☆22かいめ☆ 魔王の娘、領土を持つ
「……大地よ。これは、ただの材木ではないか?」
巨大なダンボールを開封したラビリスは、中から出てきた大量の木の板と、ジャラジャラと音を立てるネジの袋を見て呆然とした。
「まさか、これで暖を取れというわけではあるまいな?」
「違うって。これは『組み立て式』なんだよ。この板とネジを組み合わせて、お前の寝床を作るんだ」
大地は説明書を広げ、腕まくりをした。
予算の都合上、選んだのはパイン材のシンプルな子供用ベッドフレーム。
厚手の敷布団を乗せるタイプだ。
「く、組み立てじゃと?貴様、完成品を献上せず、余に労働を強いるとは……」
「文句言うな。自分で作ると愛着が沸くもんだぞ?さ、これを持て」
大地が差し出したのは、家具の組み立てには欠かせない、小さなL字型の金属棒――六角レンチだった。
「……なんじゃ、この奇妙な曲がり方をした金属は。……もしや、『鍵』か?」
「ちが……あぁいや、そうだ。この鍵で、ネジという名の封印を固く閉じるんだ。……ほら、ここを回してみろ」
「ほぅ……!封印の儀式か!ならば話は別じゃ!」
(……なんてチョロいヤツなんだ)
ラビリスは大地の適当な嘘に目を輝かせ、六角レンチを聖遺物のように恭しく受け取った。
彼女は説明書の図面を、まるで宝の地図のように真剣に睨みつけながら、小さな手で一生懸命にネジを回し始めた。
「……ぐぬぬ。この封印、なかなか固いな……。大地、支えておれ!余がこの『聖鍵』でねじ伏せてくれるわ!」
「はいはい、その調子だ。……おいリキ!ネジで遊ぶな!飲み込んだらどうすんだ!」
足元では、転がったネジを獲物だと思ってチョイチョイと手を出してくるリキと、空になったダンボール箱に入居を決めたリキの残像が見えるようだ。
ラビリスが仮止めしたネジを、大地が後から強く締め直す。
そんな連携プレイを重ねながら、バラバラだったパーツは少しずつ形を成していった。
――数十分後。
「……ふぅ。完成したぞ……!」
ラビリスが額の汗を拭いながら、目の前に出現した「構造物」を見上げ、満足げに頷いた。
そこには、木の温もりを感じさせる、素朴だがしっかりとしたベッドフレームが完成していた。
その上に、大地が奮発して買った、ふかふかの厚手布団を敷き詰める。
「ほぅ……。悪くない。木の香りがするな」
「だろ?シンプルだけど、頑丈だぞ」
ラビリスは靴下を脱ぎ捨てると、ピョンと軽やかにベッドの上へと飛び乗った。
しっかりとした木の支えと、新しい布団の柔らかさが彼女を受け止める。
そして、彼女はある重要な事実に気づいた。
「……大地よ。苦しゅうない」
ベッドの上で胡座をかいたラビリスが、床に座り込んで後片付けをしている大地を見下ろしてニヤリと笑う。
「見よ。この絶対的な『高低差』を!貴様は地べた、余はこの高台。……ふふん、やはり余こそが、この部屋の真の支配者に相応しいようじゃな!」
「はいはい、良かったな。……落ちて泣くなよ?」
物理的な高さ=地位の高さと思い込む単純な魔王の娘に、大地は苦笑しながらも、その光景をどこか眩しく感じていた。
殺風景だった部屋の一角に、確かに「彼女の居場所」が出来上がった瞬間だった。
(……しかし、狭くなったな)
大地は余白の減った部屋を見渡した。
男一人なら十分だった城も、育ち盛りの子供と、奔放な猫、そして家具が増えれば、もはや限界に近い。
足元ではリキが、狭くなった通路を我が物顔でスルリと通り抜けていく。
(……やっぱり考えなきゃならんか)
彼は頭の片隅で「次のステップ」を意識し始めた。
だが、今はまず目の前の片付けだ。
「よし、満足したなら降りてこい。最後の大仕事、ハンガーラックの組み立てが残ってるからな」
「なに?まだ働かせる気か!余は今、この新たな領土の視察で忙しいのじゃが!」
「じゃあ服を床に置いておくか?」
「う゛。……それは困る」
「なら手伝え。ほら、昨日買った服を全部掛けるぞ」
言いながら、大地は最後の細長いダンボールに手をかけた。
――さらに数分後。
「……ふぅ。これで最後だな」
大地が細長いパイプを組み合わせ、ハンガーラックを完成させた。
簡素なスチール製のラックだが、これでようやく床に散乱していた彼女の「装備品」を吊るすことができる。
「ふむ。これが余の『衣装棚』となるわけか。骨組みだけとは、随分と風通しの良い保管所じゃな」
ラビリスはラックを見上げながらそう呟くと、昨日ショッピングモールで手に入れた戦利品を一枚ずつ、大地の指示に従ってハンガーに掛け始めた。
パーカー、Tシャツ、そして――。
「……む?」
ラビリスの手が止まった。
彼女が取り出したのは、チェック柄のプリーツスカートだ。
ひらひらとして可愛らしいデザインだが、彼女が元いた世界で纏っていたドレスに比べれば、布面積は圧倒的に少ない。
「……大地よ。このスカート……少々、丈が短くはないか?」
ラビリスはスカートを自分の腰に当てがい、訝しげに眉をひそめた。
「これでは、余の『崇高なる脚部』が無防備も同然じゃ。下級魔族に足元を掬われかねんぞ」
「魔族なんていないって。……そりゃ普段のお前のドレスに比べりゃ短いが、こっちじゃそれが普通だ。動きやすいし、似合うと思って選んだんだぞ」
「……う、動きやすさ、か。……ふむ」
ラビリスは鏡の前へ移動し、スカートを当てたまま、シュッ、シュッと見えない敵を避けるようなステップを踏んだ。
「……なるほど。確かに、あの長い裾がない分、機動力は格段に向上しておりそうじゃな。『防御を捨て、回避に特化した軽装歩兵スタイル』……といったところか」
ぶつぶつと独自の戦術論を展開しながら、彼女は鏡に映る自分――パジャマの上からスカートを当てている奇妙な姿――を、まんざらでもなさそうに見つめた。
スカートが揺れるたび、その表情が戦士の顔から、年相応の少女の顔へと緩んでいく。
「……悪くない。……意外と悪くないぞ」
「そうだろ?よく似合ってるよ」
大地が後ろから声をかけた。
その言葉に、ラビリスの肩がビクッと跳ねる。
「……ふ、ふん!当然じゃ!このラビリス、何を着ようともその高貴なるオーラは隠せぬということよ!」
彼女は慌てて振り返り、真っ赤になった顔を隠すようにスカートを胸に抱きしめた。
その口調は尊大だが、嬉しさを隠しきれずに口元が緩んでいた。
「よし、これで全部片付いたな」
最後のハンガーをラックにかけ終え、大地は大きく伸びをした。
背骨がポキポキと音を立てる。
狭くなった部屋を見渡せば、窓辺にはラビリス専用のベッド、壁際には真新しいハンガーラック。
そこには昨日買ったばかりのパーカーやスカート、下着の入った引き出しが整然と並んでいる。
物理的なスペースは確かに圧迫されたが、床に散乱していた荷物がなくなったことで、部屋の空気は驚くほどすっきりとしていた。
なにより、なんの面白味もない男の一人暮らしの部屋に、色とりどりの少女の服が並んでいる光景は、どこか不思議で、少しだけこそばゆい「生活感」を醸し出していた。
「ふむ……。こうして見ると、壮観じゃな」
ラビリスはベッドの端に腰掛け、自分の「宝物庫」を満足げに眺めた。
自分のための寝床、自分のための衣装、自分のための空間。
この狭い一角が、確固たる「自分の居場所」として確立されたことに、彼女は魔王の娘として、そして一人の少女として、静かな充足を感じていた。
「……大地よ。大儀であった」
「はいはい、勿体ないお言葉です。……お前もよく働いたな」
大地は冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、二つのグラスに注いだ。
カランと氷が涼やかな音を立てる。
「さて……。ひと仕事終えたことだし、少し休憩するか」
「うむ。異議はない。……労働のあとの休息もまた、王者の務めじゃからな」
ラビリスは、少しだけ額に汗を浮かべたまま、コクリと頷いた。
窓の外からは、穏やかな日差しが差し込んでいる。
掃除機との激闘、六角レンチの儀式、そしてファッションショー。
嵐のような掃除タイムを終え、部屋には心地よい静寂と達成感が満ちていた。




