……えっ。ちょ、待って。これって……!」
画面に映るカラフルな魔法少女たちの姿を見た瞬間、ヒナの手からスーパーの袋がドサリと落ちた。
「む?帰還したのか、大地よ」
その音に気づき、ラビリスが首だけ回してヒナの方へと振り返った。
「…………」
「…………」
彼女の真紅の瞳が、カッと見開かれる。
「……なっ!?……おい!なぜ貴様がここに……いや、そもそもどうやってあの城門を突破した!」
ベッドの上でウサギウスを盾のように構え、警戒心を露わにするラビリス。
アニメ鑑賞を邪魔された魔王の娘は、威嚇するように眉を吊り上げた。
しかし、ヒナの反応はラビリスの予想とは全く異なるものだった。
「え?……あ、うん、店長に鍵借りて入ってきたんだけど……ってか、それより……」
ヒナの大きな瞳は、ベッドの上で威嚇してくるゴスロリ姿の幼女を完全に通り越し、ピカピカと眩い光を放つ液晶画面へと吸い寄せられていた。
画面の中では、ちょうど次回予告の最後、赤星アイがお決まりの口上を言おうとしているところだった。
『――君の心は、何色に輝く?』
「……うわ、なっつ!!ガチで『マジプリ』じゃん……!」
ヒナは荷物を拾うのも忘れて、部屋の入口に立ち尽くしたまま呆然と呟いた。
その声には、思いがけない場所で幼い頃の親友に再会したような、純粋な驚きと歓喜が混じっていた。
「……は?」
ウサギウスを盾のように構えたまま、ラビリスは思わず間の抜けた声を漏らした。
そんな彼女の警戒心など完全に置き去りにして、ヒナはズカズカと部屋の中へと上がり込んできた。
「ちょ!待って待って待って!!ラビちゃんがドハマりしてるのって、『マジプリ』だったの!!?え? ヤバッ!エモすぎ!しんどいっ!アタシもこれ、小っちゃい頃めっちゃ見てたんだよ!!?」
テレビの真ん前まで駆け寄り、画面の魔法少女たちとラビリスを交互に指差しながら、ヒナはものすごい熱量と速度でまくしたてた。
「ま、まじぷり……?エ、エモ……?しんどい……?」
未知の言語による怒涛の連撃に、魔王の娘の真紅の瞳がパチパチと瞬きを繰り返す。
しかし、その混乱の直後。
ラビリスの優秀な頭脳は、ヒナの放った『ある一言』を、彼女自身のフィルターを通して見事に捉えた。
――『アタシもこれ、見てたんだよ』。
「っ……!き、貴様……まさか!」
ラビリスは息を呑み、目の前で目をキラキラと輝かせている茶髪の少女を、まじまじと見つめ直した。
「貴様……この『光の戦士たち』の過酷な戦いを、過去に見届けていたというのか!?では、そなたは……この壮絶な聖戦の生き証人……いや、歴戦の古参兵であったと言うのか!!?」
「こさんへー?まぁリアタイ勢だったし、古参ファンって意味ならガチでそうかも!アタシ、ルージュ推しでさぁ、親にねだって『プリズム・カリバー』買ってもらって、毎日振り回してたんだよねー、懐すぎ!」
「プ、プリズム・カリバーを……所有していたじゃと……!?」
ラビリスはベッドの上でワナワナと震え始めた。
ただの『馴れ馴れしい下民』だったヒナの評価が、魔王の娘の中で『聖剣を振るい、共に聖戦を戦い抜いた伝説の勇者』へと、とんでもない速度で爆上がりしていく瞬間であった。
「そうそう!今度、ウチからもってきてあげよっか!?」
「なっ……!た、たわけたことを言うでない!!あのような代物を軽々しく外に出すことは、絶対に許されぬぞ!!万が一、モノクローム・レギオンの手に渡りでもしたら、この街ごと吹き飛ぶわ!!」
「だいじょぶだいじょぶ!ちゃんと箱に入れて大切にしまってあるし。でも、ラビちゃんには特別に見せてあげるってことで!」
「と、特別……ッ!余にそこまでの信頼を……!」
重すぎるラビリスの危惧を「おもちゃの貸し借り」のテンションで軽く受け流すヒナ。
しかし、その底抜けの明るさこそが、ラビリスの目には『歴戦の勇者としての余裕』に映ってしまっていた。
テレビ画面では、ちょうど主人公のアイが変身の呪文を唱え、激しい光と共に装束を纏っていくバンクが流れようとしている。
それを見ていたヒナの瞳が、ふいにキラッと輝いた。
「懐すぎしんど!!やっぱ変身バンクはガチで優勝!!最高すぎて語彙力消えるんだけど!!」
「……言語魔法をもってしても、なにを言っているのか理解できぬ……」
ヒナはテレビの前にスッと進み出ると、画面のルージュと同じように肩幅に足を開き、見えない剣を握るように右手をスッと胸の前に構えた。
「え、待って。ルージュの変身ポーズ、今でもガチでカンペキにできるわ。アタシの血に刻まれてるレベルだし!ちょっと見てて、マジで再現度ヤバいから!」
「……へ?へ、変身ポーズじゃと……!?」
息を呑んで凝視するラビリスの目の前で、茶髪のギャルは目を閉じ、ふぅっと短く息を吐いた。
そして――次の瞬間。
『♪〜〜〜ッ!(変身BGM)』
テレビから流れるBGMと完全にシンクロし、ヒナの身体が躍動した。
「『躍動の赤!未来を照らす熱き鼓動!』」
右手を高らかに天へ掲げ、流れるようなステップでターンを決める。
「『プリズム・ルージュ!!』」
指先までピンと伸びた完璧なポージング。
日頃からSNSのダンス動画などで鍛えられている現代ギャルの体幹とリズム感、そして幼少期にテレビの前で何百回と繰り返した「古参ファン」としての魂の記憶が、39歳の独身男の狭いアパートで見事な融合を果たしたのだ。
「……からの、フィニッシュでウインク!的な?どぉ、ラビちゃん!アタシ、今のガチで優勝してたっしょ!?再現度ヤバくない!?」
息一つ切らさず、ルージュと全く同じアイドル顔負けの満面の笑みとダブルピースを決めるヒナ。
「…………おぉ……ふおおおおおっ!!!」
ベッドの上のラビリスは、抱えていたウサギウスをポロリと落とし、両方の拳を握りしめ、全身をワナワナと震わせていた。




