☆23かいめ☆ 禁忌の石板(4K画質)
「……ふぅ。しかし、やることがなくなると急に退屈になるな。……テレビでも見るか?」
大地はソファに深く沈み込み、テーブルに置かれた黒い棒――リモコンを手に取った。
「てれび?」
ベッドの上で足をぶらつかせていたラビリスが、聞き慣れない単語に小首を傾げる。
「あぁ、これだ。暇つぶしにはちょうどいい」
言いながら大地は、部屋の隅に鎮座していた「黒い長方形の物体」にリモコンを向け、無造作に親指で赤いボタンを押した。
ピッ。
一瞬の静寂の後。
それまでただの黒い鏡だった平面が、カッと眩い光を放った。
『――では、この後は全国の天気予報です!今夜は冷え込みますよー!』
鮮やかな色彩と共に、女性アナウンサーの元気な声が部屋中に響き渡る。
高画質の4K画面には、笑顔で手を振る女性の姿が、まるでそこに居るかのような鮮明さで映し出されていた。
「……っ!!」
ラビリスの動きが止まった。
彼女は画面の中の笑顔の女性を凝視し、カッと目を見開くと、次の瞬間――。
「ひ、ひぃぃぃぃぃッッ!!??」
悲鳴と共にベッドの隅、壁際まで後ずさりし、ガタガタと震え始めた。
「お、おい。どうした?ただのニュースだぞ?」
「ち、違う!近寄るな!貴様、平然とした顔で何を言うか!!」
ラビリスは青ざめた顔で、震える指先をテレビ画面――笑顔のアナウンサーに向けた。
「あ、あれを見よ!あの女、笑っておるが……魂を抜かれ、あのような薄っぺらい『黒き石板』の中に幽閉されておるではないか!!」
「……は?」
「き、貴様ら人間は……メロンに飽き足らず、遂に同族の魂をも物体に封じ込める『禁忌』に手を出したというのか……!?おぞましい、なんとおぞましい拷問器具じゃ……!」
「……あー。……うん、そう来たか」
大地はポカンと口を開け、画面の中で元気に明日の降水確率を伝えているお天気お姉さんを見つめた。
なるほど、言われてみれば「板の中に人が閉じ込められている」ように見えなくもない。
「落ち着け。あれは閉じ込められてるんじゃない。『遠くの景色を映してる』だけだ。鏡みたいなもんだよ」
「嘘を申すな!鏡にしては色彩が鮮やかすぎる!あれは間違いなく、生きたまま魂を……ひっ、こ、こっちを見たぞ!助けを求めておるのじゃ!!」
テレビの中の女性がカメラ目線になった瞬間、ラビリスは「ひぃっ!」と頭を抱えて布団の中に潜り込んでしまった。
どうやら、この文明の利器の誤解を解くには、時間がかかりそうである。
――数分後。
大地による懸命な説得――「あれは遠くの景色を映してるだけだ」「魂は抜かれない」「リキも平気だろ?」――が続き、ラビリスはようやく布団の隙間から顔を出した。
「……つ、つまり。この『てれび』なる黒き板は、魂を封印するのではなく……遠くで実際に起こっている事象を投影する『遠見の魔法具』。……ということか?」
まだ半信半疑のラビリスは、警戒心を解かずにテレビと大地の顔を交互に見比べた。
「魔法具じゃなくて機械な。電気で動くんだ。……まぁ、録画とか、CGとか色々ややこしいこともあるけど、その『遠くを見る』って解釈で大体合ってる」
「……ふむ。千里眼の術を、魔力なき民でも使えるようにした道具、というわけか……」
ラビリスは、画面の中で変わらず笑顔を振りまくお天気お姉さんを、今度は興味深そうに観察し始めた。
「……恐ろしい。人間とは、なんと貪欲な種族じゃ。神の領域にある『全知』の力を、このような薄っぺらい板一枚で再現してしまうとは……」
「大げさだって……そんな大層な力は持ってないよ。……ほら、チャンネル変えるぞ。ニュースばっかじゃ面白くないだろ」
大地はリモコンを操作し、チャンネルを切り替えた。
画面が切り替わるたびに、ラビリスの肩がビクッと跳ねるが、もう悲鳴を上げることはない。
彼女の中で、テレビは「処刑道具」から「未知なる知識の窓」へと、その認識を改めつつあった。
「……お、これは」
大地が適当にチャンネルを変えると、画面いっぱいに「ジュワァァァァッ!」という激しい音と、脂が弾ける映像が映し出された。
「な、なんじゃ!?火攻めか!?」
ラビリスが身構えるが、すぐにその正体に気づいて鼻をヒクつかせた。
画面の中では、分厚いステーキ肉が鉄板の上で踊り、香ばしい湯気を上げていたのだ。
『さぁ、ここで秘伝のソースをたっぷりとかけて……!』
「……秘伝じゃと?待て、大地!こやつ、一子相伝の味の秘密を、白昼堂々全世界に垂れ流しておるぞ!?」
彼女は画面にかじりつくように身を乗り出し、驚愕の声を上げた。
「これは国家機密の漏洩ではないのか!?このような禁忌の映像、タダで見てもよいのか!?」
「あー……。こっちじゃ『料理番組』っつってな。美味いもんの作り方を教えてくれるんだよ。……ほら見ろ、あの断面」
『ご覧ください、この肉汁!!』
ナイフが入った瞬間、ピンク色の断面から溢れ出す透明なジュース。
それを見た瞬間、ラビリスの喉が「ゴクリ」と大きく鳴った。
さっきまで「機密漏洩」と騒いでいた口が、今は半開きになり、ただひたすらにその映像美に魅入られている。
グゥゥゥゥゥ。
静まり返った部屋に、間の抜けた音が響いた。
ラビリスではない。隣で同じように画面を見つめていた、大地のお腹の虫だった。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙の後、ラビリスがゆっくりと大地を見上げた。
「……大地よ。この中の料理人が言うておる。『美味しいものは人を幸せにする』とな」
「……あぁ、そうだな」
大地はテレビの電源を消し、立ち上がった。
掃除と片付けで動いた体は、すでに朝食のエネルギーを使い果たしていたらしい。
「なんか……すげぇ腹減ってきたな」
「うむ。奇遇じゃな。余も今、全く同じことを考えておったところじゃ」
二人の意見は、見事に一致した。
「……つっても、あんな大層なもん、俺には作れん。そもそも、俺は料理が得意なわけじゃないしな」
画面の中のステーキは魅力的だったが、冷蔵庫にあるのは朝食の余りだけだ。
「そうなのか?ならば、余に何を捧げるつもりじゃ?まさか、またあの『かぷめん』とやらではあるまいな?ま、まぁそれならそれで、我慢してやらぬこともないが」
カップ麺が美味しかったのか、ラビリスはまんざらでもなさそうだ。
「……そうだな」
大地は冷蔵庫の中身と、これからの予定を頭の中で照らし合わせた。
掃除で体力は使ったが、夜はラビリスの歓迎会も兼ねて外食する予定だ。昼は重くないほうがいい。
「まぁ、夜はどっかに美味いもん食いに行くつもりだから、昼は簡単に『TKG』で済ますか」
「てぃ……てぃーけー、じー……?」
聞き慣れないアルファベットの羅列に、ラビリスが訝しげに眉をひそめる。
それは新たな魔導兵器の名称か、それとも古代の呪文か。
「あぁ。『卵かけご飯』……即ちTKGだ。熱々のご飯に、生卵を落として食う。……シンプルだけど美味いぞ?」
「な、ななな、生の卵じゃと!!?」
ラビリスは驚愕のあまり、座っていたベッドからずり落ちそうになった。
「正気か大地!卵とは、火を通し、あの黄金の焼き色をつけて初めて食せるものぞ!生など……生など、魔獣が喰らう野蛮な食事ではないか!貴様、余に腹を壊せと言うのか!?」
「……失礼な。日本の卵は世界一安全なんだよ。ブランドになってるぐらいだ。……ま、騙されたと思って食ってみろ」
「ぬ、ぬぅ……。まさに生贄の儀式……。こ、この国の食文化、底が知れぬ……」
ラビリスは戦々恐々としつつも、大地の自信ありげな態度と、空腹の誘惑には勝てず、ゴクリと喉を鳴らした。
未知なる食の冒険――「TKG」への挑戦が幕を開ける。




